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米国の腸内フローラ関連出願を分析して面白い用途を探す (後編)

前編では検索式の設定と、できあがった母集団の概要把握、それに続いてIPC分類から腸内フローラに関連する出願で面白そうな用途を開示していそうな公報の特定まで進めました。今回、後編としてピックアップした公報の詳細を調べてみたいと思います。

前回、IPCの分析を通して「A61P25=神経系疾患の治療薬」を付与された出願の一部を「おもしろそう」と判定しました。この集合は今日本でブームの機能性表示食品の「眠りの質を改善」「ストレスを緩和する」あたりの製品との絡みで興味深いです。

加えて前回「A61Q=化粧料」のIPCが付与された出願も同じく取り上げることにしました。「腸内フローラで美容?」はおもしろそうなので取り上げています。

1.前編でみつけた面白い腸内フローラ関連の医薬品用途、化粧品用途の詳細を調べる

下にまずはA61P25が付与された神経系疾患治療薬に関連する出願を母集団からピックアップしたので掲載します。リストの中の右欄の「保有技術」と「用途」は公報要約を目視で確認して、主要なものをとりあげています。

A61P25(神経系疾患の治療薬)が付与された出願からピックアップした"おもしろそうな出願"

● ヒト母乳オリゴ糖が偏頭痛に効く

US2020353005: Glycom (現DSM傘下)
HUMAN MILK OLIGOSACCHARIDES FOR TREATING MIGRAINE
ヒト乳由来オリゴ糖(HMO)の患者への投与で、腸内微生物叢を調整しビフィドバクテリウム・アドレッセンティスを増加させそれにより過敏性腸炎を改善させた結果として偏頭痛の低減が図られるという内容。明細書では偏頭痛患者の20名ずつにHMO(一方はプラセボ薬)を一定期間経口投与し、血中サイトカイン、トリプトファン、セロトニン(代謝物)、免疫細胞数、便中16s rRNAなどをモニタリングしながら便中の細菌フローラの変動にもとづく頭痛スコアの低下を確認しています。ただし判定は二重盲検でない?

権利範囲はHMOの投与→ビフィドバクテリウム・アドレッセンティスを増加させる範囲に限定されているので、他の菌株で?他のプレバイオディクスで?などのアレンジをすればこの出願を雛形に類似の権利を構築できるかも…?

この出願でいう"HMO" とは、実際には複合的なオリゴ糖成分の総称なので、これを全て含むプレバイオ製品を手に入れるのは難しいでしょうが、要はビフィズス菌の餌になるオリゴ糖を摂取すればいい話なので、偏頭痛持ちの方はプレバイオティクスの積極的な摂取を意識した生活を検討するのは有益なのではないでしょうか。

● てんかん治療に糞便細菌の経口投与が効果あり

US2022000940: Finch Therapeutics
COMPOSITIONS AND METHODS FOR TREATING EPILEPSY AND RELATED DISORDERS
腸内でアッケルマンシア(Akkermansia)またはパラバクテロイデス(Parabacteroides)種の1が欠乏しているてんかん患者に、正常糞便に由来する細菌フローラ組成物を経口投与するてんかん治療方法。組成物は健常ドナーの糞便を無菌的に濾過したものをカプセル化したもので、明細書中では実際にてんかん患者(さらに腸内細菌叢にトラブルも併発)に糞便濾液組成物を経口投与し、てんかん発作の低減を確認しています。

外傷性の神経損傷を伴わない場合のてんかんは難治性のものも多く、治療は困難かつ患者さんの負担は生涯に亘り大きなものです。特にそれが小児の場合の負担は計り知れません。それが腸内フローラの入れ替え、しかも経口摂取でそれが実現でき症状緩和が図られるならば相当メリットは大きいと思います。今後の臨床開発に注目。

ただ、腸内フローラがてんかんの治療に影響を与えるという知見そのものは、この出願より早い2018年にUCLAの研究者によってCell誌上で発表されていてAkkermansia属とParabacteroides属の細菌の腸内増殖がてんかん発作の低減に効果的(腸内でGABAの産生を促進する機序)という事までも明らかにされています。

なのでこのFinchの出願は "経口で糞便由来フローラを摂取するだけで" てんかんを抑える」というのがポイントとなりそうです。

● パーキンソン病に糞便細菌の経口投与が効果あり

US2020188442: Crestorovo LLC. (現Finch)
COMPOSITIONS AND METHODS FOR TREATING PARKINSON'S DISEASE (PD) AND RELATED DISORDERS
microbiome研究の世界的パイオニア、Borody Thomas博士が創立したCrestorovoからの出願ですが現在はFinchに統合されていると思われます。

こちらの出願も上記のてんかん治療と同様、精製した糞便細菌を経口的にパーキンソン病患者に投与し症状の軽快を複数患者で確認したことが明細書で開示されています。こちら、US11433102として米国で登録されています。

それにしても、Finchの出願はすごくシンプル。前述のてんかん治療出願とこちらのParkinson’s治療出願、いずれも明細書は図なしです。
Exampleもせいぜい5つ程度に抑えていて「余計な情報は開示しない」「ツッコミどころを開示しない」姿勢が貫かれている気がします。それでも広いクレーム範囲を維持して登録査定となっているで上手い出願戦略といえるのではないでしょうか。

● Blautia属細菌の投与が脳の損傷、不安抑制に効く!

US2022184145: 4D PHARMA PL (GB)
COMPOSITIONS COMPRISING BACTERIAL STRAINS
グルコース発酵の主な最終産物として酢酸を産生する偏性嫌気性菌であるBlautia菌を腸内に定着させる事で脳損傷を治療/予防する方法が開示されています。酢酸は神経細胞に対する保護的作用、脳卒中後にBBB透過性の低下、抗炎症作用、アポトーシス阻害作用を有する事が知られているようです。
明細書ではマウスにBlautia菌を投与した上で虚血脳モデルを作成し死後解剖により脳損傷のレベルを確認しています。
(じゃあ酢を飲んだんじゃだめなの?という気もしますが…)

明細書ではヒトでの実施例の開示はなし。
脳損傷となるとヒトではなかなか実験できないので、今後の臨床用医薬としての開発はイバラの道?サプリや食品としての開発継続が濃厚でしょう。

アメリカでは3件の登録がみられます。全てBlautia菌 (16s rRNAで菌株特定)の投与によるもので、
US11376284→強迫観念や不安行動の抑制方法。
US11382936→急性出血性白質脳炎、横紋筋炎、ビッカースタッフ脳幹脳炎、ミラーフィッシャー症候群、神経サルコイドーシスの治療方法
US11123378→脳卒中に起因する神経機能障害の治療方法。

がそれぞれクレームされています。このBlautia菌ですが、日本人では腸内でデフォルトでもっとも優勢な細菌群らしいという話もあります。特に積極的に摂取することなく脳卒中や不安心理に強い細菌を腸内に同居させてる日本人、ラッキーってこと?

ところで「不安行動の抑制」が登録となっている点。日本の特定機能食品の「ストレス緩和」という製品と直接バッティングするジャンルなので、4D PHARMA による日本での今後の権利化活動には注目です。

● 菌の増殖を抑えて神経系疾患を改善する

腸内で特定の種類の菌類の増殖を抑制することで、神経性疾患の改善に繋げる技術を開示する出願がいくつかありました。3つ紹介します。

US2006147496: Cedars-Sinai Medical center (US)
Methods of diagnosing small intestinal bacterial overgrowth (SIBO) and SIBO-related conditions

SIBO=Small Intestinal Bacterial Overgrowth:小腸内での細菌異常増殖症 の治療に関する出願です。SIBOでは、普段それほど微生物が多い環境ではない小腸での細菌異常増殖がみられ、それに伴う消化器系の障害(膨満感、下痢、腹痛など)や神経系の障害(うつ病、ブレインフォグ)などの原因としても疑われています。

出願ではSIBOの診断方法やリファキシミンを用いた除菌による治療法がクレームされ、米国で多数の登録特許が存在します。
そのうち、
US8197805→SIBO改善による自己免疫性疾患の治療方法
US8110177→SIBOを食事療法により改善し、自己免疫性疾患や神経症状(うつ、精神障害、記憶障害、耳鳴り、自閉症、ADHD、薬物過敏)などかなり多数の疾患を治療する方法がクレームされます。

明細書にはADHDや様々な患者について「よく調べてみたらSIBOも併発している患者だった」エピソードと、SIBO治療による神経性疾患の改善例が掲載されています。

このSIBOですが、この出願が研究の根幹部分に位置すると思われ、診断方法や関連する疾患の治療方法がいくつかのバリエーションで出願、登録されています。日本ではまだSIBOはメジャーな診断名ではないと思いますが、国内のいくつかの消化器内科で診察を受けられます。

US2021186937: Duke University (US)
COMPOSITIONS AND METHODS FOR TREATING NEURODEGENERATIVE DISORDERS WITH RIFAXIMIN

血中、脳内のアンモニア濃度/炎症性サイトカイン濃度を下げることで、アルツハイマー、パーキンソン、ハンチントン病、ALS、MNDの治療を行う方法がクレームされます。
アンモニア濃度/サイトカイン濃度を下げるために、リファキシミンのような滞留型の抗生剤で腸内細菌を除去する事が併せてクレームされています。

毒性のあるバクテリアの除去による、アルツハイマーやパーキンソン病の治療方法が広くクレームされた出願と言えるでしょう。明細書中ではアルツハイマ病ー患者へのアンモニア吸収剤等の投与での症状改善実施例が記載されています。

こちらも非常にシンプルな出願で、図や表は一切なし。
実施例も「エピソード語り」と言った感じで具体的なデータはほとんど開示されません。

● 特定菌株(生菌または死菌)の投与が神経性疾患に効く

特定の菌株を生菌または死菌として経口投与することで神経性疾患の改善に効果的、とする出願を3件ご紹介します。

US2020023018: California Institute of Technology (US)
MODULATION OF GUT MICROBIOTA IN HUNTINGTON'S DISEASE AND RETT SYNDROME
Actinobacteria, Tenericutes, Bacteroides のうち2種以上を含む人工フローラがクレームされます。これらの投与によるハンチントン病、レット症候群の治療方法も併せてクレームされています。

明細書ではHDモデルハエ、レット症モデルマウスなどにバクテリアを食餌させ、腸内の細菌叢や脳の解剖学的初見、行動観察などからバクテリア投与による疾患の改善を特定しています。ヒトでの試験例には言及がありませんでした。腸内フローラの変質がこれら疾患の発生にどのように寄与しているのか?についても踏み込んだ言及はありません。

US2022273732: California Institute of Technology (US)
PROBIOTIC THERAPIES FOR SOCIAL DEFICIT AND STRESS RESPONSE
2021年のNature論文がベースとなった出願と思われます。

E. faecalis等のエンテロコッカス属細菌の投与による、社会性行動障害全般に対する治療効果がクレームされます。
行動障害の例として不安障害、自閉症スペクトラム障害(ASD)、統合失調症、うつ病が列挙クレームされています。

論文と明細書では、ストレスホルモンとして知られるコルチコステロン濃度の上昇がマウスの社会性喪失の原因として特定され、このホルモンの濃度は腸内フローラを破壊した場合に上昇すること、破壊したマウスであってもE. faecalisを腸内に再定着させることで社会性が復活することを確認しています(最初に、抗生剤処理したマウスで社会性喪失に至らなかった個体では、腸内に薬剤耐性のE faecalisが生き残っていた事を発見している)。また、明細書のExampleでは社会性障害を呈する患者へのE. faecalis投与効果を確認しています。

E. faecalisはありふれた乳酸菌で、容易に入手可能な乳酸菌製品に含まれています。ストレス緩和作用がヒトにおいても確かならば、摂らない手はない?

US2020405787: Adare Pharmaceuticals SAS (FR)
NEW USE OF MICROBIOLOGICAL COMPOSITIONS
フランスの受託製造企業 (CDMO) のAdareによる出願。

出願内容はラクトバチルスの「死菌」を使ったペットの「心理的効果薬=psychobiotic」に関するもの。

よく知られた、容易に入手可能なラクトバチルスを使って、最近話題の腸脳相関で、それをハードルの低いペットに適用、というよく考えられた出願です。Adareはそもそも受託製造企業なので、自社で治療用医薬品を開発した経験は多くはないはずですが、業種的にトレンドを抑えた上でそれをペット用サプリとして開発する、というのは理に適った方向性だと思います。

すぐに「安心ラクト」「ペットのための、ほっとラクト」とかいう安易なネーミングですぐブランディングできそうな。

ヒトやマウスでよく知られた「腸脳相関で効く!」系の細菌をペット用サプリに適用というのは、今から流行りそうな予感がします。効果があろうがなかろうが、食べて悪い影響はなさそうなので。

と、ここまでA61P25系のおもしろそうな腸内フローラ関連の用途をざっとかいつまんでご紹介してきました。続いてA61Q系の化粧品用途を眺めていきます。早速、ピックアップしたA61Qが付与された出願をご紹介します。

A61Q(化粧料)が付与された出願からピックアップした"おもしろそうな出願"

● プロバイオサプリで抗老化

US2018050071: BIOIMMUNIZER SAGL (CH)
ANTI-AGE COMPOSITION COMPRISING A COMBINATION OF ANTIOXIDANT AGENTS IN ASSOCIATION WITH BIFIDOBACTERIA AND CELL WALLS ISOLATED FROM PROBIOTICS
ベリーエキス、ビタミン、ミネラル、ビフィドバクテリウム細胞壁を含む組成物がクレームされています。これを飲むと抗老化に効果があるそうです…。

「プロバイオで抗老化!」と興味を引かれましたが明細書中で抗老化作用を検証した記述はなし。流行ったサプリを色々入れた、というモノを超える何かではありませんでした。出願人はダイエットサプリのメーカーです。

● ラクトバチルスで減量

US2016089404: NESTEC SA (CH)
Lachnospiraceae in the gut microbiota and association with body weight
Lachnospiraceae属を腸内で抑制することで、体重減少を引き起こす方法がクレームされています。腸内でのLachnospiraceae属菌を抑制するプロバイオティクスとしてのラクトバチルス・ラムノサスが併せてクレームされています。

実施例ではこのプロバイオティクスを用いて肥満女性の摂取12週間での体重、体脂肪率の減少を確認しています。さらに肥満かつ糖尿病患者の糞便DNA解析から、肥満/糖尿病とLachnospiraceae属優勢の相関を確認しています。こちらの出願、米国英国に加え中国でも登録となっています。

日本でも既に「体脂肪をへらすヨーグルト」系の食品、飲料は発売されています。特定の乳酸菌を含む製品だと思われますが、果たしてこれらの商品はLachnospiraceae属を腸内での減少には関与していないのでしょうか…。もしこのネスレの出願が日本で権利化されるようなことになったら、なんだか将来的に争点化しそうな気がしなくも。

● 乳酸菌で消臭

US2005019894: SESANG LIFE SCIENCE, INC.(KR)
Lactobacillus sp. strain and use thereof
キムチ発酵液から分離された新規ラクトバチルス株がクレームされています。腸内でフローラを健全化し下痢発症率を低下させるというのはよくある話ですが、それに留まらず肉魚の軟化効果や脱臭剤としての利用について謳っている点で珍しい系統の出願です。

A61Qが示す化粧料としての使用はこの脱臭剤としての記述にもとづいて付与されたものでしょう。
基本的に明細書では「生ゴミ脱臭剤としての用途」について言及されているのですが、一言「人間の体に使う」との記述がありますので。
ただしキムチ由来の乳酸菌という先入観もあり、乳酸菌を有効成分とするデオドラント製品の使い心地はイメージしにくいですね。

こちら米国と欧州で登録されています。

● プレバイオサプリでいろいろ

US2012121621: Jászberényi; Csaba József (HU)
SYNERGISTIC PREBIOTIC COMPOSITIONS

食用オイル,植物性ステロールとプレバイティクス炭水化物の混合物がクレームされています。これを含む食品、食品のがんや消化器系疾患への適用についても広くクレームされています。

あれ?化粧品用途は?と不可思議に思い明細書を隈なく目を通してみると、一部に「これを皮膚や毛髪に使用して、スキンケア剤やヘアケア剤としてもよい」との記述が…。炭水化物を溶いたオイルを肌や髪に塗れと?食物アレルギーを誘発しそうでとても怖いのですが。

こちらの出願ですが欧州で登録となっています。

まとめ

今回、腸内フローラに関連しそう約900ファミリーの米国出願からなる母集団を作りました。母集団中の主要プレイヤーはネスレ、DSM、N.V Nutricia (現ダノン)などの大手食品/化学メーカーと、Finch, Serera, Rebiotixなどのバイオベンチャーでした。

母集団のIPCを集計し、A61P25以下の神経系疾患の治療薬、A61Q以下の化粧品が付与された出願群をそれぞれ詳細に読み込み、ピックアップした出願を解説しました。以下の気づきがありました。

・神経系疾患の治療用途としてのプレバイオ、プロバイオはアカデミア発の知見にもとづいて現在は大手メーカー/バイオベンチャーが広く研究開発している。勿論ビッグファーマ、メガファーマも手を出しつつあります。

・腸内フローラで神経系疾患改善系の出願は独特な明細書フォーマットがあるなと感じました。開示データの再現性を第三者が確認するのはけっこう無理がある感じのものが多い気がします(メカニズムがはっきりしないものが多いため)。in vivoでのアッセイ系が無いため仕方ないのですが。

・腸脳相関に基づく食品は、特許ベースの情報ではもはや珍しいものではなかった。大ヒット中の製品をヒントに、手を変え品を変えこれからたくさん市場に出てくるのでは?

・ ペット、畜産業界からの参入は今後も拡大しそう?(というか、サイレージは大昔からあるか)。

・「化粧料」としては、データに基づき腸内フローラをターゲットにして美容効果を見出している出願は今回の調査では見られなかった(「抗肥満、痩身」を除く)。

・「美容」+「腸内フローラ」+「腸脳相関」 みたいな分野は(エビデンスはさておき)やるヒト出てくるだろうなあ、という感想。


でした!!!
ここまで長い文章にお付き合い頂きありがとうございました。




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