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複雑な家庭育ちが抱える3つの問題

J・D・ヴァンスをご存じだろうか?彼は若干42歳にしてあのトランプから副大統領に抜擢された共和党議員である。

彼は名門イェール大学のロースクールで法務博士の学位を取得したエリートの白人男性だ。この経歴だけを聞けば、多くの人は彼をトランプ同様に恵まれた家庭で英才教育を受けて育った、エリート育ちのアングロサクソンだと思うだろう。しかし現実は違う。

彼が一体何者なのか?それは彼の自伝、『ヒルビリー・エレジー』を読めば理解できるだろう。本を読む時間がない人にはNetflixで映画も配信されているのでおすすめだ。ヒルビリーとは"アメリカの田舎で肉体労働をして暮らす裕福とはいえない白人"を揶揄する言葉である。

今回はヴァンスの自伝を引用しつつ、"貧しくて複雑な家庭"で育った人間が大人になって以降に直面する3つの問題について書いていこうと思う。

ヴァンスはスコッツ・アイリッシュと呼ばれるアイルランド系移民の家系であり、オハイオ州ミドルタウンで育った人物だ。オハイオ州といえばトランプが2016年の大統領選挙で最も力を入れて選挙活動を行ったラストベルトに含まれる地域である。地域の主要産業であった鉄鋼や石炭、自動車などがグローバリゼーションによって衰退し、貧困に飲み込まれた街でヴァンスは育ったのである。

彼の家庭も御多分に漏れず決して裕福ではなかった。さらにヴァンスの家庭は非常に"複雑"であった

彼はシングルマザーの母と生活を共にしていたが、母親は再婚と離婚を繰り返すなど性に奔放であり、さらに鎮痛剤の依存症患者でもあった。当然ヴァンスと姉のリンジーは母親に振り回されることとなり、多くの時間を母方の祖父母と過ごしていた。

まだ幼かったころのヴァンスが「"きょうだい"はいるのか?」という何気ない大人からの質問に対して、「一緒に暮らす姉以外にも腹違いの兄弟も含めるべきか否か」と答えに困ってしまうくだりや、美人で有名だった姉が都会でのオーディションに選抜されるも、旅費が払えずに断念せざるを得なかったシーンなど、複雑で貧しい家庭で育った人間ならば、共感する場面が彼の自伝には多く見られた。

ヴァンスやリンジーにきつく当たる彼の母親もまた、学生時代に優秀な成績だったものの貧困から都会の大学へ行けなかったことや、幼少期に酔って暴れる父親に怯えて育った人間であった。彼は自伝の中で「貧しい白人たちの抱える問題は家庭の中で起きている」と記している。

彼は姉のリンジーが19歳で出産し家を出て以降、母親と二人で定期的に入れ替わる新しい父親のもとで暮らす生活を余儀なくされた。そしてある時に母親からの暴力がきっかけで祖母に引き取られることとなった。

そしてこの祖母との3年間の生活がきっかけで、彼は勉学に励むことの大切さを学び、この"複雑な家庭"を取り巻く環境から飛び出すことに成功したのである。

ヴァンスと同じく、貧しくて複雑な家庭で育った人間は日本にも沢山いるだろう。そういった複雑な家庭育ちの人間たちも、そのほとんどが結婚や進学、就職などを経て、親に依存せずにひとり立ちして生活するようになっていく。

中にはヴァンスのように、才能に恵まれ家庭環境をもろともせずに、良い仕事や学歴、立派なパートナーを手に入れる人間もいる。しかし、一見複雑な家庭など意に介さずに、勝ち組として人生を送っているかに見える彼らですら、ごく普通の家庭の人間からは想像もできないような"ハンデ"を抱えて生きている。これは紛れもない事実なのだ。

難しい家庭に育った人々が乗り越えていかなければならない問題は3つ存在する。1つ目が「社会常識の欠如」だ。

学問は学校で学び、社会的常識は家庭で学ぶ。しかし、難しい家庭で育った人間は社会的常識について驚くほど無知だったりするのだ。いくら勉強ができるようになったとしても、スポーツで立派な成績を上げたとしても、社会的常識については親からの教育がないと身に付かないのである。

そしてこの"社会的なルール"は階級が上がれば上がるほど増えていき、さらにその価値が増していく。つまり、育ちの悪い人間は努力して階層を登れば登るほど、より多くの苦労をすることになってしまうのだ。

ヴァンスもイェール大学のロースクールに通い始めて、初めて触れるエリートたちの世界に四苦八苦させられたことが自伝に書かれている。パーティでの食事のマナーや面接での正しい服装など、ある程度恵まれた家庭に育った人間なら当たり前に知っている常識が、貧しい家庭で育った人間にはわからないのだ。彼は大学に出るまで合成皮革と本革が違うものであることを知らなかったと告白している。

ヴァンスは大学で出会った育ちの良い恋人(のちの妻)に様々なルールや常識を教えてもらうことで乗り越えたと記していた。進学や社会人を経てできた恋人から社会的常識を学ぶくだりは、複雑な家の出身者はシンパシーを感じた人が多いのではないだろうか?

社会的常識なんて大人になってから、いくらでも教えてもらえるんじゃない?と思う人が多いかもしれないがそれは間違いだ。

複雑な家庭に育った人間ほど、自身の育ちを開示することを嫌う。なぜなら周囲のまともな育ちの人間たちに"引かれてしまう"ことや、"蔑まれたり怯えられたりして距離を取られる"ことを恐れるからだ

そのため、恋人や親友など、よほど近しい間柄の、自分の育ちを開示できる相手からしか社会常識は学べないのである。

さらに社会的常識を大人になってから身に着けることの難しさはそれだけではない。プライドが邪魔をしてしまうのだ。

誰しもが当たり前に知っていることを知らない、それを認めて他人から教えてもらうことは非常にプライドが傷つくのである。なまじ自分の努力でハンデを乗り越えてきた人間なら尚更である。

そうした環境故の無知を乗り越えた先にもまだ問題は残っている。2つ目が……

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