オンライン化の流れ 現代アートに起こっていること考察メモ
世界的な感染症流行、対抗策は社会的距離を保つこと。人が集まることを避けるということで、美術館閉鎖はもとよりアートフェア、ギャラリーなども閉鎖している。イベント、セミナーの中止は、美術の世界だけでなく、他の業界でも似たような状況、企業向けソフトウェアを販売する勤務先も年次の大規模イベントをオンラインのみの開催に転換し、国内の小規模なイベントもオンライン開催に切り替えた。
デジタル化への変革が突然訪れた。
情報システムを通じて、いろいろな業界、業務のいろいろな課題、挑戦に取り組んできた。様々な業界ルールを知っているつもりだったけれど、美術界の特殊性と閉鎖性は特筆すべきものがあった。売買の対象となる作品は一点物が多いし、価格をオープンにすることに、かなりの抵抗がある。さらに価格のオープン化は売り手だけでなく、買い手からも抵抗があるという。
様々な背景があるが、アートフェア、ギャラリーは、本格的に作品をオンラインで販売するという道を模索しはじめた。(美術館のビューイングルームはまた別の議論が必要だと思う。)香港のデモの激化により中止が懸念されていたアートバーゼル香港、まさか感染症の大流行で中止になるとは思いもよらなかった。急遽オンラインのビューイングルームとして期間限定のサイトを用意していた。
アート作品をオンラインで販売する試み、こうした問題を確認する際には、事例を分析するのがよい。
Hauser & Wirthはオンライン展覧会としてビューイングルームを開設している。作品と価格、販売状況を見ることができる。販売済みの作品は価格を見ることはできない。もう買えない作品の値段を提示する意味は無いのでしょう。
PACEはオンラインビューイングルームに入るためにメールアドレスの登録が必要になる。入ってしまえば、作品と価格と販売状況を確認することができる。
この他にもオンライン展開している有力ギャラリーがあるが、展覧会をオンラインで開催し、期間を区切ったビューイングルームとして似たような運営をしているように見える。
このような状況で面白い取り組みが、David Zwirnerのオンラインプラットフォームだろう。
オンライン展開のためのシステム投資はそれなりのコストが必要になる。また、運用にあたっては少なからず人的リソースが必要になる。中小規模ギャラリーにオンラインスペースを提供する試みである。このオンラインプラットフォームは期間限定ながら手数料無しで出展することができる。確認時点では、ニューヨークの12のギャラリーが参加していた。
こうしたオンライン化が美術界にどのような変化をもたらすのか、いわゆるデジタル化の取り組みを先行している小売業、副業でも関わりの深いアパレルの事例から考察してみたい。
ECサイトで服を売る。試着できない中で売るというのは売り手側にも買い手側にもリスクがある。また、買ったはいいけれど、オンラインで見た印象と実際に手元に届いた印象が違うということがあるし、手持ちの服とのコーディネートに難があることに気がつく場合もある。そうしたリスクを売り手側が、柔軟な返品の対応でカバーしている。そうしてオンラインで購入するというハードルを下げてきた。
オンライン販売の一番のギャップはサイズ感であろう。アート作品についても同様なことが言える。㎝あるいはインチで表現されたサイズをどれだけ正確に認識できるだろうか。また、実際に目の前に提示されたときの印象は画面で見ているのとは違う。リビングに飾ろうと思っていたけれど、色に違和感があったとか、重量の制限が思ってたものと違い、壁の強度が足りなかった等々。アパレルECが経験してきた色味、サイズ問題に直面するであろうことが想像できる。美術品の場合、容易に返品はできないし、ユニークな作品の場合、代替することができない。
アパレルでは、高額商品のECは出遅れていた。ハイブランドは、オフラインでの体験を重視しており、店舗でのラグジュアリーな顧客体験を提示していた。とはいえ、アジアを中心とした新興の(特にミレニアル世代の)富豪は、オンラインで高額商品を購入することに躊躇しない。ハイブランドが気がつかないうちに、(あるいは対応できないうちに)高級ブランドのオンラインセレクトショップのFarfetchは存在感を増していた。高額品はネットで売れないということはない。
アートバーゼルのレポートによれば、1千万円以上の美術品もオンラインで売れているという。2019年はオンラインセールスは足踏みしたが、この5年間で伸長している領域、2023年までに85%もの成長を見込んでいる。オンライン専業のプレイヤーも出現し、ギャラリーのみならずオークションハウスもオンライン化してきている。オンラインだから高額品が売れないということはなく、オンラインでの売り方にバリエーションがあるということを認識すべきだろう。
次にプラットフォームを考えてみる。プラットフォームとは、本来出会うことのないプレイヤーを引き合わせる場である。Facebookを例に考察すると、SNSに登録している一般のユーザーと、そうしたユーザーに自社商品・サービスを売り込みたい企業とがマッチングされている。
Facebookに参加しているユーザーは、プロフィールを充実させ、ライフイベントを登録し、行動を記録、交友関係も記録している。そうした好みに合わせてタイムラインは編集され、その中に広告が入り込んでくる。広告出稿主は、自社の顧客リストとFacebookのユーザーを照合して、似ている見込み客に広告を見せることができる。こうした本来は関係の無い者同士を引き合わせる効果がプラットフォーム機能のひとつである。このような概念はオンラインになったから発生した訳ではなく、古くは新聞・雑誌(記事によって読者と広告主を結びつける)、商店街・ショッピングモール(商業集積によって買い物客と商店が集約する)、クレジットカード(カード会員と加盟店)などもプラットフォームである。プラットフォームが発展し、エコシステムと呼ばれるようになる。昨今はデジタル化を手に入れて国境を超えた巨大プラットフォーマーが出現することとなった。
プラットフォームが提供する主な機能としては、(1)マッチング機能(2)コスト削減機能(3)ブランディング(4)外部ネットワーク機能等が上げられる。マッチング機能は前述した通り、コスト削減機能とは、David Zwirnerも実施している通り、オンラインに展覧会を展開するための技術的な投資の肩代わりである。この場合はシステム投資となるが、これを自前で用意せず、プラットフォームを活用することである。楽天市場を考えれば分かりやすいだろう。テナントは毎月の出店料を払って売り場をオンライン化する。利用者側からすれば、名も知らないオンラインストアから購入するよりも楽天に出店しているお店であれば、ある程度信頼できる店だろうと期待する。こうしたブランディング効果が付随してくる。外部ネットワーク機能というのは、口コミなどによるバイラル効果を指す(いわゆるバズる)。新たな集客方法を提供し、こうしてプラットフォームに参加者が粘着していくことになり、エコシステムが巨大化していく。
巨大化したプラットフォームエコシステムは、参加しているプレイヤーの戦略を大きく制限してしまうことにもなりかねない。例えばiTunesというプラットフォームを考えた時に、ほとんどのレコードレーベルはiTunes経由で売り上げを作っており(日本の場合は未だに音楽ソフト売り上げが79%) 、プラットフォームの戦略が企業戦略の前提になってしまう。ここで手数料が一方的に上げられてしまっては、そこに従う他なくなってしまう。楽天の送料無料化一律ライン設定というのも記憶に新しい。独自にブランディングに成功し、体力もある商店は楽天から独立する動きも出てくるであろう。数年前に始まったアパレルのZOZO離れは、そうしたプラットフォームへの警戒感から発生したものだった。こうした特性、事例を踏まえた上で、プラットフォームと付き合う必要があるだろう。(インターネットの早い者勝ちの原則がプラットフォームには当てはまらず、後者有利な状況もでてくる。けれどもこれは別の話。)
美術界の話題に戻ると、アートバーゼルはリアル(オフライン)のプラットフォームだった。会場で作品を見るということ、お目当ての作品・アーティストがあって見に行った時に、たまたま隣のブースで見た作品、出会ったアーティスト。そうした偶発的な出会い。これは正しくプラットフォームの機能である。すなわち以前からプラットフォームは存在していて、それがオフラインからオンラインに拡張するということ。ルールが変わるということ。このルールの変更は今後試行錯誤によって美術界が獲得していくものだろう。オンラインでの鑑賞体験をどこまでオフラインに迫れるか、あるいはオンラインならではの鑑賞体験を見出すのか、楽しみな試みである。
ところで、アート作品をオンラインで買うだろうか。オンラインで購入する場合、品質、特性等、知っているものを買う傾向が強い。Amazonは、購入場所による商品の質と価格にバラツキがないものとして本の販売に目をつけた。そうしてネットショッピングという習慣を築き上げた。ほとんどの人がネットで買い物を経験する現在、ハードルは下がってきたが、果たしてアート作品をオンラインで購入するだろうか。オンラインでアート作品を買った人の意見を聞いたら、カタログとしての使い方だったという、知っているアーティストの作品を買ったということ。
均質化について考える。ZOZOタウンを代表とするアパレルショッピングモールは洋服の均質化を起こした。検索結果にワンピースの画像が並んだ時に、消費者は一番見栄えがよいものを選ぶ。そうした売り上げ傾向はアパレル側にも伝わるから、消費者に一番訴求できるものを競ってクイックレスポンスする。売れるもの、すぐに換金できるもの、そうした動きをしていくことで、ブランドがいつの間にか壊れていく。計画から結果(売上)まで、回転のスピードはあがっていき、流れは高速化していく。こうした圧にさらされたら、事業者は流れやすい方に行ってしまうだろう。売りやすいものに流れるという安易な戦略は結局は自身の戦略、選択肢を閉ざしていくものだろう。ギャラリストが、アーティストが、売れる作品になびいていく、それだけは寂しい状況を生み出してしまうことになるが、現代アートの世界では、そうした状況にならないだろうと信じている。
美術界のもうひとつの側面、秘密主義。在庫と価格の問題。オンラインで展開すると客のみならず、競合も見ることになる。(美術界の場合、競合以外のステークホルダーもあるけれど、それは議論が複雑になるので割愛)とあるアーティストの作品が売れたかどうか、どれくらい売れているかというのは、大きな関心事。一方で売却済みの作品は、購入に関する問い合わせ対応の手間を省くためにも表示せざるをえない。では、価格はどうか。それこそ客によって値段が変わるとも言われるギャラリーの価格システム。そうした駆け引き。買い手側も成熟しているのが美術界の特徴だと思う。こうしたクローズドループでは業界全体が衰退して行ってしまうから新しい流れを取り込むのはとても大事なこと。そんな中で、価格が「問い合わせ」では、そこで新しい顧客層は離脱していってしまう。この領域にダイナミックプライシングの可能性があるのではないだろうか。
ダイナミックプライシングとは、需要と供給によって価格を変動させる仕組みのこと、デジタル技術により、客それぞれの価格を設定することができる。既存の客、新しい客、何度もやってきてくれる見込客、新規客の二度目の購買、そうしたコンテキスト毎に価格を変えることができる。航空券、ホテルの宿泊費などに導入されているが、今後、日用品などにも導入展開される可能性がある。同じものを買ったとしても、二つ目は一つ目とは違う価格になる可能性もあり、従来からの物価動向の統計も意味が失われてしまう。これもデジタルディスラプション(デジタルによる破壊)の一例かもしれない。メールによる問い合わせをすれば済む話と解釈されるかもしれないが、オンラインのユーザーは、セルフサービスでできる範囲の拡大を望んでいる。
アートは買うつもりで見ている人とそうでない人が存在する。オンラインで世界中の素晴らしい作品を閲覧できるのは大歓迎、購入の可否はともかく、今後もこうした流れが、定着するのを願う。