ラストコール
電話をかける、それだけのことにわざわざ理由が必要になったのはいつからだろう。
「タダイマデンワニデルコトガデキマセン」
うんざりするほど長いコール音の後で切り替わる、味気ない留守番サービスの応答メッセージ。
「オナマエトゴヨウケンヲオハナシクダサイ」
発信音が鳴る前に通話ボタンをオフにする。
僕と彼女は、わざわざ改まって名乗ったり、用件を一方的に告げるような関係ではないってことをこの無機質な声の主は、いつまでたっても理解しない。
電話をベッドに放り投げ、でも視界の隅では着信のランプを気にしている。
僕らの間に何かが足りなくなったのか、それとも何かが溢れてしまったのか。
答えのなかなか出ない問題。
もしかしたら答えのない問題。
それとも、答えはとっくに出ている問題。
ぐるぐると、くだらないことばかり考えてしまう今の僕には、土曜日も日曜日も必要ない。早く週が明けて月曜日がくればいい。
・・・忙しかったの。
いつものように留守番電話に切り替わると思い込んでいた僕は、久々に聞く彼女の声に動転したらしい。
・・・忙しいって、何に。
話したいことは別にあったはずなのに、僕の口から出るのは、ひたすらにつまらなくてとげとげしい言葉だ。
・・・何にって、色々。
彼女の声にはまったく張りがなく、僕は本当に彼女が疲れ切っていることを知る。
ただしその対象は、仕事とかそんなものではなく、僕にだ。
電話を切りたがっているそぶりを露骨に見せる癖に、自分からは切り出さない。
そのことに気づいていながら何も言わない僕と彼女と、本当にずるいのはどちらだろう。僕らは一体、何を怖がっているのだろう。
心変わりを疑うことは簡単で、それを責めるのはもっと簡単だ。
・・・気のせいよ。
彼女はそう言うに違いない。
でもそのどこか上の空な口調は、かえってそれが僕の杞憂だったり疑心暗鬼なんかではないことをはっきりと示すのだ。
それこそ、あからさまに。
話している時間より沈黙の方が長かった電話を終え、僕は入れたことさえ忘れていたコーヒーをカップに注ぐ。
時間をおきすぎて煮詰まったコーヒーは苦味ばかりが強く、もう砂糖もミルクも間に合わない。
まるで今の僕らの関係を象徴しているように。
諦めてシンクにコーヒーを捨てた後、しばらく考えて、そして決めた。
リダイヤルボタンを押したあと、ディスプレイに流れる電話番号。
出ればいい、と思う気持ちと、出なくてもいいと思う気持ちがコール音のたびに交差する。
「・・・タダイマデンワニデルコトガデキマセン」
「ハッシンオンノアトニ、オナマエトゴヨウケンヲオハナシクダサイ」
ゲームオーバー。
この無機質な声に。一方的に。
僕は彼女への最後の言葉を託そう。