『六甲ミーツアート2020』鑑賞メモ
副業の大阪出張に合わせて、六甲ミーツアートを鑑賞してきた。8月頃だったか、誘われて参加した久松知子さんのスタジオビジットで、六甲ミーツアートの話を聞いて興味を持った次第。
スタジオビジットの様子は、YouTubeで公開されているけれど、リンクは載せない。
YouTube越しに見た作品を現地で見てみたいと思った。畳六枚分もある大型作品、それがどのように展示されるのか。そして、地域の交流人口を増加するという分かりやすい現代アートの活用を行うという六甲ミーツアートが、どのようなものなのか、単純に興味を持った。
ホームページにアクセスの方法などがあるけれど、ともかく分かりづらい。こうした分かりづらさを狙っているケースもあるけれど、この情報サイトは地元か、せいぜい近隣府県からの集客を当て込んでいるとしか思えなかった。恐らく、そうした想像は間違っていて、UX(ユーザ・エクスペリエンス)の発想が無いのだと思う。こうした文句を書いているのは、ケーブルカーの入り口に到達するまでに、バスと三路線ある電車を、どう乗り継げばよいのか分からず、ナビゲーションがあるにも関わらず、散々迷ったからだと思う。
コンテキスト、好みに応じて、判断をユーザに任せてしまうという丸投げUXな感じだった。
ケーブルカーで山上駅、紅葉目当ての人もあったけれど、現代アートの展示を目当てにしている人達も多かったように思う。というのも、ローカル・テレビ局の取材とちょうど同じくらいのタイミングで移動しており、待ち時間に、聞くともなくインタビューの質問と答えが耳に入ってくる。
展望台から、作品越しに神戸の町や、瀬戸内海を眺めると、地域交流という芸術祭の形が、こうなのか、と、たちまち理解した。
分かりやすさ。そうした作品の並置に、少しだけの抵抗も垣間見える。すそ野を広げることが目的では決してないアートの世界、この芸術祭は、それを巧みにグラデーションをかけているように見えた。
山上駅に圧縮されて展示されていた作品、ほとんどの人は、それが駅の装飾だと思ったのか、素通りしていた。そんな中で、FAXを使ったアナ・シリングの作品がとてもよかった。
来日できない状況の中で、駅のコインロッカーの奥に設置されたFAXにドローイングを送ってくるという作品、送られてきたFAXは壁に張り出されている他、自由に持ち帰っていいという。
循環バスもあったけれど、山道を歩いてみようと思った。ガイドには、道と所要時間が記載されており、景色を見ながらゆっくり歩いてもいいだろうと考えた。
六甲山サイレンスリゾートを目指す。
高原の道を歩いていると、東京にとっての箱根みたいな感じなのかなと思った。ただ、山道から見える瀬戸内海は綺麗だった。
ここでは久松知子の作品を見るつもり、有料会場であり、チケットを購入する必要がある。中村萌、内田望の作品も展示されている空間、カフェ・ダイニングがあり、調度品の整ったダイニングルームもある。その中に展示された中村萌と内田望の作品群、分かりやすさがあると思う。そうした分かりやすさの隣に、キッズルーム。子連れの若い母親が、これも作品だと思ったと驚いていた。こうした所が、キュレーターの企みのひとつなのかなと思う。
ようやくたどり着いた久松の作品、大型のペイント
高さはそれほどでは無いけれど、幅があり、包み込まれるような感覚がある。空間を表しているようだけれども、歪んだ線の床が、自分が静止しているのか、浮遊しているのか、一瞬、分からなくなる。右手の白い模様は、ウサギのようにも見えるが、光の反射のようにも見え、画面を横切る青い線は左手は輪を描き、右手はそれが崩れて流れていくようである。右から2枚目と一番左には、穴があけられており、画面の向こう側が見えるようになっている。
これは意味の無いものを描いているという。画面を構成する線は、その大きさからも平衡感覚を怪しいものにさせ、開けられた穴は、絵画と一体となるかのような錯覚を引き起こさせた。
こちらはアトリエを描いたという。
アトリエで作業をしている際に、お巡りさんが訪ねてきた。テレビではWHO会長が毎日のように会見しており、(その当時は)喜多方にあるアトリエの窓からは、雪を被った山々が見えた。テドロス会長の絵は、キャンバスを貼り付けてあり、国連の旗の青とで、一体化している。アトリエの床に散らばる福島新聞、会津の郷土玩具の赤べこ、猫やストーブなどが現実と対面する絵画の世界を表しており、右手中央部にある赤い抽象画のキャンバスが張り付けられており、多段階的な絵画世界への没入を感じさせる。ある種の眩暈を覚えた。お巡りさんが持っている聖火は何か。これは夢で見たのか、テレビで見たのか、そうした倒錯が行われていた。
一通り、鑑賞を終えて、風の教会の山城大督の作品を目指す。徒歩でおよそ30分くらい。バスを使わずに歩くことにした。
マップに従い歩いていると、とんでもない獣道に入る。この道で正しいのだろうか、熊とかでないだろうか、そんなことを重いながら道を行く。草が多い茂り、道が心細くなるが、先に進むしかない。
倒木まであった。
風の教会に到着した。
ちょうどバスの到着時間らしく、とても混雑していた。そして、三度目に遭遇するローカル・テレビ局のインタビュー。
風の教会の公開は珍しいらしく、作品そっちのけで写真撮影している人が多かった。作品の鑑賞であり、そうした撮影の撮影線をなるべく邪魔しないように、作品に近づく。よく見る。
六甲の自然を写したLEDの六角形の小さな塔、数風の間にループをしていて六甲の様々な表情を映し出す。
このLEDそのものが作品なのか、入り口近くで押し合いしている鑑賞者の態度なのか、どちらも作品のような、そんな感じがした。
スタッフに獣道のことを話したら、どうやら、狙っていたらしい。ガイドに載っている道には、もう一段、険しい道があるという。
地域芸術祭のひとつの形が出来上がっているんだなと感じた。