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【詩を食べる】すこし、泣いたら(伴風花)/泣くおとなのためのメロンジュース

詩を味わうためのレシピです。今日紹介するのは、伴風花さんのそっと寄り添う短歌と、泣いた日に飲みたい、ラムの風味のメロンジュースです。


母の「泣き賃」

むかし、母とけんかしてはふたりとも泣いた。泣きはらしたあとは、すこし気まずいような、照れくさいような、ほっとするような、なんともいえない美しい時間がやってくる。そんなとき、母が涙をにじませながら笑顔で、「泣き賃」をくれた。

「泣き賃」というのは、母の発明だ。「賃」といってもお金ではなく、アイスクリームやゼリー、ジュースなどの甘いものである。「泣いてごくろうさん」くらいの意味合いだっただろうか。なにしろ泣いたあとなので、のどの通りがいい、つめたいもの。ざわついた細胞が、すーっと落ち着き、だんだんとやさしい心をとりもどしていく。


大丈夫だから、ちょっと泣けば?

この星は宇宙に海をこぼさない力をもってる  少し、泣いたら(伴風花)

この歌にであったとき、「泣き賃」のことをふいに思い出した。「少し眠ったら?」「少し食べたら?」…気遣うことばが母を思わせるからだろうか。

「この星は宇宙に海をこぼさない力をもってる」という前半のスケールの大きさの魅力。そして「少し、泣いたら」という台詞へのふわっと寄り添うような着地がすてきだ。

泣きたいときに、がまんするのはよくない。泣いて吐きだしてしまったほうがいいのだ。大丈夫、この星でちょっと泣いたって。

ふしぎなパワーでよりそってくれる歌だ。

メロンジュース ダーク・ラム風味

おとなになった今も、たまに泣くことがある。

過去のひどい経験がフラッシュバックして夜中に泣いたり、大事なひととけんかしてしまったり。女優さんみたいに、スーッと美しく涙を流すことができればいいのだが(彼女たちはいったいどうやってその技を習得したのか)、わたしの泣き方はいわゆる「子ども泣き」。しゃくりあげて泣くので、泣いたあとは喉も鼻もヒリヒリする。

もうおとななので「泣き賃」はもらえない。でもおとななので、自分で甘いものを準備する権利と義務がある。

そこで、この歌からイメージして作るのは「メロンジュース」。ダーク・ラムをほんのりきかせると、今のわたしによりそう味になる。

この歌のことをずっと考えていて、メロンのイメージが浮かんできたのだ。かすかな甘さをいっぱいにためている、まあるい球体。ウリ科特有の、ものがなしさもある。やさしいきみどり色は、なつかしい日々のよう。

いただきもののメロンをカットし、ダーク・ラムをほんのスプーン1杯ほど、たらりとたらす。たちまちラムの芳香がふわりと鼻をかすめる。メロンとからまりあって、なんともよい香り。

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ブレンダーでかきまぜ、メロンと相性のいいミントを浮かべる。ワイングラスに注げば、あっという間に美しいジュースがしあがる。

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メロンの淡い甘さが舌にひろがる。そしてダークラムの芳醇さが支え、奥行きの深い味わいになる。泣きつかれた体と心に、しっかりとしみこんでいく。

「この星は宇宙に海をこぼさない力をもってる」

やさしい呪文のようにくりかえす。たまには泣いたっていいのだ、もちろん。わたしにはダーク・ラム風味のメロンジュースがある。

ここまで読んでくださりありがとうございました。Twitterでも詩についてつぶやいています。よかったらご覧ください。


作者についての私的解説

伴風花(ばん・ふうか 1978年ー)
97年に作歌をはじめた伴さん。97年は、短歌にとって象徴的な年だったようだ。メーリングリスト「現代歌人会議(GK)」、短歌人会がホームページを開設、NIFTY-Serveに「短歌フォーラム」開設…とインターネット上の世界が次々に広がった。その影で、戦前から戦後にかけて短歌を牽引してきた『アララギ』(1907)が終刊。新と旧とが鮮やかに入れ替わっていく年だったと言えるだろう。

俵万智さんの第3歌集「チョコレート革命」もこの年に刊行されている。(もののついでにいうと、詩のソムリエであるわたしが、詩に出会ったのも1997年の小学校入学時である)




そんな時代の変わり目に歌を書きはじめた伴さんの歌は、一見さらりと軽やかで、新時代を感じさせる。いま読んでも、いきいきと新鮮だ。

歯みがきをしている背中だきしめるあかるい春の充電として

ああ、わかる、キュン。

伴さんにとって短歌とは「時々、一瞬、流れ星のようによぎってゆくきらきらした気持ちやできごと」をとじこめておくものだと自著で述べているけれども、そういう「日記」的な詩歌は、読んで照れくさくなるものも多い。

読んで恥ずかしくならない詩歌は、自己陶酔を注意深く避けて作られた歌であり、この抵抗感なくスーッと心に入ってくる歌は、だからといってスーッと作られたわけでは、もちろんないのだろうと思う。伴さんの歌は、すなおに気持ちよく読める、稀有な歌だ。

「泣く大人」といえば江國香織さんのエッセイもいいよね。ときどき読み返す。


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