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note14/夏について ふたつ
夏がくれば思い出す。前回に書いた、転倒→救急車→ライブ出演→入院→手術の話の続きです。今年の夏で、あの手術から2年になるのですが、いまだにつらい時があって、このnoteに書こうと思ったのです。
一応、52年も生きていれば、いろいろあって、「人生の転機」とか「あれは自分を変えた衝撃な出来事だった」とか、つい大げさに言ってしまうようなことが度々あるのですが、それとは違う大きな出来事が、あの骨折・手術でした。
では、一体なにが違うのか、自分でもよく考えるのですが、それまでの大きな出来事というのは、メンタルに影響が大きいものだったんだと思うのです。出来事自体がショッキングでも、それは自分の人生とは別のところで起きていることで、だからこそ、そのことに捉われ、ハマり、悩む。また、乗り越えていくために考え、傷つき、傷つけてしまう。そんな感じだったのだと思います。ですが、この骨折・手術は体そのものに影響があり、2年経ったいまでも、そのことに悩まされているのです。
年齢も大きいのでしょう。「若い時だったら、こんなにならなかった」というのは安易な想像かもしれませんが、いろんな人に「骨折したことある?」「全身麻酔で手術したことある?」と聞いてみると、若いうちに経験した人は治りも早く、なかには「そんなこともあったなぁ」くらいの人もいるので、単純に「いいなあ」と思ってしまいます。もちろん、自分の観察範囲の中での話なので、若い方でも自分と同じように、大変だったという方もいるのかもしれませんが。
前回書いたように、手術をするまでに4日ありました。その間のつらさも相当だったのですが、「手術さえすれば」と思っていたのです。だけど、全身麻酔の手術を経験したことのないぼくは、手術が終わってからが大変でした。意識が朦朧として、具合が悪くなるのはある程度覚悟していたとしても、水を飲んではいけないとは理解していなかったのです。そんなことは常識で、手術前に説明されることではないのかもしれませんが、ぼくは聞いておきたかった、と手術後に何度も思いました。
真夏で、痛みからなのか熱も出て、とにかく暑い。そんな中、なにもわかっていなかったぼくは当たり前に「水をください」と言ってしまいました。そうしたら看護師の方も当たり前に「あと5時間経たないと飲めません」と返事をしたのです。その瞬間、ぼくはパニッくってしまいました。「なんで?」「どうして?」と、おかしくなってしまったのです。全身麻酔の手術なのだから、「当然だよ」と思う方もいると思いますが、その状況が理解できなかったぼくは、まさにパニックになってしまったのです。ベッドの上で動けないこと、コロナ禍で付き添いがいないこともあって、どうしていいかわからず、頭の中がグルグルして、おかしくなってしまったのです。病室に閉じ込められたように思ってしまい、痛みが恐怖に変わってしまったのでしょう。いま、こうして書いていても、あの時のなんとも言えない恐怖がよみがえってきます。
このことは、その後の生活にも支障をきたすものになってしまいました。この手術から3日後にまた深沼海岸でライブがあったこと。この手術から3か月後に、プレートをとる手術がもう一度あったこと。そして、次の年にもまた深沼海岸でライブをしたこと。いろいろあったのですが、あの時からずっと不安定なんです。ぼくがいろいろなことから距離をとり、このnoteの連載にひきこもろうと思ったのも、あの夏がきっかけでした。
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