「キックバック」の廃止という発言こそ俄かに信じがたい
裏金事件の幕引きは、処分をめぐって水面下で行われたようで、案の定「手打ち」という虚しい結末を迎えた。
そもそも事件の幕引きがあそこまで収拾がつかなくなったのは、安倍晋三元首相の「遺言」である「キックバック」の廃止が、安倍派幹部を超えて自民党の至上命題になってしまったことである。タテマエ上では、政治資金パーティー券の販売ノルマを超えた収入が所属議員側にキックバックされていたことを、安倍氏がやめさせた、ということになっているようだが、一体誰が信じているのか?
大体生前あれほど子分たちに選挙の票を差配したり、無料で動ける運動員まで手配してくれたあの安倍元総理が、裏金に激怒して「キックバック」の廃止なんかしたりするのだろうか?それを考えると「やめよう」なんて言うはずがないのである。
参院政治倫理審査会での安倍派5人衆の松野博一前官房長官、西村康稔経済産業相、荻生田光一前政調会長、高木毅前国対委員長、世耕弘成前参議院幹事長、および事務総長経験者の下村博文元文部科学相、安倍派座長塩谷立財務委員長の証言の食い違いについては、まだ安心出来る。口裏を合わせられていないのだなと分かるからだ。
だが、安倍氏の「遺言」に関してだけは気味が悪いほど見事に一致しているのだ。安倍氏没後、(安倍派幹部が行った協議で)キックバックの復活については話が食い違っているのに。
しかも安倍派内で公然と「幹部は責任重大だ。政治家として責任をとってもらわなければならない」と幹部を批判した西田昌司氏も、涙ながらに「(安倍氏が)やめろと言ったのに」とそこだけは一致しているのである。あまりにも芝居がかっていて笑ってしまうのだが。
記事だけではなく写真ですらいまだに故安倍元首相が鎮座ましましているところが大きく扱われていることが本件の歪なところでもある。
繰り返すが安倍氏の「遺言」に関してはやはり信じがたい。何故なら、キックバックが本当に廃止になってしまったら安倍派の多くの党員は困るからである。世耕氏のような選挙に強い者はノルマ越え分のキックバックがなくても困らないが、選挙に弱い者にとっては致命的な話だ。裏金のキックバックを還付金と呼んでしまうのもそういうことなのだろう。安倍氏個人も困らないが、存命中選挙の弱い者にどれだけ手を差し伸べていたことを考えるとやはり「キックバック」の廃止発言は信じがたい。 旧統一教会問題を思い出せば分かることだ。
子分に面倒見のいい親分で人望があるからこそ、巨大な政権を維持してしまったわけだが、「キックバック」の廃止発言が生まれたのは、故安倍元総理をいかに美しく清廉に嘘で塗り固めることで安倍派を存続しようという試みからである。安倍派岩盤支持層を繋ぎとめるために。
安倍氏の「キックバック」の廃止という虚構を考えたのは、一人だけではないとは思うが、その最優先候補は
「不記載・虚偽記載をやめる」発言の存在を明かした、安倍派のブレーンの一人でもあった高橋洋一氏だ。
「『安倍派(清和会)』の話ばかり出てきますが、安倍さんは会長になってから『(不記載虚偽記載)をやめろ』と言った人です。だから、最後のときはなかった筈です。そもそも安倍派(の会長)になってから8ヶ月ぐらいでしょう」と高橋氏は訴えるが、遺言になってしまった「キックバック」の停止発言の生みの親は高橋氏なのかもしれない。
そもそも安倍派が継続した清和政策研究会(清和会)は、元々故福田赳夫元首相が田中(角栄)派への対抗軸として清い政治を目指して結成されたはずなのに、今度は清和会が裏金問題を起こすとは皮肉なものである。だから安倍派が清和会をクリーンのままにしておきたいがために象徴的な故安倍元総理をいまだに依存しなければやっていけないのだろう。
だからそのためには安倍派岩盤支持層を繋ぎとめたいのは分かるが、悪手過ぎて、安倍派存続が優位に働くとは思えない。大体元々「キックバック」の廃止をした人間など誰もいないのだ。にもかかわらキックバックを復活させたのは誰なのかと安倍派の議員は政倫審で証言しなければならない羽目に陥ってしまったのである。
「ではなんて答えればいいんですか?」と筆者すら思ってしまう。案の定政倫審はグダグダになった。
下村 協議の中で決めた事実はない
塩谷 話し合いの中で継続になった
西村 代替案は出たが、結論は出なかった
世耕 この日は何も決まっていない。代替案に賛同したが、だれが言ったか記憶にない
こんなものである。
つまり安倍氏と森喜朗元首相はキックバックについては同意見だったと思う。
「じゃあ森元総理のせいにすればいいんですか?」と思わず単純化したくなるが、それも多分違う。両方共守れということだ。虚構である安倍氏の遺言を守ることは鉄則だが、森氏のせいにもしない、結果的に押しつけたとしても、その代わりに証人喚問から必ず守るからとかなんとか言っていたのかもしれない。というのがおそらく一連の流れなのだろう。
「(安倍氏が)やめろと言ったのに」
「森元首相が再開しようと聞いた覚えはない」
「誰が言ったか記憶にない」
がかなり都合のいい答え方だろうと思うが、意外に西田氏が模範解答に近いので、それなりのしたたかさを見せている。
だがみんなに模範解答を示したわけではなく、各自で正解答を導けというのも辛い話である。安倍派幹部の中で一番貧乏くじを引かされたのは何と言っても塩谷氏である。
処分で2番目に重い「離党勧告」を受けたのは塩谷氏以外では世耕氏で、萩生田氏は下から3番目に軽い「党の役職停止」と明暗を分けたが、同じ扱いでも世耕氏とは立場が違う。何しろ選挙に強いので公認してもらえなくても無所属で余裕で勝てるので、平然と「明鏡止水」などと言えるのである。
非公認となって、ある意味自由になった世耕氏は、参院から衆院に鞍替えし、和歌山2区に無所属で出て、二階俊博元幹事長の三男?に一騎打ちで勝つことで大出世を目論んでいる可能性も捨てきれない。不出場表明で政治責任を取ったこととしてまんまと処分から逃げ、同時に返す刀を安倍派に突きつけ、さらに同時に息子に地盤を継がせることもできる。もし衆院和歌山2区に出て勝利し、仕掛けてきた二階氏を追い落とすことで、悠々と凱旋(復党)し、時期安倍派(清和会)会長に収まり、総理大臣を狙えるという目論見もあるのだろう。
だがそんなことは有権者には何の関係もないことだ。和歌山2区の選挙区民と当事者以外の全国区民の分断を生んでしまうのが一番罪深いことなのだ。
萩生田氏は旧統一教会に頼っていたことが物語っているように選挙に強くはないが、党内での力が強いため、岸田政権は萩生田氏の力を借りたいので、3番目に軽い「党の役職停止」になったわけだ。その3番目に軽い「党の役職停止」や3番目に重い「党員資格の停止」は半年から1年という期間があることで離党勧告よりずっと軽いが、岸田政権は暗に半年後も選挙はあるかもしれないんだぞと、また解散権をちらつかせることに使っているようだ。
だが名ばかり座長の塩谷氏は全然違う。比例復活でやっと首の皮1枚なのに、無所属で勝てというのは死刑申告に等しい。不服申し立てをするのも無理もない話だ。(森氏の)関与について証言したのは塩谷下村両氏のいずれかとの見方が強く(週刊spa2024 4/9-16 岩田明子)塩谷氏が裏金作りの開始時期を「二十数年前から始まったのではないかと思う」と説明しており、森氏が派閥会長だった時期と重なる(朝日新聞3月29日朝刊P3)。おそらくこの証言が命取りだったと思われる。議員辞職に追い込まれたらもっと証言が得られるかもしれない。
処分の内訳を見ると岸田政権も、党内反発と世論を天秤にかけているようだが、やはり安倍派岩盤支持層は無視できないのである。安倍元首相銃撃事件から2年近く経っているが山上徹也被告を含めて誰しも亡霊から逃れきれていないのかもしれない。
参考文献
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