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レールで卵を割れる駅|JR上諏訪駅

駅はその街の玄関であり、ファサードである。

簡素な駅も好きだが、溢れんばかりの愛が詰まった駅に出会うとハッとする。立ち入る前から、その街の活気や心意気を感じるからだ。

中でもJR上諏訪駅構内は、駅であることを忘れてしまう異次元空間だった。


初めてJR上諏訪駅に降り立ったのは、ある年の10月下旬。
遠に日も暮れ、気温も低かった。

駅ホームに設置された気温計(8.5℃くらい)|JR上諏訪駅|2022

しかし振り返れば、驚きの光景が……。

名湯 駅 露天風呂(足湯)|JR上諏訪駅|2022

名湯 駅露天風呂(足湯)

街中や駅前にある足湯は度々見かけるが、駅構内にある足湯は初めて見た。
『一駅 一名物』と書かれているから、この周辺の駅にはそれぞれ異色の特色がありそうだし、もしかすると珍しくもないのかもしれない。
けれど、私は純粋に驚いた。

しかも結構ゆったりとした空間取りである。

足湯用のベンチと、上がって足を拭いたりするベンチがそれぞれ充分に広い
紛れもなく駅の構内であることの証拠写真|JR上諏訪駅|2022
湯気が立ち、近くにいるだけでもほっこりする

こんなものがあれば、もちろん入るに決まっている。

♨️極楽♨️

見知らぬ土地の夜の駅では、待つ時間が長く感じられることが多い。
列車の本数が少なければ当然人気ひとけも少なく、肌寒い季節になるほど心許ないからだ。温もりほど安堵するものはない。

温泉たまご処

温泉が在るところに、温泉たまご有り。
しかも出来あいが置かれているのではなく、自分で作ることができる。

この駅の趣向の素晴らしいところは、「見物」ではなく、あくまで「体験」に軸足が置かれていることだ。
卵は駅のコンビニで管理されており、この仕組みはフードロスの軽減も考慮されているのだろう。

名湯 駅露天風呂(足湯)に併設された「温泉たまご」調理浴槽

しかも設備が在るだけでなく、かなり親切な配慮が行き届いている。
気温などにより日毎に異なるのであろう「卵の湯浴」最適時間が掲示されており、きれいにラミネートされた作り方もわかりやすい。

掛けられていることで目につきやすく、その配置も絶妙に素晴らしい

温泉たまご用テーブル

温泉と温泉たまご。
ここまでは、日本の温泉地ならではの風物だ。

しかしながら、『名湯  露天風呂』たる所以は、この先にある。

温泉たまご用テーブル

まず、この空間に脱帽した。
必要充分な整備がなされ、掃除も行き届いた空間の極みである。

先ほどの「温泉たまごの調理時間」や「作り方」の掲示に加え、この整った「温泉たまご用テーブル」の空間の先には、当たり前のことながらこの環境を整えた人が居る

その方との直接の交流がなくとも、伝わってくるものがある。

この土地の人間と他所の人間、あるいはサーバーとユーザーという二元性があり、湯の中で卵が変性する間に自らも温まるという関係がある。
その湯上がりに、仕込んでおいた卵の殻を剥き、自らの内に取り入れる。
そして、食べたものはいずれ自らの一部になる。

途中でも触れたとおり、「見物」ではなく、この一連の「体験」を通して此処に在るものを感じ取ることができるわけだ。

ここに日本特有の美意識である「いき」の構造を見た。

「いき」の構造|九鬼周造 著(岩波文庫)

九鬼周造の『「いき」の構造』について書かれたno+eを見つけたので、以下に引用させていただく。

本書において「いき」とは、「媚態」を頂点とした「意気」と「諦め」の三要素の関係性で形成されていることを主眼として議論がなされ、それはさまざまな歌や文学作品、日本語、昔からの言い伝えなどを基に根拠づけられ説得力はある。一方で、三つの要素の絶妙な関係性によって成立するとされる「いき」は、一つ一つの要素についての加減が要になってくるのではないかと思う。「いき」を形成する三つの要素のうちの「媚態」が晒し出してしまうとそれは見るに堪えないし、「媚態」の美しさも「意気」の力加減によっては打ち消されてしまう。

Keio SFC Matsukawa Lab|「いき」の構造 | 九鬼周造

ここに書かれているように、この駅のホームでは「加減」の妙による美しさを感じ取ることができる。
そこには商売っ気や押し付けがましさは勿論のこと、「おもてなし」とわざわざ言うようなこともない。「ただ、そう在ろうとする」ことだけが凛としてそこに在る。

空間的にバランスの取れたノードとエッジ、あるいは物理的・心理的距離感の統制と言っても良いかもしれない。

   *

もしかすると、時間帯や季節、曜日、利用者の数や構成などによって感じ方が違うこともあるだろう。

私は肌寒い季節の夜分21時を前にする頃に、一人で此処に居た。
だからこそ、この場の本質を感じることができたのではないだろうか、と思っている。

レールで卵を割ってみる?

随分と前置きが長くなったけれど、この『レールで卵を割れる駅』なるコンセプトを思いついた人は天才だ。
なんなら駅構内の温泉も、温泉たまご浴槽も、全てはこの「レール」のために用意されたものではなかろうか。

「日本唯一」とあるのは、世界を見渡せば他の国にもあるのか、日本人的な控えめさによる謙遜なのか分からないけれど、この発想は凄い。

最近、資源循環(サーキュラー・エコノミー)の観点でも注目される "アップサイクル" という取り組みがあるが、この古レール活用は時代の先取りであり、未だ最先端をゆく。

『日本唯一 レールで卵を割れる駅』コーナー
川岸駅構内で使用されていた古レールが設置されている

あとで調べたところ、2021年8月の豪雨により、元々このレールが使用されていた川岸駅駅前で土石流が発生したそうだ。民家もろとも巻き込まれ、駅構内も大変だっただろうとお察しする。
それと関係があるのか調べることはできていないけれど、この記事を書いている丁度1年前、2023年10月29日に新しい駅舎が使用開始されたらしい。

川岸駅は無人駅ではあるものの、その跨線橋こせんきょうや柱などにも古レールが利用されているとのことなので、またの機会に見に行きたい。

参考:川岸駅|フリー百科事典ウィキペディア

実は今回、時間的なこともあって、温泉たまごを作り、割り、食べる、という肝心の体験を為せなかった。そういった再訪の理由もあることだし、私は諏訪の地を改めて踏むに違いない。

   *

最後に、わざわざ言うまでもないだろうが、このような駅では、駅スタンプ用の台紙が無くなることなど有りはしないだろう。

期待を裏切らない「駅スタンプ」台の構成と設置状況


この記事にフィクションの要素はありませんので、あしからず。

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