出会って10秒で打ち解ける
先週末、静岡県に出かけた。
別行動の夫が、ホテルに到着するのは夜。
それまでの間、ひとりで沼津港に行くことにした。
もちろん目的は海鮮料理。
大きな海鮮丼を完食し、腹ごなしに海辺を散策した。
日がかたむきはじめたので、三島駅のホテルに向かうことにする。
沼津から三島へはJR東海道線で5分ほどだ。
海岸線と松林を相当歩いたので、沼津駅のホームのベンチに来ると
どっかりと腰をおろした。
そこへ同年代の女性が、高齢の女性と連れ立ってこちらに歩いてくるのが見えた。
たぶん親子なのだろう。
高齢でありながらしっかりした足取りの女性に、昨年他界した母の姿が重なって見えた。
ベンチの荷物を引き寄せ、ひとり座れるスペースをあけ、
どちらにということなく「どうぞ」と声をかけた。
お母さんの方が、ベンチに腰をかける。
お尻が落ちないよう手を添わせた。
ゆっくりゆっくり。お母さんはようやくちょうど良い位置に座ることができたようだ。
「ご旅行ですか?」という私に、若い方の女性が「買い物の帰りなんです」と答えた。
そして「耳が遠くて」とお母さんの方に目をやった。
聞こえないとわかったけれど、私は「おいくつになられるんですか?」と、お母さんの顔を覗きこんだ。
若い方の女性が「もう90なんですよ」と言う。
そうなんですかぁ…と会話が始まったころに、お母さんが「私は90歳です」と言われる。
多少ずれていたってかまわない。
旅先で、袖振り合うも他生の縁だ。
電車が到着し、私は先に乗り込んだ。
ほぼ埋まった座席の中から、ひとつ空いたところを見つけ、お母さんを呼んだ。
三島までの短い間、亡くなった母を思い出して…と、電車にゆられながら話をした。
介護のことや沼津や三島のことなど、いっぱい話した。
夫の到着が遅いので、それまで駅周辺を歩いてみようという私に、
素敵なカフェを紹介してもくださった。
ついさっきまで、顔も見たことのない者同士だったのに。
すっかり打ち解けていた。
電車が三島駅に着いた。
お母さんが手をひかれ、ゆっくりゆっくり電車から降りられる。
私はそれを、先に降りたホームで立って待つことにした。
そして、「お話ししてくださって、ありがとうございました。どうぞお元気で」と声をかけ、先に階段の方へ向かった。
わずか15分ほどのことだった。
本当にどこか母を思い出す、そんな佇まいの女性だった。
ありがとう。楽しい旅の思い出を。
そんな温かい気持ちで、私はホテルのロビーへ続く階段に向かった。