すんどめも信じた道をいく(1)
朝、妻が土煙をたてて出勤。その後、娘と息子を学校に送り出す。
「おとう、傘いる?」
「大丈夫やとおもうけど一応持っていったら?」
「わかった、持ってく。いってきま!」
「いってらっっっシャイ!!!!(にっこり)」
あいさつのアレンジも底をつき、マンネリ化した朝の掛け合い。最近お互い暗中模索、スベりたくない父と娘。双方逡巡しながらも安牌を選ぶ。娘はそのまま集団登校へ。
息子は彼女と自転車で…ムスコはカノジョとジテンシャで…カノジョと…かのじょと……ジテンシャ…
いってきまーす…それでさぁ…
うんうん…キャハハ…うふふ…
やだぁ、もう…お父さん見てる〜
チャリチャリーん♬
い…いってらっしゃい…
うわずった声をしぼり出す。
う、うらやましくなぞ…やっぱり羨ましい!!
噛み締めたくちびるからドス黒い血が弾け飛ぶ。血をぬぐいながら手を振って送り出す。
何も変わらない朝。しっかりルーティンで送り出す。
だが彼らは知らない。
私は今日、仕事をサボる。
自営業の諸刃の特権を行使する。
GW休み無し、ゼロ連休の18連勤という一人蟹工船から助走をつけて飛び降りる。(やらなきゃいけない仕事は山積みのまま。但し、納期は守る!)
車のキーをクルクル回して口笛吹いて運転席に。
あばよ、ちょっくら行ってくる。
高速飛ばして京都まで!!
ぐんぐん遠のく蟹工船。しばしのお別れ、また明日。
俺の行くとこ晴天あり!見よこの青空!!
ここがどこかと言いますと…ジャジャーン!!
そうです、新緑の鈴虫寺。
昨年、息子の学業祈願と、とろろ蕎麦食べたさに来たお寺。その御礼参りにやってきた。その時購入したお守りのお焚き上げをしてもらう。
紅葉もいいけど、この濃い緑!!
青竹色の竹林も、風にしなって山を撫でる。
竹林の風は、ほのかに薫り、青く涼しい。
その清らかな風は、荘厳な音をひろびろと鳴らし、柔らかく竹林を吹き抜けて私を撫でる。
新緑の匂いが、青く、騒ぐ。
癒やしが過ぎる、もはや、暴力。
青く眩しい竹林を抜け、鈴虫寺を出る。
そして今回の大本命、滋賀県石山寺へ向かう。
石山寺は『光る君へ』の主人公、紫式部のゆかりの地。
一度訪れてみたいと思っていた。そして今年は絶好の年。行かない手はない。
〝紫式部の筆はしる 源氏物語誕生の地〟
そう、ここ石山寺は紫式部が源氏物語を生んだ場所。
『光る君へ』では、まひろと親友のさわ達の石山詣の舞台。
蜻蛉日記の筆者、藤原寧子(財前直見)とまひろがこの石山寺で出会う。
兼家の妾である寧子は書くことによって〝妾の悲しみを乗り越えてきた〟とまひろに話し、〝書く〟ということがいかに素晴らしいかを語り、熱を持って勧める。
このことが後に『源氏物語』を書くきっかけになっていくという、この『光る君へ』のまひろにとって、重要なシーンの舞台。
心が弾む。私もひとり、石山詣。
駐車場から門前町をキョロキョロ歩く。
蜆の時雨煮、鰻、蕎麦(yeah!)
焼き芋、スィーツ、プリン、パン(カモン!)
あげみたらしに、石餅、抹茶♬
帰りに寄るからそこで待ってて。
オレのリリック谺する!門前町で完全ガチ!!
平日、しかも連休明け。さすがにまばらな観光客。
新緑の中、野点傘に講談師が一席。
旭堂南風さんが紫式部ネタを熱演。立ち止まって耳を寄せる。
石山寺の東大門がみえてくる。
東大門は源頼朝によって寄進されたとされている。現在の姿は、慶長期の伽藍再興の際、淀殿から新築同様に大修繕を施してもらったよう。ちなみに、重文。
仁王像は鎌倉時代の仏師、運慶&湛慶のうんたんコンビ。
こっちは吽形かな…でも口元が判然としない。
こっちは阿形。あーって言ってる。あーって。
阿吽は、宇宙の始まりから終わりまでを表す言葉。
独りで口をパクっと開けて阿形ポーズを真似る。間髪入れず、そのままパクっと口を閉じ、反対向いて吽形ポーズ!!
雄々しく独鈷を振り翳し、ビシィ、ビシィッ!ポーズをキメる!!
唐突にやってみたが、なかなかのキレに思わずふふって声が漏れる。
後ろから来たカップルが真顔で横を通り過ぎていく。ちょっと速足。
後悔はしていない。
東大門から参道を望む。新緑がまばゆい。
石山寺の参道。
お土産屋さん、大黒天、大湯屋、大河ドラマ特別展示の場所があるが、帰りによることにして、先を急ぐ。
参道を進むとこの石段。ここを登れば本堂。
石段を登りきると、一斉に広がる景色。
巨大な硅灰石。これが、『石山寺』の由来のもと。上に見えるは多宝塔。
この硅灰石は、石灰岩が地中から突出した花崗岩と接触して、摩擦熱で変質して出来たもの。通常は、大理石になるところ、硅灰石に変成した。
大変珍しく、国の天然記念物に指定されている。
千年前に紫式部も見上げたであろうこの巨岩を眺めながら、心は平安時代に飛ぶ。
紫式部と並んで2人、新緑の中、巨岩を見上げる、。
巨岩の前にひらけた広場には、さまざまなお堂が建っている。一つ一つ見ていく。
毘沙門堂
御影堂
弘法大師、3代座主淳祐内供の像を安置。
お参りすると美男子になれるというので、張りきって参拝。
すぐにスマホでお顔をチェック。頑なに真実しか写さないスマホ…ふふっ、なんで涙が出るのでしょう。
こちらは観音堂。
西国三十三所の観音さまが祀られている。
蓮如堂
巨岩を横目に本堂へ向かう。
新緑が揺れる中、『国宝 石山寺本堂』が見えてきた。
石段を、静々登る。
国宝という響き。現在の姿は西暦1096年に再建されたもの…約930年前の建物の中に足を踏み入れる。私は今、平安時代を旅してる。
紫式部源氏の間。
本堂の石段を登ると真正面に見えるのが紫式部源氏の間。
この部屋に参籠し源氏物語の筆を走らせたという。
千年前のこの場所に紫式部がこのように佇んでいたことを想い、しばし物想いに耽る。
このままヒュンっと千年前にタイムワープして、突然ちいかわの鉛筆とかハチワレの消しゴムとか渡して
「かわいいでしょ。けっこう便利だよ」「デュフフ、拙者けっして怪しいものではござらぬ」「源氏物語、はかどってるでござるか?端役でもいいから拙者も出してくだされデュフフ」
吸い込むような悲鳴とともに墨汁ぶっかけられてから、屈強な検非違使に引きずられて門前で斬られる自分を妄想する。
だめだ、何回シュミレーションしても斬られる。
紫式部源氏の間の横から本堂の中へ。本堂の中は撮影禁止。
本堂を出るときに、未練がましくもう一度『源氏の間』を眺める。
つづく。