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ルックバック


観たかった。
仕事を休んででも。

前評判がいいのは知っていた。友達も絶賛していた。ただ事じゃない作品だという匂いは感じていた。

原作は読んでいなかった。

が、予告をみて泣いた。


観にいかなきゃ、っておもった。
そして仕事を放り投げて、観にいった。


その感想を、書きたい。







『じゃあ、藤野ちゃんはなんで漫画を描くの?』



帰りの車中、運転しながら劇場では処理しきれなかった『ルックバック』のこのセリフにおもいを巡らす。


自分なりの答えがでた瞬間、一気に感動が押し寄せてきた。涙が、抑えきれない大粒の涙が、ぽろぽろととめどなく溢れてきた。

劇場を出て、ワンテンポずれて感動が押し寄せてきた。



映画が、『ルックバック』が、鮮明になってゆく。


噛み締めるように映画を振り返る。だからあそこは、だからあのとき…するともう、だめだった。心が、心の底から揺さぶられる。映画鑑賞時には動かなかった〝なにか〟がいとも簡単に動く。

そうだよ、そうだよと上を見上げてごぼれる涙を無意識に落とすまいとする。

冒頭から丁寧に描かれていた。すべてが。


車窓の向こうには、けつにょ…オレンジ色に染まる夕焼けが空いっぱいに広がっていた。信号待ちで横並びになった車の方が、泣きながらハンドルを握るオッサンを横目でチラ見しては首を傾げている。

もし隣の車の人が『ルックバック』を観ていたなら、窓を開けて「ルックバックを観たんです!」って言えば、「ならしょうがないね」ってガッテンしてくれそうな気がする。


反芻しては、泣いてる。
劇場では泣かなかったのに。このnoteに貼るために予告を観て、また泣く。

なんの涙かはわかんない。が、抑えきれない。

泣けるからいいと言ってるわけではない。
私も簡単に泣くとか言いたくはない。



それぐらい破壊力があった、ということ。


おそらく、原作を読んでいる方は開始早々に泣くのかもしれない。わたしも、2回目を観ることがあればきっとそうなる。


すぐにWeb版『ルックバック』原作を読む。
映画の内容がさらに補完されてゆく。

何度も繰り返し読んだ。

藤野と京本のあまりにも健気で、見ていると苦しくなるぐらいの眩しい青春が、そこにはあった。






なぜ、こんなに感動したのか。

ここからはどネタバレになる。

この線より下は爆死級のネタバレゾーンだよ。






藤野は小学生の頃から漫画がうまかった。小学三年生から学級新聞に書き始めた四コマ漫画を周りの人間が手放しでほめる。描けばチヤホヤされる優越感。そんな心地よさを感じるために筆をとる藤野。

〝5分で描いたんだけどね〜〟

嘘である。
この映画の冒頭では、前日、夜遅くまで必死に四コマ漫画を描いている藤野の後ろ姿から始まる。

藤野、渾身の四コマ漫画なのである。


そんな中、先生に呼び出されて、「隣の組にいる不登校の子が〝学校には来れないが漫画は描いてみたい〟と言っているから四コマ漫画の一枠を譲ってくれないか」と打診される。

それが、京本である。

人知れず努力をして、根拠のある自信を持っている藤野は言う。

「ちゃんとした絵を描くのはシロウトには難しいですよ?学校にもこない軟弱者に漫画が描けますかねえ?」



人並外れた向上心。藤野はその日から全力で絵の基礎を勉強しだす。






藤野は学校でも、家でも、脇目も振らずに絵を描く。五年生になり、六年生になってもひたすら描き続ける。

すると、あんなに絵を褒めていた周りのみんなの口から「もうすぐ中学生だよ。」「もう、絵を描くのやめたら?絵を描くの卒業したほうがいいよ。」「中学で絵を描いていたらオタクだと思われてキモがられちゃうよ。」

それでも藤野は筆を止めない。画力は徐々に上がる。

そこに再び、京本の作品が学級新聞に載る。

埋まらない差をまざまざと突きつけられたと感じた藤野はそこで、筆を止める。


時が過ぎ、小学校の卒業式。運命が動き出す。

藤野は先生から、卒業証書を京本に届けてほしいと頼まれる。


卒業証書を渡しに京本の家についた藤野、呼んでも返事がない。奥から物音。いるんじゃんと中に入る。

廊下には京本の膨大な努力の跡がスケッチブックの山となって藤野の前に現れる。

京本の画が、圧倒的な努力のもとに描かれていたことを改めて思い知る。

四コマ漫画用の白紙の短冊を見つける。すると急に創作者の持つルサンチマンが首をもたげてくる。
〝漫画の天才〟藤野の筆が自然と動く。

短冊にサラサラと四コマ漫画を描くのだがそこには藤野のドロリとした心の闇が現れている気がする。

〝出てこないで!!〟
〝出てこい!!出てこい!!〟

京本は死んでいるから出てこないというお話。

そして、この時描いた四コマ漫画が、
後に藤野を苦しませる。











自分が認めている人に認められるという喜び。


クラスメイトをはじめ、周りの人間は藤野の作品の凄さに気づけなかった。

たった1人、藤野がなんとしても追いつきたいと思っていた京本が、この京本だけが藤野の努力による画力の向上を感じ取り、丁寧に作品を読み、心から次作を待っていてくれていたという。

この一連のくだりが本当にたまんない。

這うように部屋を飛び出していく京本。その時の京本の高揚感があふれる画の動き。嬉しそうにたどたどしく口を開く京本。「またね」と手を振る京本。

だんだんと自信を取り戻し始める藤野。


そして、雨の中、畦道で踊るようなスキップをする藤野。体をかがめて手のひらで水溜りをパシャッと撫でて、さらに舞うようにスキップをする藤野。

雨に濡れたまま、家に着くなりすぐに漫画を描き始める藤野。

藤野の心の内が、画で、動きで瑞々しい映像になって劇場のスクリーンいっぱいに広がる。


この時、一斉にズルズルと鼻水の音が鳴り出したのは幻聴ではなかった。



この後、二人で漫画を描くこととなる。


13歳で佳作を取り、賞金100万をおそらく半々で折半している。藤野はそのうち、10万おろして私が奢るからと街に繰り出すシーンがある。京本は貯金したほうがいいというと藤野は「漫画を描いてガンガン稼げばいい」という。

帰りの電車で京本は、「部屋から出てよかった」という。人が怖くて学校に行けなくなったから、本当は外に遊びに出るのが怖かったと。

そして、こう続ける。

「でも、今日はすごく楽しかった」
「藤野ちゃん、部屋から出してくれてありがとう」と。

藤野はこの時に、お礼は10万でいいよ。と返すのだがその心は〝これからも一緒に漫画を描いてほしい〟〝京本といっしよに漫画を描いていきたい〟ということかな、私はそうとらえた。


藤野と京本はそののち、別々の道を歩むこととなる。


藤野が漫画家デビューできたキッカケは、京本に卒業証書を届けに行ったから、家に入って四コマ漫画を描いたから、京本の背景を手に入れたから、そういう運もあったのかもしれない。すなわち陽の目を見ない側になっていた可能性がある。


藤野から垣間見える人よりも強い上昇志向、承認欲求、あやうい言動。それは終盤におこる〝ある事件〟のあっち側になる恐れを含んでいるように思える。

その〝ある事件〟により、強烈な喪失感が藤野をおそう。
藤野は、漫画を描く理由が見当たらなくなる。


誰もいない京本の部屋、閉じられた扉の前にたちつくす藤野。最新刊の雑誌にしおり代わりに挟まれていたのは卒業式の時に描いた四コマ漫画。

泣きながら卒業式に描いた四コマ漫画を見つめる藤野。


〝描いても…なにも役に立たないのに〟
〝京本を部屋から出さなきゃ……死ぬことなかったのにっ〟

それはきっと、あの日に湧いた藤野の闇を漫画にして描いてしまった後悔と、それがきっかけとなり京本を部屋から出したがためにこんな事になったという自責の念。

京本を殺した犯人と、この四コマを描いた藤野の抱える闇には、根底には似通ったなにかがあるとおもう。

その深い後悔がとても激しく伝わってきた。


そこから、ifともパラレルとも取れる世界線が巻き起こる。
卒業式の日、京本とは出会わない世界線。

それは別々の道を歩みながらも、やがて二人は出会い、京本は死なず、漫画を描き始めるという世界線。


そして、哀しみに打ちひしがれる藤野の足下に、京本の部屋の扉の下から滑り込むように一枚の四コマ漫画が舞い出てくる。


そこには京本の描いた四コマ漫画が。
題名は『背中をみて』


4コマ漫画は、京本を暴漢から助けた藤野の背中にツルハシがぶっ刺さっている、という内容。


映画を見終えてからずっと考えていた。
解釈の幅は無限にあるが、私なりの答えはでた。



藤野の書く理由は時を経るごとに変わっていく。

最初は優越感に浸りたい自分のために。

卒業式のあの日、京本に褒められてからは自覚していないが、ひたすら京本を喜ばすために。

そして事件が起こった後、京本の部屋を訪れた時からも描く理由に変化が起こっているとおもう。


藤野は京本のために漫画を描いてきた。
京本のために。

そしてこれからも。


この映画、とにかく京本がかわいい。必死に絵を描く京本、臆病な京本、おっかなびっくりに街を歩く京本、喜ぶ京本、、はにかむ京本、泣いてる京本、笑顔の京本。



私の涙の理由、それはきっと、京本を失った藤野の哀しみを追体験しているからなのかもしれない。


そして、音楽。レクイエムのように流れてくるharuka nakamuraの『Light song』が最高に昂らせてくる。


あの日繋がれた二人の手は私の中では1度も離れることがなく、ずっと繋がれたまま今も心に残っている。









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