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他人事と思っていたハロウィーンの日が、いきなり色づいた話

なんか他人事のハロウィーン

10月31日はおなじみのハロウィーン。ハロウィーンの起源はアイルランドのケルト文化の大晦日とお盆のようなもの、というのもだんだん認知されている気がする。

私は今そのアイルランドに住んでいる。見たところ、ハロウィーンは子どもたちとその家庭のイベントという色合いが強い。それ以外の大人たちは、クリスマスほどの熱意や恒例感はなく、仮装や飾り付けも特別に用意しない印象だ。

加えて私は日本人。文化的なつながりもなければ、イベント自体も子どもの頃に何回かやった以外に思い出はなく、何となくかぼちゃの美味しいスイーツが出る日くらいの思い入れだ。当然、アイルランドにいても、いつも何となく他人事だ。

今年のハロウィーンの夜、18時くらいだろうか。庭に出て洗濯物を運んでいたら、海の方で打ち上げられている花火の音に驚く。そうか、アイルランドのいわゆる昔の大晦日的なものなら、花火やってお祝いするよな。私の住むシェアハウスは海岸に近いので、音も光も結構臨場感を持って伝わる。けれどそれでも、間近でわっと花火が咲いても、ニュートラルな気持ちだった。

花火、好きなはずなのに。私は花火それ自体よりも、花火を見ているシチュエーションを楽しんでいたのだなと思った。地元の夏祭りやみなとみらいで花火を見た時は、一つ一つに歓声を上げたり、時には涙ぐんだりもしたものだ。あれは、横にそれを共有する友達がいたからだったんだな。ハロウィーンの楽しさより、さびしさが勝った。

子どもたちの行進

そんなわけで、花火が家から見えるにも関わらず、写真も撮らず、いつも通りの家事をしていた。本当に、他人事だったし、無関心だった。しかし、それからほどなくして、今度はワー!ワー!キャー!という楽しそうな笑い声がした。

住宅街の通りに面した私の部屋の窓から、外を見る。仮装した子どもたちが、列を作って歩いていた。これには、ちょっとテンションが上がった。子どもたちが夜、練り歩いてトリック・オア・トリート!とご近所を回る。日本にいた時は、その文化を聞いたことはあるけれど見たことはなかったのだ。だから、おお、これが本場の景色かあ。という感動が少しあった。

ピカピカと青や赤に点滅する電灯つきのランタンを持って、小さな影がぴょこぴょことうごめいていた。私の家にも来るのかなとかすかな期待と不安を抱えながらしばらくボーッと眺めていると、私の家の前はスルーして隣のお家に進んでいくのが見えた。

何となくがっかりしつつ、ま、今年のハロウィーンはこんなもんかな。子どもたちの風景が見れただけでも良かった。とまた日常に戻った。

思いがけない来訪

21時。そろそろ風呂の支度するか、と思っていると、ブー!と家の呼び鈴がなった。……え?この夜のこのタイミング、まさか?いや、まさかね。

来客の相手は、普段は一緒に住んでいるシェアハウスのオーナーに任せている。けれどこの晩は、私以外全員外出中だった。とりあえず部屋のドアから出る。まさかね?階段を走って降りる。いやまさか。胸中は期待半分、よく鍵を忘れるハウスメイトだろうというのが半分。

階段を降りて角を曲がる。すると、ドア越しにわらわらと小さな人影がひしめきあっていた。もう間違えようがなかった。本当に、来た!

トリック・オア・トリート!

急いでドアを開けると、顔にペイントをしたり、おばけのお洋服を着たりした子どもたちが一斉に、おのおのの袋を広げてそう言った。

うわー!と目の前の絵に描いたハロウィーンな光景に感激しつつ、頭の中ではすぐに、そもそもお菓子、あったっけ?!と焦る。食べかけのクッキーの袋はあるが、知らない人の食べかけクッキーとか嫌すぎる。個包装のものがいいだろう。

ちょっと待っててね!!!と言ってまた部屋に走る。机を見て、同僚に感謝した。

ヴィスカウント

個包装のチョコビスケット、ヴィスカウントが机の上に鎮座していたのだ。

実は先週末、偶然、同僚たちにどのクッキーまたはビスケットがおすすめか聞いてみていた。アイルランドのクッキーとビスケットコーナーはめちゃくちゃでかいのでいつも選べないし、地元民のイチオシを知って通になりたかったからだ。結果、このヴィスカウントが一番人気だったので、買っておいたのだった。

アイルランド人のイチオシで個包装。これは勝ったでしょ!あとで子どもたちに「ヴィスカウント?あの人分かってるじゃん😏」と思ってもらえるイメージまで浮かんだ。結構人数がいたのを考えて、周りにあるチョコバーもかき集め、また玄関に走った。

玄関でわいわいとしている子たちの視線がまた私に集まる。「ありがとー!」と言いながら差し出される袋や手に一つ一つお菓子を投入していく。何とかかき集めたもので全員にお菓子をあげられたことを確認すると、みんなもう一度「ありがとー!」と言ってくれた。

思いがけないイベントになんと言っていいのかわからなくて、「よい夜を」と不器用に笑いながら彼らを見送って、ドアを閉じた。

一瞬でハロウィーン色に

この慌ただしく思いがけない来訪を終えたあと、心の中が一瞬でワッと暖かな色になったのがわかった。

ハロウィーン、やっちゃった!参加しちゃった!

さっきまでの他人事が嘘のように、ウキウキした気持ちになった。呼び鈴が鳴ってから、およそ5分もない。そのたったほんの数分の出来事で、達成感、満足感、幸福感にいきなり満たされ、心がパアッと華やいでしまった。

ヴィスカウントを教えてくれた同僚たちに、トリック・オア・トリートを初体験したこと、みんなのおかげで小さなおばけから生き残れたことを嬉々として報告する。みんな喜んでくれた。

何より、参加させてくれた子どもたちに、感謝した。来年は、きっとほのかにハロウィーンを楽しみに、彼らに渡す個包装のお菓子を事前に買い込んでいる自分がいると思う。

ハロウィーンに役目を全うしたヴィスカウント

蚊帳の外で聞いていたはずの花火の音が、参加したお祭りの心地よい余韻に変わっていた。

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