ピクルス。
前回の受け取ることの当然性の日記で、
許可をだすのは、意識次第。と書きました。
ここで書かれていることのすべて、
その他、こころに感じることのすべて、
受け取る側の次元(視点)が、めちゃくちゃ関わってます。
受け取る側の次元とエネルギーによっては、
負は、愛にもみえるけど、
また別の次元とエネルギーによっては
愛は、負にもゴミにも見えるってことです。
無い。と見ていると、無いが見える。
ある。と見ていれば、あるが見える。
というフレーズを、全然違う次元の耳が聞いても、
片方の耳は、
⇒無いと見ていると駄目なら、無い。という感情で
見ないように、一生懸命、あるある。を見ようとする。
もう片方の耳は、
⇒言っていることは本質的なこと。と理解して、
時差にお任せすることで、
根っこの部分が一人でに成長していくのを、
意識的に観察する。
大まかには、こんな感じではっきり分かれます。
この、下の耳は、
いま自分の居る次元からは、見えない次元が
あることが、はっきりと分かっているということで、
その視点が持てるようになるまでを、
楽しみに待てる。という状態が、出来あがってます。
なので、待てる。ということは、
永遠に対する意識を持っているとなりますし、
限定に恐れていない。つまりは、今にある。となる。
目の前の状況を自分の力で
変えようとする努力も起こりませんので、
ものすごく楽な生き方が出来る。となります。
しかもこの違いは、
能力や才能的なものではなく、
今ちゃんと持っている力を有効にできているか、
いないかの違いです。
例えばピクルスが使いたかったときに、
切れていたのでどうするかなと。
ピクルス用のミニミニ胡瓜が庭にあって、
お酢があった。
じゃあ、これ混ぜてしまえばピクルスじゃんと。
幅の広がりって、こんなことです。
つまり、多くの人がもう、できているんです。
特にアレンジ能力がずば抜けてすごい日本人は、
次元を飛べてしまう視点が、
日常で、ちゃんと身に付いている…
その才能が飛びぬけているって、私は、思います。
持っている事を知っていれば使えるので、
あとは、知るだけ。もしくは、
出来ないなんて嘘やん。と、疑いを持つだけ。
それで始まりです。💎