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心があるから、人間なんだと思うな。
心という言葉が好きです。
心配り、心遣い、心意気、心地、心得
ちょっと想い出すだけでも沢山出てくる。
口ずさんだ時の響きや、読んだ時の文字の雰囲気。
頭で理解するより、もっと内側に入り込んでくる感じがします。
こんな話をすると、哲学ちっくな語りになってしまうのですが、
心はどこにあるのか。
そんな問いに辿りつきます。
小学生の頃、先生からもそんな質問を向けられた記憶があります。
ほとんどのクラスメイトが心臓の辺り、と答えていました。
(目に見えないものだから、きっと答えはないんだろうな。)
当時の自分も胸の真ん中辺りと答えていたと思う。
*
それから時は流れ、現代。
最近、上司から「心を無にして対応して」と
クレーム対応を頼まれた。
心を無にする仕事なら、人がやる意味なんてあるのかな
と自分へ問いかける。
心あっての人間なんじゃないかなって。
心を無になんて、出来るはずが、なかろう。と。
だからかな。また心の在りかを知りたくなって
自分へ問いかけた。
数十年振りに、問いかけた。
心はどこにあるのか。
心は全身に宿っている、気がします。
瞳、掌、息遣い、歩き方、話し声、クセのある文字
全部に心が宿っている気がするんです。
隠そうとしても、無にしようとしても
きっと出来っこない。
生きてきた証だから。
数年たったら、また別のことを言っている
かもしれない。
でも今はそう思います。
自分の心だけでなく、相手の心にも
歩み寄れていけたらいいなって、思います。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
よかったらまた、読みにきて下さい。
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