『愛しているからここまで言うの。これまで他の誰も言ってくれなかったでしょう?それは誰もあなたのことを好きではないから。』
『ストロー入ってないんだけど!!!』
女王の金切り声が響く。
テーブルの上に大きな音を立てて置かれたのは、女王がバッグから取り出したシリカ水のペットボトル。
私、お付きの青木くん、衣装係の遅川さんとの間になんとも言えない空気が流れる。
ほんの1秒にも満たない時間
同情、諦め、呆れ、そんなものが混ざりあった空気だ。
私が女王に言い渡された仕事の1つ
飲み物のペットボトルにストローを挿しておくこと。
今出したばかりのペットボトルにストローが挿せるのはどんな神業だ。
私はマジシャンとして雇われていたのか、驚きである。
声を荒げるその人がこの場の女王であり、そして私のボス。
私は目には見えない寒天のようなブヨブヨとした厚みに覆われた頭を必死に回転させ謝る。
謝って女王の気が済めば解放される。
他人のバッグにしまってあるペットボトルにストローを挿すにはどうしたら?
鈍い頭でとんちをひねりだそうとしたら、なんだか笑いそうになる。
むろん一休さんでもなく、マジシャンでもないので答えはでてこない。
女王からは
『傲慢』
『謙虚さがない』
『厚顔無恥』
『世間知らず』
とお墨付きな私。
女王はダメな私を成長させる為、深夜に時間を割いて何時間も電話をしてくれているので、睡眠不足なのかもしれない。
本当に申し訳ない。
女王の後頭部越しに外を見ると
若い男性達が演舞の練習をしている。
硬そうな分厚い黒いマットに飛び込むズドンという音、笑い声が遠くにきこえる。
すっかり季節感を失った
ズキズキと痛むのはどこだろう
気のせいか喉も締まり言葉がでない
ささくれた指先を撫でて
わかりました!と今日も鈍感なふりをする