あなたがSaaS・FinTech企業マネーフォワードの社長ならどのような経営戦略を取るか?
最近、FinTech(フィンテック)をはじめ、HRTech、EdTech、MedTech、LegalTechなど、様々な業界とTechnologyを組み合わせたビジネスがメディアでも良く取り上げられるようになりました。
その中でも金融関連サービスとITを活用したフィンテックが特に注目を集めていて、矢野経済によると、フィンテック系ベンチャー企業の日本国内の市場規模は2021年に1兆8590億円に達すると予測されています。
今回は2017年9月に東証マザーズへ上場し、フィンテック系ベンチャー企業でも有名なマネーフォワードについて、もしもあなたが辻 庸介CEOだったら、どのような経営戦略を取るか、一緒に考えてみましょう。
家計簿管理アプリから始まり、知名度を上げた
マネーフォワードは、2012年12月にリリースしたtoC向けの家計簿アプリ「マネーフォワードME」から始まり、認知度を上げてきました。
PCが普及した時代から家計簿ソフトというものはありましたが、ユーザーは領収書やレシートをもとに自分で一つずつ何の代金なのか仕訳したり、手入力する必要がありました。マネーフォワードの家計簿アプリでは、レシートや領収書をスマホのカメラで撮影するだけで自動的に仕訳してくれたり、クレジットカード情報を連携すれば、撮影も必要なく、自動的に記帳してくれます。
スマホで手軽に家計簿がつけられるというユーザー体験が受け、’15年4月に利用ユーザー数が200万人に到達し、そこからも芸能人を起用したテレビCMなどの広告宣伝によりユーザーを獲得しています。
そして、’18年10月には利用ユーザー数が700万人を突破したと発表しており、個人向け家計簿・資産管理アプリとして高い認知度を誇っています。
マネーフォワードの基本企業情報
マネーフォワードは現CEOの辻 庸介 氏が2012年5月に設立し、’17年9月に東証マザーズへ上場しました。
従業員は386名いて、事業内容としては家計簿アプリを軸としたPFM(Personal Finance Management)事業とクラウド会計/業務支援事業がメインとなっています。
事業内容をもう少し見ていくと、toB向けでは「会計・バックオフィス業務支援」「経営分析・財務戦略コンサル」「後払い決済」「資金調達支援」「金融機関とのアプリ開発などの協業サービス開発」など、会計から金融サービスまで、ITを活用したクラウド化展開を推し進めようとしています。
toC向けでは、家計簿アプリ以外に「お金に関するメディアやクーポンアプリ」「ブロックチェーン・仮想通貨」といったサービス展開を図っています。
売上急成長、M&Aによって更なる成長を狙う
売上推移を見ると、設立から右肩上がりに急成長していることが分かります。直近も’17年は29億円、’18年は46億円と約58%の成長を見せています。
また、IPOによって調達した資金を活用して、クラビス社(クラウド記帳サービス)、ナレッジラボ社(クラウド経営分析)、ワクフリ社(クラウド導入・業務改善コンサル)を立て続けに買収しています。サービスの機能拡張や営業力を外部から調達することで、更なる成長を狙っていると言えそうです(’19年の売上見通しは73.5億円)。
営業利益は赤字が続く
営業利益は2015年から2018年まで継続して赤字を出し続けており、まだ黒字化には至っていません(’18年の営業損失は約8億円)。そして、’19年の見通しについても、開発および営業人材の増加、テレビCMなどの広告宣伝費に積極的に投資するとして、23.5億円の営業損失を見込んでいます。
FinTech業界やSaaSモデルに期待が高まっている今のうちに積極的に投資することで、シェアを拡大し、いつでも黒字化できる状態にしておこうという考えだと思われます。
主力事業はクラウド会計ソフト
マネーフォワードの事業セグメント別の売上推移を見ると、売上比率、成長率ともにクラウド会計ソフトが含まれるMFクラウド部門が圧倒的に大きいことが分かります(’18年の売上27.5億円、売上比率60%)。
家計簿アプリのユーザー課金による売上は、’18年に8.1億円(売上比率18%)となっていて、その後、BtoBtoC(協業サービス開発)の売上5.1億円、メディア広告の売上4.5億円が続きます。
toC向けでは知名度の高いマネーフォワードの家計簿アプリですが、実はクラウド会計ソフトがマネーフォワードの主な収益源となっていると言えるでしょう。
クラウド会計ソフトのビジネスモデル
これまでの会計ソフトは、クライアントの業務フローや要件に応じて、パッケージソフトやカスタマイズを加えたソフトをそのままインストールして完了でした。そのため、初期導入コストがかかりますし、税率の改定や業務フローの変更などで仕様を変えなければならない時は、都度、改修依頼を出すため、保守運用コストも必要でした。
クラウド型では、開発された会計ソフトプラットフォームを利用するため、クライアントは初期導入コストがかからず、使用料などに応じて定期的に利用料金を支払うSaaS型のビジネスモデルです。また、常にベンダーが開発している最新版のソフトを使用できるため、システムの保守運用コストがかからない点も特徴的です。
さらにクラウド型の会計ソフトでは、ユーザーであるクライアント企業の財務会計データが集められるため、それらのデータを活用した新しいサービス展開も期待されています。
それでは次にクラウド会計ソフトの競合状況を見ていきましょう。
クラウド会計ソフト市場においては2番手か3番手
クラウド会計ソフトにおけるマネーフォワードのシェアは、個人事業主向けでは21.1%で、オリックスグループ傘下の弥生に続いて2位になっています。
企業向けのシェアは、非上場ベンチャー企業のfreee(フリー)、弥生に続いて3位となっており、22.5%です。
個人事業主向け、企業向けともに20%強のシェアを獲得している状況です。
クラウド会計ソフトはまだまだ新興市場
会計ソフト全体の市場で見ると、個人向け、企業向けともにインストール・パッケージ型の会計ソフト市場の方が圧倒的に大きく、企業向けにおいては88.9%がインストール型の会計ソフトを使っている状況です。
クラウド会計ソフトへのシフトが急速には進んでいない要因としては、以下の2つが考えられます。
1つ目は、既存ソフトから切り替えた時の操作性などの違いによる教育コストがかかってしまう点が挙げられます。企業の規模が大きければ大きいほど、会計ソフトを利用する部署や関係者も多くなり、コストが大きくなってしまうでしょう。
2つ目は、企業の規模が大きくなったり、特殊な業態であったりすると、基幹システムである会計ソフトに対しても全ての業務フローをカバーすることが求められます。そのため、既存の会計ソフト各社は会計ソフトも含め、販売管理、在庫管理、人事労務管理といったERP(Enterprise Resources Planning)領域全般をカバーするようなカスタマイズ対応も行なっています。しかし、現在のクラウド会計ソフトは、そのようなカスタマイズ対応をしていないことが殆どのため、インストール型を使用し続けるという状況です。
今後、クラウド会計ソフトへのシフトを加速させるために、以上の2点は大事なポイントになり得そうです。
話を少し戻すと、会計ソフト全体の市場に占めるマネーフォワードのシェアは、まだ2〜3%程度しかないことが分かります。
さらに、まだ会計ソフト自体を使わず、紙やExcelなどの表計算ソフトを使っている層が、過半数またはそれ以上いるとも言われているため、マネーフォワードの成長余地は非常に大きいと言えるでしょう。
会計ソフト関連の競合各社の売上を見ると、TKCが616億円、MJS(ミロク情報サービス)が275億円、オービックが235億円、弥生が170億円となっていますが、いずれもインストール型の会計ソフトを提供している企業です。
これらの競合各社の売上規模はマネーフォワードの4〜13倍程度になっていて、このデータからもクラウド会計ソフト市場の規模がまだ小さいことが分かります。
また、主な顧客層が大手・中堅企業や会計・税理士事務所の方が、様々な業務特性に対応したり、カスタマイズの必要性があるため、売上規模も大きくなる傾向があると言えそうです。
既存プレイヤーもクラウド化に対応
2013〜2014年にかけてベンチャー企業であるfreeeとマネーフォワードがクラウド会計ソフトをリリースしていますが、既存プレイヤーである弥生も2社に遅れを取らず、同時期にクラウド化への対応を進めています。
また、オービックやMJSもここ最近でクラウド化対応のソフトをリリースしており、マネーフォワードとしては既存プレイヤーに差を縮められる前に策を講じて、シェアを一気に広げておきたいところです。
販管費を増やしてシェア拡大を急ぐマネーフォワード
競合各社の営業利益と比較しても、マネーフォワードのみが赤字になっており、業界の経営環境が厳しいというわけではなく、投資による赤字であろうと推測できます。
また、コスト比率を見ると、競合各社の販管費率が43.0〜51.8%であるのに対して、マネーフォワードは76.1%になっています。このことから、マネーフォワードが特に販管費へ多くの資金を投入していることが分かります。
もう少し詳細のコスト比率を見ても、人件費(販管費)と広告宣伝費を足した比率が38%で、比較的大きな比率を占めることが分かります。’18年はテレビCMを行わなかった影響で少なくなっていますが、テレビCMを行なっていた’17年の広宣費率は22.6%もあり、営業系人員と広告費を投入し、営業販売を強化しようとしていると考えられます。
マネーフォワードの経営課題は何か?
マネーフォワードの経営課題を考えるために、これまでの状況を整理してみましょう。
マネーフォワードは、もともとtoC向けの家計簿アプリでユーザーを獲得してきましたが、近年はクラウド会計ソフト事業の売上比率が大きく、収益の柱になっています。そして、クラウド会計ソフトのシェアを一気に拡大すべく、販管費率を上げて、営業販売に注力しています。
一方、競合各社は会計ソフトも含めたERP領域(販売管理、在庫管理、人事労務管理など)をカバーすることで、既存のインストール型会計ソフト市場のシェアを確保しつつ、クラウド化対応を進めています。
会計ソフト市場において、まだインストール型が圧倒的に大きいですが、逆に言えば、それだけクラウド型の市場成長ポテンシャルも高いとも考えられます。また、グループウェアやCRM(Customer Relationship Management:顧客管理システム)などはクラウド化が進んでおり、クラウド化へのシフトはこの先も進むと推察できます。
以上のような経営環境におけるマネーフォワードの経営課題として、「いかにしてクラウド会計ソフトに付加価値を付けて販売を進めていくか」が挙げられます。
マネーフォワードの経営戦略の方向性
マネーフォワードの経営課題を解決する経営戦略の方向性として、①会計周辺領域への展開、②クラウド会計プラットフォームの提供、③家計簿アプリとの連携、が考えられます。
1. 会計周辺領域への展開
会計や人事労務の領域だけでなく、ERP領域をカバーすべく、販売管理やCRMといった企業活動におけるサプライチェーンを意識した周辺領域の機能拡張が考えられます。これによって、これまでは対応しにくかった中堅企業などへの販売を進められるのではないでしょうか。
また、すでにマネーフォワードが一部進めていますが、顧客企業の会計データを活用することで、企業が融資を受けやすくなったり、審査スピードが早くなる融資支援であったり、出資やM&Aのマッチングを支援するような仕組みも導入できれば、企業経営の効率化につながると考えられます。
既存のERPシステムに留まらず、企業の経営活動全体をワンスポットで支援するシームレスなERPシステムを目指すことで競合と差別化された付加価値を付与できるでしょう。
自社開発だけでなく、米国会計ソフトの大手Intuit(インテュイット)社が周辺機能を持つ企業を次々に買収して拡大していったように(’13年〜’18年の間だけで24社をM&A)、システム機能拡張を目的としたM&Aも視野に入れて検討する必要があるでしょう。
2. クラウド会計プラットフォームの提供
会計システム導入を担うコンサルファーム(アクセンチュア、PwC、BBSなど)やSIerと提携し、クラウド会計ソフトのリードベンダーとして、マネーフォワードのクラウドプラットフォームを提供する方法が考えられます。
コンサルファームやSIerとしても自分たちが提供できるソリューションの幅が広がるので、お互いにメリットもあるのではないでしょうか。マネーフォワードとしてはAPIを提供することで、一部の機能を切り出して提供するというオプションも考えられるかもしれません。
これによって、自社だけでは営業が難しかった企業への販路を獲得できる可能性が広がります。
3. 家計簿アプリとの連携
家計簿アプリの利用ユーザーデータベースを活用することも方向性として挙げられます。
例えば、クラウド会計ソフトを導入してくれた企業に対して、アプリ内の広告枠を無償提供するといった販売促進キャンペーンも考えられます。アプリの利用ユーザーに対しては、個々の家計簿状況や趣味嗜好に応じて、最適な広告、クーポン、ポイントをリアルタイムで配信すれば、ユーザーメリットもありそうです。
また、企業間後払い決済サービスは既にリリースしていますが、ユーザーの家計簿情報に基づくリアルタイムな与信確認機能を開発することができれば、企業と個人との間での後払い決済も実現しやすくなり、主にEC市場での展開が考えられます。
このように一般ユーザーに認知度の高い家計簿アプリとの連携によって、企業と個人を繋げる役割も担うことができ、企業がマネーフォワードのクラウド会計ソフトを導入するメリットが大きくなるのではないでしょうか。
以上のような経営戦略を進めることで、個人・企業・銀行を繋ぐお金のプラットフォームとなれると思います。お金の流れをヒトの血液と例えるなら、血液を身体の隅々まで循環させる心臓の役割をマネーフォワードが担う構想とも言えるでしょう。
最後に
読者の皆さんも、もしも自分がマネーフォワードのCEO 辻さんだったら、どのような経営戦略を取るか考えてみたり、仲間同士でディスカッションしてみると面白いかもしれません。
ビジネス分析って面白いですね!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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