オーディオを良くするとベースの音もグルーブも変わる。
【オーディオ=オカルト?嘲笑前提?それが目的じゃよろしくない】
やたらとオカルト扱いされたり、実際、ネタとしか思えないような話もあるオーディオの世界。
確かに、ギャグとしか思えないようなヤバさを感じる世界があったり、「さすがにそれはねぇだろ….」ってツッコミ入れたくのも、分かると言えば分かる。
一方、ジャンルそのもの、全て一緒くたに馬鹿にしたり敬遠するのも、かなり極端に見える。興味も関心も理解も無く排除、徹底的に拒絶し敵視する、なんてのはよろしくない。
そもそもスピーカーシステムすら持ってない、ろくに触れた事も無い、安っぽいヘッドホンやイヤホンで済ますなど、そんな状況だったら疑問が湧いてくる。
何でもかんでも宗教扱いしたり、色眼鏡で見たり、それで本来の目的を見失ってしまったり、価値が分からなくなってしまっては、本末転倒。
CDの数云々を言ってしまうのはさすがにもう、時代遅れな感もある。実物を持つ事に価値がある、実際に良い音で鳴らしてみて欲しいとも言いたいところだが、そこはひとまず置いていいと思う。
どれだけ多くの音楽に触れているか、興味関心があるか、好きになれるか、要はそこである。
普段から得ている情報量の差、質や密度の差、それが後の音楽観、自身のベースサウンド、ベースプレイにまで影響を及ぼすと考えれば、嘲笑して済むものではないのは明らか。
聴こえやすいベースばかりを意識した結果、キンキン、スカスカ、アタック感ばかり重視して身もコシも無い音が出来上がっていた、それしか出せなくなっていたなど、本格的に笑えない事態になってしまう可能性だってある。
と言うか、自分がまさにその当事者だった。
ファンクだソウルだ、ジャズだクラシックだ、何が良いのかさっぱり分からなかった。
・・・しかしである。
例えばの話、美味しいものを作るにはどうしたら良いか?
【美味しいものを食べて知る】
これがまず基本になる。
それを記憶し、分析し、自分なりに実現できるようにしていくという、何とも分かりやすい話。
そこでだ・・・!
安価なインスタント食品や即席な調味料など、そういった物ばかりしか知らないとしたら、どうにも風向きが怪しくなってこないだろうか。
研究を重ねた末、「チープこそ至高!ジャンク最強!」みたいに辿り着くのではなく、そもそも他に触れた事がない、関心を持った事すら無い。それはだいぶ厳しい。
「飯なんか何でもいい!」
「腹に入れば一緒!」
「味なんか分からん!」
こんな認識、主張とか、あまり自慢する事ではない。
「料理の味?そんなものオカルトだ!!」
ここまで変換するのはさすがに極論、偏見混じりになってきちゃうけど、でも本当、それに近い主張になってるんじゃないか考えると、色々疑問が湧いてくるんじゃないかと。
ベースをちゃんと聴くって難しい。弾いてる方としてもなかなか扱いに困る、それがベースサウンドの現実。
しょぼいシステムではなかなか再生が難しい、それはオカルトでも何でもなく、リアルそのものな話。
倍音際立つベースサウンドってのも良いけど、自分としてはやっぱり、低音を聴きたいし感じたい。
でも、それを全然再生できないシステムの場合、下手すると存在しないも同然になってしまうから怖い。
自分自身、中学でベースを始めるまで【ベース】って楽器の存在を認識した事なんか皆無だったと思う。
「オーディオなんかにこだわらない!」なんて言ってたら、一生認識できない可能性すらあるのが、ベースと低音の難しさ。
「こだわらない!」ってこだわりをこじらせたって結果、憧れのミュージシャンの素晴らしいプレイ、サウンド、その魅力を知らずに過ごしていくなんて事にもなりかねない。
ベースを弾いてるのにベースを聴いた事がない・・・
何となく程度でしか聴こえた事がない・・・
存在感が無さすぎて実はよく分かってない・・・
こんなのは寂しい。
真面目な話、オーディオを良くすると聴こえてくる音楽全てが変わる。
宗教臭い話だって偏見を抱く前に、良いシステムに一度触れてみる事をおすすめしたい。
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