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【感想】映画「missing」の自然な引き算
愛する娘が失踪した――。
これは壊れた世界の中で、光を見つける〈わたしたち〉の物語。(映画公式HPより)
この映画の存在を知ったのは、X(旧Twitter)から。
“とんでもない映画だが、人にお勧めはできない。”
そんな興味深い感想を見かけてしまったが最後、普段あまり観ない邦画を観に映画館まで足を運ぶこととなった。
結果から言えば、この作品に出会えて本当に良かった。
ありがとうございます、なんてことをしてくれたんだ。
物語は、とある街で発生した少女の失踪事件を端に発する。
少女の両親をはじめ、肉親、警察や地域住民、マスコミをも巻き込みながら、彼らの物語は入り交じり、捻じれ、複雑になっていく。
この映画の感想を端的に言うなら、
人物描写と状況説明が素晴らしく緻密な、引き算の映画。
出演者の方々の演技の素晴らしさは勿論、
無駄のない自然な映像描写には特に舌を巻いた。
ひとつひとつ挙げていくとキリがないので、
特に印象に残った点も交えつつ時系列順に書いて行こうと思います。
ネタバレしかありませんので、未視聴の方はご注意を。
冒頭 娘の失踪から3か月
物語の核となる少女、美羽ちゃんが失踪してから3か月が経過した時点から物語は始まる。
慣れた手つきでビラを配る両親と、あまり受け取ってくれない通行人。
それを見つめるマスコミの男性は、部下らしき女性に「そこ、通行の邪魔になるから」と一言かけ、女性はすみませんと道の端にずれる。
この数秒の冒頭シーンだけで、この映画は描写が凄まじいのではないか。そんな期待を持たせてくれるには十分だった。
慣れた手つきは時間の経過を、通行人からは世間の関心の薄さを。
そしてマスコミ組は上下関係だけでなく、女性がまだ不慣れな新人であることすら察せられた。
言葉で逐一説明せず、登場人物の動きや反応での人物紹介は、
鑑賞側の想像を膨らませるだけでなく、とてもスマートだった。
不審な弟
場所は変わり、夜のテレビ局。
両親を取材している記者の砂田は美羽ちゃん失踪の特集を再び組もうとしているが、代わり映えしないと上司に指摘されてしまう。
新しい情報のために、美羽ちゃんの母である沙織里の弟・土居の取材交渉の案が持ち上がるが、どうやら弟には怪しい噂があるらしい、という流れになる。
そして次のシーンでは、ミキサー車を運転し、生コンを取り扱う弟・土居の姿が映し出される。
鑑賞している私からすれば、この時点で”弟は犯人なのではないか”、”コンクリートを何かよからぬことに使ったのではないか”、と邪推してしまう。
ミスリードかもしれない、とも思った矢先、沙織里が土居を訪ね「あんたが美羽と最後に一緒にいた」というとんでもない情報を落とす。
ここで私は、一瞬この作品の方向性が分からなくなった。
美羽ちゃんを探す話であると同時に、いるかもしれない犯人を突き止めるサスペンス要素も入ったのだろうか、と。
事実、現状最も怪しい弟はマスコミの取材にも心ここにあらずな様子で、犯人でないにしろ何か知っているのではないか、と思わせる挙動を見せている。
何を描こうとしているのか、更なる期待があった。
そして土居の証言も織り込んだ特集がテレビで流れると、両親や土居の置かれた状況はより悪くなっていく。
犯人扱いされる土居は小さな仕事しか回してもらえなくなり、失踪当日にたまたまライブへ行っていた沙織里はライブ狂いで育児放棄の母親だと叩かれる。
物語はここから明らかに、SNSや世間の攻撃的な面を顕著に描写し始めていた。
名前の無い毒
掲示板に書かれた罵詈雑言は、本作と同じく石原さとみが主演を務めるドラマ「アンナチュラル」で表現された『名前の無い毒≒不特定多数の人々による無責任かつ執拗な悪意と攻撃』とも通ずる部分がある。
こちらは故人への攻撃だったが、本作では存命の人物も標的にされている分、質が悪い。案の定沙織里は書き込みに憤慨し、そしてそれらの閲覧が徐々に日課となっていく。
そこからの沙織里は更に余裕がなくなり、訪ねてきた母親に当たったり、提供された情報に懐疑的な反応をした夫・豊を責めたりと、精神的に不安定になっていく様子が描かれる。
そして情報提供によって訪れたホテルで、美羽に似た少女を見間違え駆け寄ってしまった沙織里は、人目もはばからず大声で叫ぶ。
既に顔を顰めたくなるほど辛い状況であるのに、物語はここから、壊れ始める沙織里の姿も描写していく。毒に少しずつ浸食されていくような沙織里の姿、ひいては石原さとみの鬼気迫る演技が目に焼き付く。
印象的なシーンとして、このとき沙織里は豊に対し「温度が違う」=「私は必死なのに貴方は冷めている」といった発言をするが、その直後、実は豊もビラを置いてもらえないかホテルに頼んでいたことが分かる。
その後、豊は屋外の喫煙所でひとり涙をこらえ空を見上げる。
「二人揃って焦っても何も解決しない」と理性的に沙織里を宥め続ける豊だが、ここで豊も心から辛い思いをしていることが改めて描かれる。
名前の無い毒に苛まれているのは、沙織里だけではなかった。
悲劇の母親
記者の砂田が再び沙織里のもとを訪れ、「次は決して誤解の生まれない内容で特集を組む」と約束し、更なる取材が始まる。
精神的に追い詰められた沙織里は藁にも縋る思いで「砂田さんしか頼れる人がいない」と吐露するが、この時点でこの二人には奇妙な利害関係の歯車が噛み合い始めてしまっていたように思う。
ビラを配る沙織里に対し、砂田は「次受け取ってもらえなかったら、俯いて悲しい表情をしてみてもらえますか」と演出の提案をしてしまう。
すぐ我に返り「忘れてください」と謝罪するも、部下の栄転や好転の見込めない状況に焦り、テレビマンとしての悪い部分が出てしまったように見えた。
その後、自宅で行われたロングインタビューの際、沙織里の「悲劇の母親」がより強く見え始まる。
選挙特番と美羽ちゃんの誕生日が重なるためケーキの映像が撮れない、という砂田に対し、沙織里は「今からケーキを買ってきて、誕生日会をやりましょう」と提案する。
それはもはや美羽ちゃんを思っての誕生祝いではなく、画作りのためのケーキだった。豊だけはこれに反対したが、話はどんどん進んでしまい、結局誕生日でもない日にケーキでお祝いするという状況が生まれてしまう。
それ自体は映像のためであれば無い話ではないと思われるが、沙織里から提案した、という点が私に少なからぬ衝撃を与えた。
そしてインタビューにおいて、「何でもないようなことが幸せだった」と話す沙織里に「THE虎舞竜?」とカメラマンが漏らしてしまった際も、沙織里は「(表現として適切でないので)すみません」と苦笑いする。
この時点で、沙織里は悲劇の母親を演じ始めてしまっているように見えた。それは恐らく無意識で、本人は違和感に気が付いていない。
豊は勘付いていたのだと思うが、それを言語化することは無かった。
ちなみに砂田においても、沙織里が壁の落書きを見せるためにポスターフレームを動かした際、ほんの少しだけ表情が揺らいだ。
単に感情が動いただけだと思いたいが、私はあの一瞬の表情が、テレビマンとして新しいネタを見つけた顔に見えて仕方が無かった。
土居の真実
失踪する直前まで美羽ちゃんと一緒にいた土居に対し、沙織里の強行によって再び取材が行われた。
半ば脅しに近い状況ではあったものの、あの日の土居が実は深夜に帰宅していた事実や、事件に真摯に向き合っていないとする砂田の説得もあり、土居は遂に一言「スロット」という言葉を発する。
これは土居が違法賭博に手を出しており、それを隠すため事件当日の供述をあいまいにしていた、ということだったのだが、当初私にはそう聞こえなかった。
というのも、意図してか偶然か、滑舌の悪さで聞き間違えたか、この時の土居の台詞を私の耳は「拐った」と取り、土居が自白したように聞こえたからだ。
単なる聞き間違いならそれまでだが、この時の私はひどく混乱した。
本当に土居が犯人だった、砂田やほかの人はスロットだと思い話している。
そんな風に見えてしまい、心中穏やかではなかった。
だが結果的に土居が言っていたのは本当に「スロット」だったため、私の憶測は杞憂であった…と思いたい。(公式パンフレット/シナリオ決定稿より)
実際、その直後に描かれた土居と木村(職場の先輩)の飲み会では、木村が「違法賭博に誘って申し訳なかった」旨の発言をしているため、土居の不審な行動は美羽ちゃん失踪とは直接の関係が無いことが補足・示唆されている。
しかしこの時より、違法賭博の事実を初めて知った沙織里と土居の関係は決定的に悪化してしまう。
沙織里が送り続ける怨嗟のLINEをまんじりともせずじっと見つめ続ける土居からは、姉の言葉をただただ逃げずに受け止めようとする、何かしらの思いがあるように見えた。
2年の月日と積み重なったmiss
個人的には、ここからのシーンが特につらかった。
砂田は別の取材活動に勤しみ、美羽ちゃんと同じピアノ教室にいた少女は美羽ちゃんのことをすっかり忘れ、沙織里と豊へ支払われていた組合の寄付金は減額せざるを得ない状況になっていた。
沙織里は新たに発生した少女失踪事件に美羽ちゃんとの類似性を見出すも、ほとんど望みの無い状況で解決の糸口が見つかるとはとても思えない。
それどころか、その事件の捜索ビラと美羽ちゃんの写真をまとめて1枚に編集するなど、言葉を選ばず言うなら便乗しているかのような行動にも、彼女の切迫した心境が見てとれた。
久しぶりらしい砂田との話し合いでも、2人とも言葉や表情に諦観が混じり、美羽ちゃんに繋がる可能性は低いと話す。
そして砂田は、いち報道人として、一人の人間として、「どこかで自分は間違えた」と語る。
思い返せばこの物語には、ほんの些細なことから大きなことまで、間違えてしまった人が非常に多い。
人は間違えるもの、といえばそれまでだが、登場人物に限って言えばそれは顕著だ。
たまの息抜きにライブへ行ってしまった沙織里。
沙織里との接し方を度々誤り謝罪してきた豊。
違法賭博に手を出し美羽ちゃんと一緒に居た土居。
記者として一人の人間として揺れ動いてしまう砂田。
ミスが多く叱られ泣いていた新人記者の三谷。
場違いな言葉を放ってしまうカメラマンの不破。
土居を違法賭博に誘ってしまった先輩社員の木村。
しかしそれと同時に、ポジティブな周囲の状況も描かれる。
引き続き行われている美羽ちゃん捜索のボランティアは、事件当初のメンバーが残っていた。ずっと協力してくれている人達がいる。
2年前に沙織里の勤め先へやってきたやや不愛想だった新人の女性は、沙織里の顔を見るなり笑顔で手を振るほど仲が良くなっており、ビラ配りを手伝ってくれるという。更にそのお腹には新しい命が宿っている。
そして、ここでも引き算が見られた。
沙織里と女性は笑顔で駆け寄り、「体は大丈夫?来てくれてありがとう」といった沙織里の言葉が手短に交わされる。
これだけで、彼女の妊娠についてきちんと把握している事、今日ここで集会があると知っていた事、沙織里の反応から女性が元から手伝おうとしてくれていたことなどが伺い知れた。
そしてその後、沙織里の心境の変化が表出するシーンが訪れる。
最近失踪していた少女が、無事に見つかったというニュースだ。
身内の犯行だったと分かり、美羽ちゃんとは関係なかったことが分かった。
そのニュースを見た沙織里がどういう反応をするか、私はとても不安だった。美羽が見つからない!と激昂するか、見つかったこの子の無事を喜ぶのか。
沙織里は、愕然としながらも「見つかってよかった」と語った。
泣きながら、悲しみを堪えながら他の子の無事を喜んだ。
それが沙織里にとっての好転なのか進転なのか、もしくは別の何かなのか。
その胸の内までは分からないが、少なくとも感情的に自身を傷付けてしまうような彼女の姿はそこにはなかった。そのことが嬉しかった。
姉弟
物語の終盤。
美羽を探しトラブルを起こしてしまった土居と、迎えに来た沙織里のシーン。ほぼ絶縁に近い状態だったと思われる二人が車の中で話す姿は、間違いなくこの物語のクライマックスといっていい描写だった。
自身のせいで美羽がいなくなったと泣きながら謝り続ける土居に、同じく泣きながら怒りつつも、以前ほど弟を責めなくなった沙織里。
2人の感情がぶつかり、歪にも硬直した関係が少しずつ解れていくような空気は、少し場違いなラジオ音楽とも相まって軽妙に描かれていた。
その夜、沙織里から土居にLINEが届く。
怨嗟のLINEとの間に1件だけ父親の葬儀についての連絡が挟まっていたあたり最低限の連絡は取っていたようだが、それでも短くない期間やり取りが無かったであろうことは明白だった。
届いたLINEの内容は少し意外なものだった。
失踪する前の、美羽ちゃんと土居が遊んでいる動画。
撮影しているのは沙織里で、その光景は何の変哲もない仲の良い家族の姿。
このシーンが来るまで、美羽ちゃんと土居の具体的な関係性は一切描かれてこなかった。土居のやや不気味な印象とも相まって、この二人はそれほど仲は良くなかったのではないか。そんなことを一方的に、勝手に想像していた。
しかし実際は一緒に楽しく遊び笑い合うほどの仲で、沙織里もそれを知っていた。序盤に土居を怪しんでしまった私の想像は、いち視聴者に過ぎない私の偏見と思い込みが作り出した只のレッテルに過ぎなかった。
この物語は、少女の失踪によって人生が捻じれ、分かたれ、入り交じってしまった人達しかいない、やりきれないものなのだと痛感させられた。
犯人を見つけるでも、真相を明らかにするでもない。
「壊れた世界の中で光を見つける物語」だった。
光
美羽ちゃんのいない日常が続く中、壁の絵にガラス瓶を通した日光が当たり、虹を作る。絵の美羽ちゃんを撫でるように自身の手の影を動かす沙織里。これ以上ないほど居た堪れないシーンではあるが、それと同時に、光に溢れた美しいシーンでもあった。
海岸沿いでは、砂田が恐らく定番の仕事となったアザラシ探しをしている。
カメラマンの不破が別の人物に代わっているあたり、彼も砂田のパートナーから外れ他の所へ行ったのだろう。月日の流れと、その場所から動けないでいる砂田を同時に描く巧みな演出だった。
駅前でビラを配る二人のもとに、親子がやってくる。
それは、無事見つかったことを沙織里が喜んだ少女と母親だった。
「その節はありがとうございました」
「皆さんのお陰で娘は帰ってきました」
「美羽さんのために、何か手伝わせてください」
その言葉に微笑む沙織里と、堪え切れず嗚咽を漏らす豊。
この時初めて、2人にとって同じ気持ちを共有できる存在が遂に現れたのだと、切なさと同時に安堵もこみ上げてきた。
2人、もしくは1人孤独に戦ってきた彼らに、真の意味で寄り添うことの出来る人が現れたのだ、と。
美羽ちゃんに何があったのか、事件なのか事故なのか。
生きているのかどうかさえ作中では分からない。
しかしそんな壊れてしまった世界の中で、美羽ちゃんを失った人々は光を見つけて生きていく。
決して幸せな物語ではないものの、そこには間違いなく光があった。
おわりに
思いつくまま書いたので、変な文脈や言い回しになってしまっていたらゴメンナサイ。あとから若干の修正を入れたりするかもしれません。
「missing」は辛く重い物語で、SNSで見かけた「2回目は観られない」「ダンサーインザダークを思い出す」「人にお勧めできない」といった感想もうなずける作品でした。
しかしその人物描写や映像描写、表現は非常に精緻で、まるで本当のドキュメンタリーを観ているかのような感覚になるほどでした。
2回目を観てしまうと恐らくバスタオルでは足りなくなってしまうので、観るとしても暫くは寝かせておこうと思います。
それでは長文、乱文失礼いたしました。おしまい。
missing / あるべき所にない、見つからない、紛失している、行方不明
miss / 〈ねらったものを〉取りそこなう,取り逃がす.
I miss you / あなたに会いたい
(出典:weblio英和辞典・和英辞典)