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インド旅|ニューデリーにてチャイを飲みこの街に溶け込む
背けたい現実がそこにはあった。
ニューデリーの地を初めて踏みしめた日は、今から2年前の2月初頭。
街を行きかう見慣れぬ乗り物の排気ガス、肌に突き刺さる太陽、私の目の前で指を擦っている物乞い。インドの何もかもが自分を遠ざけているような気がして、ここにいてはいけないと思った。
日本から飛行機を乗り継いで約20時間。なぜ私はこんな苦労をして、人間の「生」への執着が降りかかる混沌とした世界に来てしまったのか。バックパック1つ担いで、目の前に広がるインドの光景を見ながら、「早く帰った方がいいのかも」とボソッと呟いた。
異物のような私が珍しいのか、次から次へとインド人が話しかけてくる。皆、胸元が空いたシャツにジーパン姿。こんなにたくさんの人がいるのにみんな同じ格好をしているのが、なんだかおかしかった。
インド訛りの英語は聞き取りずらかったが、「今何してる?」「どこに行く予定?」など、新宿や渋谷でよく見かけるナンパ師の常套句を使っている。
正直鬱陶しい。
「こっちは今、一人でこの街に順応する準備期間中なんだ」と言ってやりたかったが、英語でどう表現すれば良いのか分からない。私は耳に手を当て、外界からの刺激をすべて遮った。
本屋で立ち読みした『地球の歩き方』の内容を頭の中で反芻しながら、詐欺師の巣窟ニューデリー駅を突き進む。
いくつかの試練を乗り越え、車通りの少ない穏やかな路地裏にたどり着くことができた。
今いるのは、日陰で涼んでいる瘦せ細った野良犬、黒色の毛並みが立派な牛、あとはチャイを売っている裸足のワイルドなおじさんと私だけ。
「一旦落ち着かなきゃ。」と自分に言い聞かせてスマホをポケットから取り出す。
顔認証でロックを外すときに、一瞬自分の顔が画面に反射した。いつも以上にしかめっ面で、不細工な顔だ。だが、私のスマホはいかなる状況でも私を認めてくれる。歯磨きをしている時以外は……。
スマホのロックが外れると、画面には「Netflix」が表示されていた。
そういえば離陸前に、「暇だから、なんかテキトーに映画でもダウンロードしとくか」って思ってたよな。
結局、離陸前に時間がなく、とりあえずダウンロードボタンを押していただけだった。
"spirited away" がまだクルクル回転している。
ダウンロード中の下にちらっと見えた千尋の表情が少し寂しげに見えたのは気のせいか。
その時、『千と千尋の神隠し』のこんなセリフが頭をよぎった。
「この世界のものを食べないと、そなたは消えてしまう」
これは、異世界に迷い込んでしまった千尋に対し、ハクが放った言葉だ。その言葉が、今の自分に当てはまるような気がする。
そういえば、私にとってインドは異世界だよね。今の自分は千尋と同じ状況だ。早くこの世界のものを食べないと。
なぜか焦りを感じ、「チャイティチャイティ」と声を上げていたおじさんのもとへ向かう。
「はい、10ルピー」
慣れない英語で話しかけ、ボロボロのガンジーが書かれた紙幣を渡した。
今は衛生状態なんか気にしている場合ではない。とにかく、この国の物を口にするんだ。
チャイが出来上がると、彼は嬉しそうに微笑みかけてきた。
これがインドの温かさなのだな。チャイは心の距離を近づけてくれる魔法のスパイスみたい。
「Welcome India」
チャイを飲んだ時、この国は私を受け入れてくれたのだと感じ、ホッとした。
この国にあと2週間は滞在する予定だ。
私もこの街にできるだけ溶け込めるようになりたい。嫌々ふさぎ込んでいたら楽しくないもんね。
インドの好きなところを見つける旅が今始まった。
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