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初恋と絶望感
光の灯らない暗い暗い底の見えない人生の途中で、思春期という性の目覚める頃、歪んだ欲求は全て汚い物、私が生まれた事すら親の交尾からできた何か、決して子供など産まないすなわち命までも尊重できない自己嫌悪を紛らわす為に毎日ピアノを弾いていた。
ある日、吹奏楽部に在籍していた私は、他校に行く機会があり、誰もいない音楽室を見つけ入っていった。
グランドピアノを見つけ椅子を調整して、ショパンエチュードOp.25 No.1通称「エオリアンハープ」を弾きたくなり鍵盤に左手も小指、右手も小指を添えまず音を確認し、家にあるグランドピアノより響きが良かったので何となく下手な表現力が上手く奏でられるのではないか?
そのまま小指から弾き始めた。何故この曲を選んだかは、ただ単に好きだったからだ。
ショパンエチュードは練習曲でありながらも万人受けするメロディが多く難しそうに聞こえ、簡単なものもある。まぁショパンも天才なんだろうなと思っていた。本でも芸術でも天才と呼ばれる人間が少なからず居て、それを練習して皆真似るんだ、そうやって凡人から少しでも突出する為人は努力する……
そんなことを考えながらいつもと違う音響のせいか、何となく自分自身の奏でているものがテクニックではなくexpressive、ピアノ教師が言う歌いながら弾くが出来ている?
心臓がいつもよりドキドキして楽しい、そうかこれが楽しいという気持ち、目を閉じて厳しいピアノ教師に言われた事を思い出す。川の流れ、竹林の葉の擦れる音を感じなさい。ピアノ教師の庭に3時間居て見た情景を今感じている、弾けている、私はやはりピアノが好きだ。多分今まででいちばん上手く弾けたと思ったその刹那
拍手が聞こえた。
この学校の男子。ここは共学だ。
彼は確か合唱や吹奏楽の指揮者を担当する男子だ。合唱強豪校で有名だったので面識はあったが話したことは無かった。
勝手に弾いていたのと、恥ずかしさで、
咄嗟に
「ごめんなさい…」
謝り、椅子から降りた。
どうしていいか分からず顔が赤くなっていくのが、耳まで赤くなっていくのが自分でもわかり、それは止めようと思えば思うほどコントロール出来なくて困惑した。
男子が、
「すごい上手いね、ピアノ。他になにか弾けるの?僕は指揮しか出来ないから羨ましいよ。
その制服、あの女子校だよね」
私は変なドキドキが止まらず、自分の気持ちを操縦出来ない自分にイラつきを感じて
「弾けないよ、もう。あなたが見て居るから。」
つっけんどんに答えると、
男子が
「あなた?流石お嬢様学校だな、僕は、菊地卓。よろしく。じゃ、『あなた』の名前は?」
そう言って笑った。
キョトンとした私は下を向いていたが、名前だけポツンと彼に伝えた。
よく話す男子で、医者の子で彼も医者を目指す為、志望校が私と同じだった。
私より頭がいいな、直感的に思う。
「お前のこと、優(ゆう)ちゃんと呼んでもいい?合唱の、この伴奏弾けるか?」
楽譜を見て
「うん、弾ける。知らない歌だけど。」
初見で弾くことができるようになっていた私は、卓(たく)と話してるうちに、こうやって弾いて、彼が指揮をして練習しているうちに、だんだん少しずつ楽しくなってきた。
彼とは沢山話した。
彼は医者になるのが夢ではなく、親が引いたレールをなぞって生きていくことしか出来ない人生に、絶望感を抱いていて、2人とも希望を見失い、大人にはいい顔を見せ、両親を憎む悲しい心の繋がりを共有し、時々この音楽室で、文学や音楽の話をする様になった。
私は卓を好きになった。
彼は、意地悪なことも時々言うがよく笑顔をみせる。その笑顔が好きだった。
「優ちゃんはあまり笑わないんだね、笑うと可愛いのに。」
私は当時好きという気持ちが恥ずかしくてひた隠しにして
「卓君がつまらないから笑わない」
ひねくれていたが純情だったと思う。
唯一純粋な時間が過ぎていった。
卓が
「今度合同練習をしようよ、優が、伴奏して俺が指揮を取る。コンクールの伴奏者がショボイから、お前弾いて欲しい。俺が吹奏楽の指揮、そっちの学校でやってやるから」
本番のコンクールは、先生が行う。それまでが卓に与えられた使命だったが、
咄嗟に
「イヤだ!!」
私はほかの女子に卓を見せたくない、ならば私が「この共学校の伴奏をする、男いても」
そう告げた。
卓は
「OK」
笑って私を見た。彼はきっと、ませていたから私の気持ちなんてきっとわかっていたと思う。それに彼は自分に自信があった。
その自信はどこから来るのか不思議だった。
子供ながらに初めて「他の女子」に嫉妬した。
今思えばかなり可愛いらしい思い出だ。
中2の頃、秋の終わりの小春日和に色鮮やかに思い出す音楽室の光景。
けれども私は穢れている。
体も心も父親に汚され、マリア様の教えに背いている。
卓の笑顔にはそれがない。
だからこそ惹かれた。
2人ならコンクールも優勝出来るかもしれないという夢も持てた気がした。
卓に触れたらあなたも穢れてしまいそうで、壊してしまいそうで、握手や、ハイタッチも出来なかった。
私たちは中学卒業まで音楽や文学の話を通しながら心を慰め合って居た。エチュード、エオリアンハープを聞くと思い出す。
彼は宮沢賢治が好きで、
すぐ雪を見ると、「あめゆじゅとてちてけんじゃ」
雪の中で私を笑わせた。その笑顔はどんな笑顔だったのか両親も私も知らない。
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けれどもこの1件が母親に知られた時、母親の価値観が、思春期に芽ばえるごく自然の現象の変化を悪と洗脳させられ、私を自殺に追い込むまで叱咤し辱められ、歪んだ性癖を形成、後に出来上がる 殺(メイ)私の中の全ての狂気の集大成である人格を生み出す事となる。
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現在の私にまだそのメイは存在する。
この頃から精神科に通い続けて現在3人で構成された人格の私が主人格であり、薬の種類は20種類以上、カウンセリング何度も受け、徐々に薬が減った今に至るまで、卓とのこの思い出は私を何度も救う、深淵に突き落とされる度に手を差し述べ、穢れた手を心の闇の中のみで触れられる握りしめ離さない、唯一の大切な私の心の奥にしまい生き続ける初恋の思い出である。
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彼は今どうしているのかは全く分からない。
けれどもやはり医者に向いているなと、たまにあの頃のように私は笑うことができる。
最後までお読み頂きありがとうございます。
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