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負けず嫌いな天才、藤野の心情を読み解く

Amazonプライムで『チェンソーマン』の作者でも知られている藤本タツキさんの『ルックバック』が公開されていたので、観ないわけにはいかない。

まず、この作品で最も印象に残ったのは、藤野の「背中」の描写だった。藤野という一人の少女が人間として成長していく過程が、「背中」を通して伝わってきた。

今回は、そんな藤野の心情を読み解いていきながら自由気ままに綴っていきたいと思う。

※これより先、少しネタバレを含みますので、お読みになる際はご注意ください。

自分は誰よりも優れていたい藤野

物語は、藤野が勉強机に向かって四コマ漫画を描くシーンから始まる。彼女が頬杖をついて悩んだり、手を上に伸ばしてストレッチしたり、貧乏ゆすりをしたりする細かな仕草は、四コマ漫画を完成させるために抱えた小さな苦悩を物語っているように見える。

四コマ漫画が学級新聞に掲載されると、クラスメイトたちがその出来栄えにクスクスと笑顔を浮かべ、藤野は自分の才能に満足そうだ。しかしその裏には、「自分が天才ではないのではないか」という不安を隠し、他人に羨ましがられる存在であり続けたいという気持ちがうかがえる。このセリフの裏にある葛藤に私は強く引き込まれた。

やっぱり、自分は天才じゃなかった

「ちゃんとした絵を描くのって素人には難しいですよ、学校にもこれない軟弱者に漫画が描けますかね?」

藤野は、隣のクラスの不登校生・京本が四コマ漫画を描きたいと言い出した時、淡々とこのセリフを口にする。学校は藤野にとっての「世界」そのものであり、そこに足を踏み入れることすらできない京本を完全に下に見ていた。天才な私ですらこんなに苦労して描いているのに……と思ったのだろう。

しかし、次に配られた学級新聞に京本の漫画が掲載され、その精緻な絵に衝撃を受ける。

京本の四コマ漫画はセリフなどはないが、学校の風景をリアルに描いており、藤野の棒人間が登場するような漫画とは対照的だった。その瞬間、藤野の心に衝撃が走り、思わず目を見開いて驚いてしまう。

京本の四コマ漫画は写実的で、それを見た隣の男子が、「京本の絵と比べると、藤野の絵って普通だよな」と呟く。

「私は天才だと思っていたのに、なんで、どうして」藤野のあせりが高まり、呆然とする。

努力の空しさ

でも、ここで終わらないのが藤野の負けず嫌いな気持ちだ。

藤野は、京本に勝ちたい一心で絵を描き続けることを決める。そして、デッサン本やスケッチブックを手に入れ、孤独に絵との対話を重ねる。

その姿勢には心から感動した。藤野は、周囲の目を気にせず、ひたすらスケッチブックに向かって絵を描き続けた。その背中からは、必死な気持ちが滲み出ているようだった。

だが、学級新聞が掲載される度に、京本との差は縮まらないということを感じ取っていく。そして、とうとう藤野は悟る。

「あ、勝てないな」と。

努力しても報われないことへの失望感が、藤野の胸を締めつけた。

努力を重ねるうちに現実は残酷だと気づいてしまう。今まで持ち続けてきた藤野の「負けたくない」という強い気持ちが一瞬にして息をひそめた瞬間だった。

小学6年生の途中、藤野は四コマ漫画を描くのをやめた……

藤野と京本の出会い

卒業式の日、藤野は不登校の京本の家に卒業証書を届けに行く。

玄関の鍵が開いており、部屋に積まれたスケッチブックに、京本もまた絵を描き続けていたことに気づく。この時、京本も私と同じで、数え切れないほどの努力をしていたのだと思ったことだろう。

そして、藤野はかつて諦めた四コマ漫画を描き上げる。その漫画は風に乗って扉の隙間から京本の元へと運ばれ、恥ずかしくなった藤野は急いで家を去ろうとする。

しかし、京本は部屋から飛び出し、

「藤野先生の大ファンです!」とありったけの気持ちを伝える。

藤野はライバルだと思っていた京本に褒められるとは思ってもいなかった。その事実に驚きつつも、心の中で嬉しさが込み上げてくる。

そして、藤野はある大切なことに気がつく。

藤野が気づいた大切なこと

京本の出会いによって大事なことに気が付いた藤野。

そもそも藤野と京本は違う才能を持った者同士だったのだ。

京本との出会いで、藤野は自分と京本が異なる才能を持っていることに気づく。京本の絵はストーリー性はないが、誰にも負けない「絵がうまいという才能」を持っていた。一方、藤野は「多くの人を笑顔にする物語を作る才能」に気づく。

その後の藤野が再び机に向かう姿から、どこか新しい力強さを感じた。その背中は、これから始まる新たな挑戦を物語っているようだった。

このシーンで「カムバック藤野先生」と私は心の中で叫びたかった。

背中が語る成長物語

『ルックバック』は、成長というテーマを見事に描いた作品だと思う。

藤野の成長の過程を「背中」で表現した描写は非常に印象的で、彼女の葛藤や努力に心から共感できるところがあった。また、物語を通して、誰もが抱える「自己肯定感」や「他人との比較」の問題に対する深い洞察を得ることもできた。自分を信じることの大切さ、人と比べることの無意味さなど。藤野の成長を通して、多くの教訓を学ばせてもらった気がする。

正解はないのかもしれないが、誰もが持つ「葛藤」に立ち向かい、もがき苦しみ、それでも前に進んでいくこと、この姿勢が成長には不可欠だと感じた。

ありがとう、藤野先生……

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とますけ
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