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アイヌ神話から考察する「シンオウ神話」


皆さんは「シンオウ神話」をご存知ですか? シンオウ神話は、『ダイヤモンド・パール』シリーズに登場する、ミオシティの図書館で読むことができる古い神話や物語のテキストです。

むかしポケモンとけっこんしたひとがいた
ポケモンをたべたあとのほねをみずのなかにおくる

ミオシティのとしょかんにあるシンオウ神話の一部抜粋

シンオウ神話はどれも意味深な内容のものばかりで、これまでにたくさんのファンが解釈を試みていました。しかし、今年に発売された『LEGENDS アルセウス』でもその核心について明かされることはなく、真意は謎に包まれています。

ところで、私は大学で「アイヌ語」の授業をとっています。アイヌ語は、北海道に古くから住むアイヌと呼ばれる人々の間で話されていた言葉です。先日、そのアイヌ語の授業を受けていた時のことでした。ふと、授業で紹介されたアイヌの神話の中にシンオウ神話によく似たお話がいくつかあることに気づきました。

シンオウ地方は北海道をもとに作られているので、アイヌと何かしらの関連があってもおかしくはなさそうです。

そこで私は、

シンオウ神話はアイヌ神話をモチーフにして作られているのではないか?  という仮説を立てました。

この記事では、いくつかのシンオウ神話をアイヌ神話の物語に照らし合わせて読むことで、その謎を解明していきたいと思います。


1  アイヌとは

そもそもアイヌとは何のことか、簡単に説明をさせてください。
「アイヌ」は、北海道に古くから住んでいたと言われる人々の呼び名です。日本語とは全く違う言語を話し、文化も独自のものを持っているので、日本人とは異なる民族だとも言われています。現在もアイヌのルーツを持つ人々は北海道を中心に全国に17万人以上いるそうです。

北海道は寒く厳しい土地なので、お米や麦を育てることが困難です。そのため、昔のアイヌの人々は動物を狩ったり山菜を採集すること(狩猟採集)で生活を営んでいました。

しかし、不毛の土地で動物を見境なく狩り続けたらどうなるでしょうか。動物はあっという間に絶滅して、人々も食事にありつけずやがて飢え死にしてしまいます。

そこで昔のアイヌの人々は、自分たちが動物や植物を決して取り尽くすことのないよう、動物を「カムイ」(神さま)と呼んで崇め、大切に扱うことで動物たちと共生しようと試みました。そうして生まれたのが「アイヌ神話」です。アイヌ神話では、イタチやウサギやフクロウなど、北海道に住むさまざまな動物のカムイが登場し、人間らしい人格を持って活躍します。

ところでこのアイヌにおける「動物と人間」の関係性と、ポケモンの世界における「ポケモンと人間」の関係性、少し近しいものを感じませんか? リアルとフィクション、違いはありますが「共生」「共存」しようとする姿勢は互いに似通うものがあります。

そこで、シンオウ神話における「ポケモン」をアイヌ神話における「動物」に置き換え、さらにアイヌ語の神話と照らし合わせることでシンオウ神話の文章を読み解いていきたいと思います。


2 神話考察① 「人と結婚したポケモンがいた」

(以下、シンオウ神話のテキスト)
※読みやすくするために一部を漢字に直しています

人と結婚したポケモンがいた
ポケモンと結婚した人がいた
昔は人もポケモンも
同じだったから普通の事だった


実際にポケモンと人が結婚する文化があったとも読める文章ですが、「昔は人もポケモンも同じだったから普通のことだった」の「同じだった」の部分が少し引っかかります。

それでは、文中の「ポケモン」の部分を「動物」に置き換えて、アイヌ神話に照らし合わせて考えていきましょう。 

置き換えるとこんな感じになります。

人と結婚した動物がいた
動物と結婚した人がいた
昔は人も動物も
同じだったから普通の事だった

アイヌ神話の世界では、動物の神さまも、本来の姿は人間と同じ姿をしていると信じられていました。だから婚姻することもあると考えられていたのです。

実際に、アイヌ神話にはこんな物語があります。

小さな村に暮らしている一人娘がいた。ある日、娘が歩いていると、ひとりの老人が川沿いを下ってくるのが見えた。老人は女の子に「河口に住んでいる昔の友人に会いにいく」と話した。老人は杖をついて足元が覚束ない様子で、心配に思った娘は一緒について行ってあげた。

しかし、残念ながら老人の友人はもう既に亡くなっていて、家に着いても誰もいなかった。それでも老人は娘が親切にしてくれたことを喜んで、「お嬢さんにお礼の宝物を渡したい」と言って、娘を家まで案内した。

山を登ったところにある老人の家は、黄金で出来た一軒家で、沢山の宝物が置いてあった。老人は「あなたのような心の綺麗な人は世界中探しても中々いない。ぜひ私と結婚してください。」と言う。しかし、娘は残される両親のことを考えると、何も返事が出来なかった。

翌日、その老人は老人ではなく、立派な青年の姿になって女の子の前に現れた。「実は私は人間ではなく、タカの神の息子である。あなたの両親の面倒も見るので、ぜひ私と一緒になってくれ。」と言った。両親の面倒を見ると申し出てくれたので、娘はそれを承諾して、宝物を持って家に帰り、両親にも許してもらい、タカの神さまの息子と結婚することになった。

両親も夫のことを「カムイ(神さま)の旦那」と呼んで親しんでいる。

1 萱野茂(1988)『カムィユカラと昔話』小学館

タカの神さまが、自分を助けてくれた親切な娘に求婚し、最後は結婚する物語です。あえて老人の姿に化けていたのは、タカの神さま自身が、見ず知らずの老人でも助けてくれるような心優しい人間を探し求めていたからかもしれませんね。

物語の中で、タカの神様はタカではなく人間の姿で現れ、人間の娘と結婚しています。

先ほど述べたように、アイヌ神話では動物と人間は本来は同じ姿をしているから、結婚することもあったと信じられていたのです。

それと似たように、シンオウ神話の時代の人々は、「ポケモンと人間は本来は同じ姿をしているから結婚をするのは普通のことだった」と考えていたのかもしれません。


 3 神話考察② 「森の中で暮らすポケモンがいた」

(以下、シンオウ神話のテキスト)

森の中で暮らすポケモンがいた
森の中でポケモンは皮を脱ぎ
人に戻っては眠り
またポケモンの皮をまとい
村にやって来るのだった

先ほどの解説で、シンオウ神話の時代には、人間とポケモンは同じ姿をしていると信じられていたかもしれない、と結論づけました。

この神話は、ポケモンたちがどのようにして「人間の姿」と「ポケモンの姿」を使い分けいてたのかを示す神話です。

こちらも、「ポケモン」の箇所を「動物」に置き換え、その上でアイヌ神話と照らし合わせてみましょう。

森の中で暮らす
動物がいた
森の中で動物は皮を脱ぎ
人に戻っては眠り
また動物の皮をまとい
村にやって来るのだった

アイヌ神話では、動物の神さまが住む世界は、人間の足では及ばない自然の中……たとえば森の中や川の奥や空の先にあると信じられていました。

そして、動物の神さまは、神の世界に戻る時は「人間の姿」になり、人間の世界に行く時には「動物の姿」に変わると考えられていたのです。

では、その変身はどうやってするのでしょうか。なんと「着物を脱いだり着たりして変身していた」というのです。

アイヌ神話に、こんなお話があります。

あるところに女がいて、夫と仲良く一緒に暮らしていた。
しかし、このごろ夫は何か物思いにふけるばかりで、食事も全く手につかない。女が不思議に思っていたある日、夫は「話がある」と言って真剣な顔つきで話しはじめた。

『今まで黙っていて申し訳ないが、実は自分は天の国のカッコウの神だ。妻を娶る年齢になっても似合いの妻を見つけることができずにいたが、天空から人間界を見下ろしていたところ、女神たちに劣らぬ美しい女性を見つけた。それがあなただった。一目惚れした私はここに降りてきて、あなたと結婚したのだ。
しかし、私の父のカッコウ神が天の国に戻ってくるようにと何度も何度も言うので、明日になったら帰らなくはいけなくなった。私の代わりに精神の良い人間の若者をあなたに寄こすから、その人と結婚すれば私と暮らしていたそれ以上とは言わないまでも、子供に恵まれて不自由なく暮らすことができるでしょう。』

そう言って、次の日の朝の暗いうちに、夫はカッコウの絵の絹の着物を重ね着して、厳かに外に出て舞を踊ると、たちまちカッコウの姿に変わって空高く舞い上がった。

女が泣きながら夫の名前を呼ぶと、夫も泣いて、その涙は豪雨のように地上に降り注ぎ、そのまま空の彼方へと消えていった。

2 本田義矢『アイヌの散文説話(ウウェペケレ)における異類婚姻譚の再考証』(参照2022-10-21)

カッコウの神さまは、人間の女を見染めて結婚します。しかし、カッコウの神さまは神の国に帰らなくてはならない事情ができてしまい、遠く空の向こうにある神の国にいくため、カッコウの柄の着物を羽織ってカッコウの姿になって飛び去ってしまった……という物語です。

この物語に登場したカッコウのように、ポケモンたちもポケモンの姿になる時にはポケモンの模様のついた着物(皮)を着て、人間の姿になる時にはポケモンの柄の着物(皮)を脱いで……と着物(皮)を使ってふたつの姿を使い分けていると考えられていた。という解釈ができそうです。

シンオウ神話の時代の人々は、『ポケモンの世界(森の中)』と『人間の世界(村)』のふたつの世界が存在しており、それらの世界を、ポケモンたちは着物(皮)を着たり脱いだりすることで姿を変えつつ行き来していると考えていたのかもしれません。


4 神話考察③ 「食べた後のポケモンを水の中に送る」

(以下、シンオウ神話のテキスト)

海や川で捕まえた
ポケモンを食べた後の
骨をきれいにきれいにして
丁寧に水の中に送る
そうするとポケモンは
再び肉体を付けて
この世界に戻ってくるのだ

ポケモンを食べた」という部分でびっくりしてしまいますが、それよりも重要なのは、「再び肉体を付けて戻ってくる」という箇所です。これは一体どういうことなのでしょうか。

「ポケモン」を「動物」に置き換えてみましょう。

海や川で捕まえた
動物を食べた後の
骨をきれいにきれいにして
丁寧に水の中に送る
そうすると動物は
再び肉体を付けて

この世界に戻ってくるのだ

先ほど、アイヌ神話の世界では、神さまが人間の世界に来るときは動物に変身すると説明しました。しかし、なぜわざわざ動物の姿になるのでしょうか? 人間と本来同じ姿をしているのならば、そのまま現れても全く問題ないはずです。

ここで重要になってくるのが、

動物の神さまは、人間のために山や川に現れ、自分の肉を毛皮に包んでプレゼントしてくれている」というアイヌ神話ならではの発想です。

アイヌの人々は、動物の神さまは人間たちが飢え死にしないために、人間の世界に現れ、自分自身の肉を人間に分け与えてくれていると信じていました。では、いちど人間に食べられてしまったら、神さまは死んでいなくなってしまうのかというと、そうではありません。

神さまの精神がある限り肉体は無限のものになるので、神さまが人間の国に戻ってきたいと思った時には、その毛皮(着物)にたっぷりの肉を包んで、動物として山や川に現れてくれます。

しかし、また戻ってきてもらうためには条件があります。
それは、神さまの精神を神の国まで送り返すこと。

アイヌの人々は、動物を狩って食べた際には必ず、動物の骨に神さまの好きなお酒や食べ物を供えて「神さまが下さった肉や毛皮は全部大事に頂きました。なのでお礼の気持ちをこめて、神さまのたましいを神の国に返します。」という儀式を丁寧に行ないました。そうすることで、お礼の言葉やお供物をもらった神さまたちは「また人間の世界に行こう」と喜んで人間の世界に再びやってきてくれるのです。

「動物の肉や毛皮は神さまがプレゼントとしてくださるもの」

「動物の肉や毛皮を食べたら必ず感謝をこめて送り返す」

このように、アイヌの人々は動物に対して感謝の気持ちを持つことで、最初に述べたように「動物を取り尽くさない」ようにしていたのです。

私(シマフクロウの神さま)が人間の村の上を通りかかると、たくさんの子供たちが走って自分を追いかけているのに気づいた。子供たちは「あのシマフクロウの神さまを獲った者が真の英雄だ!」と言って私に向けて弓矢を構えている。誰が最初に私を弓で捕らえるか、競争をしているようだ。

子供たちは裕福な家の出身のようで、皆立派な金の弓を構えている。よく見ると、その中にひとり貧しい家の子供がいた。粗末な服を着て、周りの子供たちのものより格落ちする木の弓矢をつがえている。
しかし、その瞳は気品に満ちあふれてただの子供とは思えない様子だ。

裕福な子供たちは貧しい子供を馬鹿にして、叩いたり蹴ったりするのだが、その子は少しも相手にせずじっと耐えて、弓を構えている。
可哀想に思った私は、たくさん放たれた矢の中から、貧しい子供の放った矢だけを掴んで、貧しい子供の頭上へと降りて行った。

貧しい子供は喜んで私を家まで連れて帰った。子供の家族は、日々の生活で精一杯なのにも関わらず、たくさんのお酒や食べ物で私を接待し、何度も感謝を述べて、丁寧に神の国に送り返してくれた。嬉しく思った私は体を揺すって、その貧しい家の中を宝物でいっぱいにしてあげた。

その後も何かあるたびに木弊やお酒を送ってくれるので、それ以来、私はいつでもその村と人間の国を見守るようになった

と、シマフクロウの神さまが語った。

3 知里幸恵(1978 )『アイヌ神謡集』岩波文庫

自分を獲った人間の一家が、自分を丁寧に神の国へ送り出してくれたことを喜んで、その後も人間の世界を見守りに来てくれるようになったシマフクロウのお話です。

このお話は、先ほど述べたように「獲って食べた動物を丁寧に神の国に送り返せば、動物は喜んでまた戻って来てくれる」という考え方を分かりやすく示してくれています。

シンオウ神話の時代の人々もアイヌの人々と同じように、

生きるためにポケモンたちの肉を食べており、感謝や畏敬の念を持って食べた後のポケモンのたましいを送り返す儀式をして、またポケモンが戻ってきてくれるように願っていたのかもしれません。

まとめ

アイヌ神話と照らし合わせることで、シンオウ神話の時代に生きていた人々の考え方や信仰のあり方を理解することができました。もちろん、シンオウ神話の解釈はこればかりでなく、さまざまな方向から考察を行うことができます。みなさんもぜひ自分なりの解釈を見つけてみてください。また、この記事がみなさんがアイヌの文化に興味を持ってもらう一存となれれば幸いです。


※本記事の「シンオウ神話」の解釈は、公式の見解ではなくあくまで私個人によるものです。

※本記事で扱うアイヌの知識については、文化の地域差や伝承の差異があり、ここで紹介したものが全ての見解を代表するものではありません。


参考

1 萱野茂(1988)『カムィユカラと昔話』小学館
2 本田義矢『アイヌの散文説話(ウウェペケレ)における異類婚姻譚の再考証』(参照2022-10-21)
3 知里幸恵(1978 )『アイヌ神謡集』岩波文庫
4 萱野茂(2017)『アイヌ歳時記』ちくま文芸文庫







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