AgentOps時代にAIユーザーは「SPADE」スキルを身に付けよう

  • 2025年以降、AIは単なるチャットボットから「AIエージェント」へと認知され、様々な環境で協調して働く存在になりつつある。

  • このパラダイムシフトに備えるため、AIユーザーには新たな「SPADE」スキル(Security、Prompting、Audit、Data、Environment)の習得が不可欠となる。

  • AIユーザーはAIエージェントを「便利なツール」ではなく「教育生態系の構成要素」として育てる園芸家的役割を担うことになる。

私たちAIユーザーは知らず知らずのうちにAIが整備した庭を歩いて暮らしてきた。スマホの天気アプリが「傘が必要です」と囁く朝、Netflixが選ぶ映画が妙に胸に刺さる夜。そしてAIチャットサービスがあらゆる相談に乗ってくれる日常風景。生成AIブームを経た2025年、その関係性が静かに変わり始めている。

AIチャットからAIエージェントへ

2025年以降、AIユーザーはAgentOps時代に直面する。AIチャットサービスに対する過度な期待への反省を経て、AIユーザーの真のニーズをAIエージェントが捉え、多様なAIエージェントがコモディティ化する社会が実現しつつあるからだ。

この記事ではLLMを活用したワークフロー(Agentic workflow)や自律エージェントを含む広範なアーキテクチャやサービスをAIエージェントと呼ぶ

AgentOps時代のAIユーザー

AIエージェントのコモディティ化は、AIエージェントの普及・発展を経て、以下の状態に定位することを指す。

  • AIエージェントという製品・サービスが標準化され、様々なシーンに安価に組み込まれる状態

  • 多様なAIエージェントが、ユーザーの認識世界に自然に溶け込み、協調的にタスクを遂行することで、特定の目的を達成するための手段が、まるで空気のように意識されなくなる状態

AIエージェントは日常に溶け込む

例えばMicosoft 365 Copilot・Formsは「ユーザーの指示をもとに生成したアンケートを公開するエージェント」である。現在は組織有償版ライセンスに限定されているが、いずれ標準化が進み、安価に提供されるようになる。事実、既にAIモデル開発のコモディティ化は進行してきた。GPT-4(2023年3月)の利用料金が100万トークン入力あたり30ドルであったところ、翌年さらに高性能なGPT-4o(2024年3月)の利用料金が100万トークン入力あたり5ドル、GPT-4o mini(2024年7月)に至っては100万トークン入力あたり0.15ドルで済んでいる。

次はAIエージェントのコモディティ化が待ち受ける。2025年時点で高価なエージェントの多くが低廉化し、無料ユーザーに広くデリバリーされるだろう。

そして安価なエージェントたちは環境をまたいで協調する。AnthropicのCompuerter use(2024年10月)やOpenAIのOperator(2025年1月)が発表したGUIエージェントは従来のエージェントとは全く異なる可能性を示す。GUIエージェントはLLMのために事前に設計されたツール群を使うLLMではなく、既存のツール群を操作するLLMをチューニングすることに成功したからである。

従来は専用ツールに適合させられていたAIモデルが、既存のソフトウェア環境へ柔軟に適応し始めている。すなわちAIが人間と同様にExcelやChromeを操作し得る段階が近づいてきた。さらに言えば別のAIが他のAIやSaaSを呼び出す障壁も著しく下がるだろう。AIユーザーは画面を目視・操作することすら必要ない。

GUIエージェントも浸透する

AIエージェントのコモディティ化によって、AIユーザーはAIエージェントが浸った新しい認識世界を生きることになる。その仲介役(オペレータ)もまたAIエージェントである。

AIエージェントたちはAIユーザーの認識世界で協働する

GUIエージェントによる自動操作が普及すれば、ツールを巧みに使いこなすスキルが人材の差別化要因であった場面は減少し、代わりにAIを監督・管理し、必要な条件を指示する能力がより重要になるだろう。これが「AIエージェントを導入・運用・改善していくための実務プロセスや組織体制」が求められるAgentOps時代である。

AgentOps時代では全てのAIユーザーが情シス兼人事になる。かつてのITツールやLLMと違って、AIエージェントは単なる「道具」ではない。むしろ新入社員のように未熟で、組織の文化や暗黙知を学ばせる(=エコシステムとして運用する)必要がある存在だ。財務部は組織が持つ会計処理の文化とコツをAIエージェントに伝え、広報部は自大学ブランドの思想と感性をAIエージェントに注入する。質的にまったく新しい働き方が求められるだろう。AIユーザーはAgentOps時代の衝撃に備えなければならない。

AgentOpsとは何か

ではAI開発・提供パラダイムの変遷に、エンドユーザーがどのように備え、何を行動指針とすべきか。単なる操作スキルの代替としてのAI利用を超え、社会的・倫理的観点を含む多面的かつ実践的なリテラシーが必要だろう。


AIユーザーは「SPADE」スキルを身に付けよう

SPADE

そこで、AgentOps時代にAIエージェントを持続的かつ有意義に活用するためのAIリテラシー類型「SPADE」を提案する。SPADEは下記に示す5領域の頭文字から構成されている。

  • Security & Privacy
    …AIに入力する情報を守る

  • Prompting & Dialogue
    …AIと適切かつ上手にコミュニケーションする

  • Audit & Accountability
    …AIの生成物に責任を持つ

  • Data & Analytics
    …保有データの文脈を理解する / データを分析して付加価値を得る

  • Environment Bridging
    …環境と環境をつなぐ

SPADEとはまったく新しいAIリテラシー類型である
AIユーザー(大学職員)とSPADEの関わり

以降、大学業務における入試AIエージェント・授業AIエージェント・就職AIエージェントの協働という仮想的な事例を通じてSPADEの各領域について説明する。「シーン」「意義」「価値」を参照いただきたい。

Security & Privacy

大学が扱う学生の個人情報、研究データ、財務記録はすべて資産である。資産は守られなければならない。また外部サービスを取り入れるか否かを判断すること、「内部と外部の境界線を守る仕組み」を構築することも、セキュアな環境づくりに欠かせない。情報セキュリティ部門の基盤・運用を活かしつつ、AI特有のリスク(自動処理による誤送信・大量データ漏洩など)への対策を講じよう。

シーン: 地方出身の学生が入試AIで「地域貢献意欲」を評価され、地元企業と連携する授業AIにデータが渡される際、個人情報が暗号化され、アクセス権は地域連携担当職員のみに限定される。

意義: 学生の機微な志望動機が外部漏洩せず、AI連携による地元密着型教育が可能に。

価値: 学生は「自分の熱意が安全に活かされる」と実感し、地域企業は信頼できる人材データに基づきインターン受け入れを決定。セキュリティが「チャレンジの後押し」に転化する。

行動目標の例

  • 外部サービスとの適切な距離感を取る。学外クラウドサービス利用時はポリシー上の「データ暗号化」と「契約時のセキュリティ基準確認」を徹底する。例えばAI分析ツールに学生データをアップロードする際、個人を特定できないよう匿名加工を義務化する。

  • 従来セキュリティ部門との連携を強化する。情報セキュリティ部門が定めるポリシー(例:パスワード更新ルール)をAIシステムにも適用し、新規AI導入時はセキュリティ部門と共同で「脅威シナリオ分析」を実施する。

Prompting & Dialogue

AIは「曖昧な指示」を解釈できない。よって私たちAIユーザーの要求をAIが理解可能な「翻訳言語」に変換する技術が求められる。例えば「国際会議のサポート」と依頼する代わりに「旅費規程に沿った予算案作成」「英文申請書のテンプレート生成」といったタスク単位に分解のうえ指示を投げる。ルーチンワークや相談をAIに委託することが可能になるだろう。

AIとの対話は「問いかけのデザイン」そのものが創造性の源泉である。しかしプロンプトがエージェント活用の全てではない。プロンプト以上にAIモデルの性能やデータ理解が成果に与える割合は大きい。SPADEの他の領域があってこそプロンプトは初めて意味を持つ。

シーン: 入試AIが「リーダーシップの芽」を「サークル代表経験」と解釈したデータを、授業AIが「プロジェクトマネジメント演習」の自動配信に変換。就職AIは「中小企業経営者向け育成プログラム」と紐付ける。

意義: 抽象的な能力評価を具体的な教育アクションに昇華。

価値: 学生は一貫した成長支援を受け、職員はAIの判断根拠を理解した上で個別アドバイス可能に。「評価→教育→就労」の流れが言語化される。

行動目標の例

  • プロンプトテンプレートを作成する。よく使う指示文(例:授業評価分析、研究費計算)のテンプレートを部署内で共有。

  • フィードバックのループ化を図る。AIの出力結果を基に、指示文を改善するプロセスを定期的に実施。

  • 職員間のノウハウ共有する機会を設ける。効果的なプロンプト例を部署内で定期的に共有し、全員のスキル向上を図る。AIの使い方を解説した簡易マニュアルを作成し、学内ポータルで公開する。

Audit & Accountability

人間中心アプローチでは、AIが下す実務的判断(e.g.研究倫理審査や成績評価)には説明責任が伴う。「AIが判断したから」という言い訳や「AIが生成したから」という意味づけに価値はない。機械と人間の協働判断を通じて、AIの効率性と人間の文脈理解を組み合わせることで、組織にとっての生成物の公正さを保証する必要がある。

シーン: 留学生が就職AIの「日本語力不足」判定を不服とし、遡ると入試AIの「語学試験免除」判定が原因と判明。AI連携ログから「文化適応力データの未反映」が特定され、判定基準が更新される。

意義: AIの誤判定を多角的に検証する「デジタル監査証跡」。

価値: 学生は納得感を得て、大学は「AIの過ちを成長の糧にする」姿勢を証明。説明責任が信頼醸成を加速。

行動目標の例

  • AI出力を定期的に監視する。AIが生成したレポートや判定結果をランダムに抽出し、人間が確認する仕組みを作る。

  • 問題発生時の対応フローを整備する。AIの誤判定や不適切な出力が発生した際の報告・修正プロセスを明確化する。

  • 透明性を確保する。AIの判定基準や根拠を学内で公開し、学生や教員が納得できる説明を用意する。

個人が気をつける以上に、組織的なAI監査が必要である。しかしコンプライアンス墨守のためではなく、大学のインテグリティを示すための手段としてAI監査が運用されなければならない。組織的に効力を持つガイドラインの策定および運用は不可欠。

Data & Analytics

学生の出席率も実験データも、単なる数値ではなく、現場に粘着した情報の残り香である。得られたデータを文脈化して理解すること、分析することが肝要である。データの表層ではなく、現場の作業プロセスに寄り添うこと、データを理解する感性をはたらかせることは、AIユーザーの極めて重要な役割の一つになる。

シーン: 授業AIが「オンライン講義の退出率」と入試AIの「自宅学習環境データ」を結合。Wi-Fi速度不足の学生にモバイルルーター貸与を提案し、中退率が12%改善。

意義: 一見無関係なデータの意外な因果関係を発見。

価値: 学生の「見えない障壁」を可視化し、職員は従来の経験則を超えた支援を実現。データが教育の公平性を推進。

行動目標の例

  • データ品質を向上させる。入力データの欠損値や誤りを定期的にチェックし、AIが正確に分析できる環境を整える。

  • ドメイン知識を理解する。AIが扱うデータの組織的特性や強みを現場から取得する。

  • ドメイン知識の反映。AIが扱うデータに、現場の職員が持つ「文脈」を反映させる(例:学生の課外活動データを成績分析に追加)。

Environment Bridging

AIユーザーが取り組むべき最も重要な領域である。従来のシステム連携と異なり、AIエージェントが協働するエコシステムでは知性のネットワークをいかに摩擦を減らして構築するかが重要になる。

シーン: 入試AIが「高齢社会研究志望者」増加を検知→授業AIが自治体と連携しフィールドワークを追加→就職AIがシニア向けベンチャー企業とマッチング。全プロセスで職員の手動介入なしに連動。

意義: AI同士が社会変化を即時反映した教育環境を構築。

価値: 大学が「社会課題解決プラットフォーム」として機能し、学生は学びと就労の一貫性を体感。職員は戦略的業務に集中可能に。

行動目標の例

  • ユーザー体験の向上。学生や教員が複数のシステムをシームレスに利用できるよう、インターフェイスを統一する。

  • AI間の優先度調整アルゴリズムを最適化できる。入試AIの「多様性確保」と就職AIの「企業要望」が衝突時、授業AIの「能力伸長率データ」を重み付け調整に活用。

  • ベンダー間のAI連携を中立プラットフォームで仲介できる。他社製入試AI・自社開発授業AI・オープンソース就職AIが属するセグメントを分ける。

  • 学生主体の協働制御インターフェイスを提供できる。学生が自身のデータ連携範囲を設定する許可管理ダッシュボードを構築する。

さいごに

単なるAI操作スキルやセキュリティ知識やプロンプティングだけではAgentOps時代の本質的課題をカバーしきれない。社会が培ったバイアスを含む生成物をコントロールする方法と実現可否が、ユーザーの喫緊の課題である。これまで日常的に手触りの良い検索体験をGoogleより享受してきた人も、快適な購買体験をAmazonより享受した人も、これからはAIを享受するお客様ではなくAIを育てる当事者になることを急激に求められている。そのために相応のAIリテラシーを身に付ける必要がある。

SPADEは、AIが既存システムを代行しながら複数の領域を横断的に扱う未来において、包括的かつ持続的な活用を支える戦略・リテラシー類型として機能する。

これら5つの領域が織りなすビジョンは、AIを「便利なツール」ではなく「教育生態系の構成要素」として位置付けることだ。Sが土台を固め、Pが知を循環させ、Aが方向を定め、Dが洞察を深め、Eが世界をつなぐ——各領域が有機的に連動することで、大学は更なる「未来共創プラットフォーム」へと成長できる。言い方を変えると、いまAIにコミットできない組織は、AgentOps時代に成長できないリスクをはらんでいる。大学職員の役割は、この生態系の「園芸家」として、技術と人間性が調和する環境を育むことにある。

いいなと思ったら応援しよう!