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今週の詩|"リイ君おれが好きだったか"ギョウザと人権(世界人権デー)

こんにちは。詩のソムリエです。

今週は、12月4〜10日が「人権週間」。というわけで、少年の純な心が胸に残り続ける、こんな詩を。詩人・茨木のり子に「ここ三十年ばかりの間に書かれた詩のなかで最良のものの一つ」(『詩のこころを読む』岩波ジュニア新書)と言わしめた詩です。

「住所とギョウザ」岩田宏

大森区馬込町東四ノ三〇
大森区馬込町東四ノ三〇
二度でも三度でも
腕章はめたおとなに答えた
迷子のおれ ちっちゃなつぶ
夕日が消える少し前に
坂の下からななめに
リイ君がのぼってきた
おれは上から降りて行った
ほそい目で はずかしそうに笑うから
おれはリイ君が好きだった
リイ君おれが好きだったか

迷子で心細い夕方、坂をのぼってきたのは、「リイくん」。(おそらく「李くん」)

ほそい目で はずかしそうに笑うから/おれはリイ君が好きだった/リイ君おれが好きだったか

この短くたどたどしいフレーズが、少年期の淡い、通いきらない心をあらわしていて胸をぎゅっとつかみます。リイくんのくしゃっとした笑顔が目に浮かぶよう。迷子の「おれ」はどんなに安心したことでしょう。

ほっとして、「風や帆前船や/雪のふらない南洋のはなし」をする二人。

しかし…

そしたらみんなが走ってきて
綿あめのように集まって
飛行機みたいにみんな叫んだ
くさい くさい 朝鮮 くさい
おれすぐリイ君から離れて
口ぱくぱくさせて叫ぶふりした
くさい くさい 朝鮮 くさい

クラスの悪ガキ共にとっさにまじって、言いたくもない言葉を「ぱくぱく」させる「おれ」。

作者・岩田宏いわたひろしは1932年生まれ。すこし前の韓国との関係性を見てみると、

1910年 韓国併合(朝鮮総督府の設置)
1919年 三・一独立運動(それにより著者の祖父が死亡)
1939年 創氏改名
1941年 大東亜戦争(太平洋戦争)が勃発
1944年 徴兵、徴用が朝鮮人にも適用される
1945年 終戦により、日本の朝鮮半島統治が終了

となっています。「創氏改名」とは在日朝鮮人の氏名を日本風に変えさせられること。1930年生まれの在日朝鮮人イ・サンクムの著書『半分のふるさと』では、小学生だった著者が「イ・サンクム」という名前を「金村ひろこ」と改名させられることの本人や母の痛みがつづられていました。

また、この本には、朝鮮語の使用が禁じられるほか、朝鮮のご家庭のお弁当に入るキムチを「くさい」と日本人の子どもたちにからかわれるシーンも。
作者である岩田宏の小学生時代も、そういった場面があったと思われます。

この詩にある「くさい くさい 朝鮮 くさい」も、当時の常套句だったのでしょう。リイくんの反応は書かれていませんが、リイくんのさみしそうな顔や、「おれ」の悔恨の表情までありありと見えてくるようです。

おとなの世界のことが、こどもにも(悪気なく)伝染していくことのこわさを感じる詩。トランプ政権下でも、排斥感情がこどもにもうつっていくのを昏い気持ちで見ていることしかできませんでした。

詩はさいご、こう続きます。

今それを思いだすたびに
おれは一皿五十円の
よなかのギョウザ屋に駆けこんで
なるたけいっぱいニンニク詰めてもらって
たべちまうんだ
二皿でも三皿でも
二皿でも三皿でも!
          (『岩田宏詩集』)

「今」とはおそらくおとなになった「おれ」。好きだったリイくんにまつわる後悔の念から、ギョウザをかきこんでいます。それしかできない苦さがにじむラスト。

日本と、中国・韓国のあいだに横たわるものは、根深い悲しい差別の歴史があり、いまでも続いています。

いちばんは、その国のお友だちをつくることだと思いますが、コロナ禍でそういったことも容易ではありません。

そんなとき、忘れがたい人間の生の感情を、削ぎ落としたことばで伝えてくれる詩を読むことが、どんな人権教育よりも心に残りつづけることなのかもしれない…と思ったりもします。

もし、こうしたひとりの少年少女の視点から見た差別について知りたかったら、さきほど挙げたイ・サンクム『半分のふるさと』や、高史明『生きることの意味 ある少年の生い立ち』などがおすすめです。

↑ちなみに高史明は、この記事で紹介した詩人・岡真史さんの父です。

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