【おはなし】触れて…
彼の手が好きだ
分厚くて
大きいけれど指はそんなに長くない
だいたいいつも温かい
爪は切りすぎでいつも短い
そんな手が好きだ
彼はいつも私に触れる
肩に手を置いて
腕、腰、お尻までまんべんなく撫でるときもある
お尻当たりをサワサワと指2本くらいで触っている時もある
機嫌がいいときは
鼻歌を歌いながら
私の肩や
時には頭の上を指でトントン
鼻歌は音が外れて
指のリズムもズレていたけれど
とても心地よかった
私は彼の手に身を任せて
体をゆっくりと動かす
雨が降る夜
頻繁に通うマンションから帰ってきて
私の前に座った彼は
いつもと少し違った
私の肩に少し乱暴に手を置いた
雨に濡れて
手も少し冷たい
小刻みに震える彼の顔を覗き込んだ
泣い…てる?
彼は顔を赤くして
ギュッと目を閉じ
うっうっと声を殺して肩を震わせている
どうしたの?
なにかあったの?
彼は何も答えない
ふぅーーーっと大きく息を吐くと
流れる涙も拭かず
前を見据えて
私の肩に置いた手の力を緩めた
雨が降っているのに少し窓を開け
風と雨のしぶきが私の肩と彼の手に吹き込んでくる
しばらくすると彼の顔はまたしわくちゃになり
涙があふれてきた
嫌…
どうして?
苦しんでいるの?
泣かないで…
お願い…
彼はついに嗚咽を漏らし
わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
と叫んでさらに泣いた
嫌だ…
嫌…
泣かないでよ…
耐えられない…
彼の叫ぶ声を聞いて
私の思考は止まり
体は固く硬直した
彼の手に促されても
少しも動くことができない
その瞬間、彼が目を見開き
体に強い衝撃を受けた
彼の夢を見ていた
私の大好きな彼の手が
私に触れている
彼の手の動きに合わせ
右へ左へ
体を動かす
少し開いた窓から
潮の香りが混ざった風が吹き込んでいる
気持ちいい…
目を覚ますと彼が私の胸に顔をうずめていた
泣き疲れたの?
こんなの初めてだね
胸に感じる彼の頬の感触
嬉しかった
しばらくして気づいた
彼の吐く息の音が聞こえない
寝ているなら感じるはずの肩の動きも無い
え…?
窓の外に赤い光がギラギラと光り
けたたましいサイレンの音が聞こえる
え…?
うそでしょう?
ねぇ
起きて
目を覚まして
もっと私に触れて
嫌…
嫌だよ…
雨の音
サイレンの音
そして私の泣き叫ぶ声が
夜の闇に吸い込まれていく
………あぁぁ
……あぁぁぁ
…ファァァァァァァァ
おい!
音!
おまえは先にバッテリーはずせ!