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World of Tanks のマップはバランスが悪いがユーザーはけっこう満足している。~Wargaming社のトラウマから始まった改修工事と対戦系UXについて~


東欧の小国「ベラルーシ」から生まれたゲーム『World of Tanks』(以下、『WoT』)は1億6000万ものユーザーを抱えるモンスターだ。この度サービス開始から10年を迎え、なおユーザーを増やし盛り上がり続けている。

自分も7年近くこのゲームを遊んでおり、おそらくこれからも遊び続けるだろう。長く遊び続けていて疑問に思うことがある。『WoT』はゲームバランスが悪いのになぜこんなに面白いのか、という点だ。今回は少し歴史を振り返りつつ、マップデザインに絞って考えてみたい

なお公開データが無いので個人的所感が強く出ている点には注意していただきたい。

■そもそもどんなゲームなの?

世界中の戦車から好きなものを選び、15vs15で対戦を行う戦術アクションシューティングだ。非常に複雑なゲームなのでプレイ感覚をざっくり言うと、「待ち行動」がとても強い。

移動中に撃った弾はほぼ当たらない、地形に適応した行動をするとダメージが抑えられるし無効にもできる、相手を一方的に攻撃しても発見されないようにできる等々。

そのため「有利な陣地に構え、じっくり狙いを付ける」というのが非常に大切になる。人によっては序盤は陣取り合戦、終盤は詰将棋という表現をする人もいる。ちなみにUBIソフトのアナリストは「老人向けカウンターストライク(Valve社の戦術FPS)」と表現した。


もともと『WoT』というゲームは非常に不平等なデザインをしている。軽く洗い出してみよう。

世代間を『Tier(ティア)』という区分けをし、マッチングは±2Tierで行われる。1Tierの差は自転車とバイク程度の格差。一番下のTierでマッチングされた場合、試合中にできることが大きく制限されるため、通称「猛獣部屋」と呼ばれる。

世界中の戦車を網羅しているため、強い・弱いがはっきり存在する

③乗員のスキルレベルによって能力値に大きな差が出る。育っている乗員とそうでない乗員の差は1Tier程度ある。

④勝利した場合は報酬(経験値やゲーム内クレジット)が1.5倍もらえるが、負けると0.8倍になる。

キリがないのでこの辺にしておきたい。以下の項目はこれらを踏まえて読み進めてもらえるとわかりやすいと思う。

■きっかけはWG社にトラウマを与えた世界大会

その事件は大会決勝で起きた。

一番盛り上がるべき試合が両陣営とも自陣付近に籠るキャンプ戦術を取ったのだ。結果、一切誰も動かないまま時間が流れていくという放送事故が発生する。

盛り上がりを作らなかったプロ選手たちが悪いのだろうか?彼らは「勝ちに一番近い方法」を取ったに過ぎない。これを機にマップバランスだけでなく、ゲーム全体のデザイン変更が一気に進んでいった。

近く予定されていたゲームエンジン(WoT 1.0 CORE)の更新に合わせていたかもしれないが、当時を思い出すと何もかもが大きく変わっていった印象がある。

■「流動性」を確保するための改修工事

前述のとおり『WoT』は「待ち行動」が非常に強い。これを解決するため色々な策が取られた。キーワードは「流動性」だ

ユーザーが動かないなら強制的に動かしてやればいい。

機動力のある車両の重装甲化による突破力向上、射撃精度低下による遠距離戦から近距離戦への誘導、陣地付近の待ちポイントや隠れる場所の削除、分散しがちだった車両配置の集中化、地形無視で攻撃する自走砲の弱体化、そしてアンバランスなマップ構造などなど。(さらに後には装輪車と呼ばれるバランスブレイカーも投入された)

バランスの取れたマップとはつまり千日手が有効なマップのことだ。ならば、戦闘で積極的に相手を排除しなければ不利になるようにしてしまえばいい。戦闘が起きれば自然と彼我に数の差が生まれ、数の多い方が囲い込みを行う。

■マップ実例を分析してみる

『WoT』の対戦マップ38種(すごい多い!!)はざっくりと5種類に分けられる。戦術マップで簡単に一部分のみ解説してみよう。

①明らかに一方が有利になっているマップ

②一見すると対称形状に見えるが一方が有利になっているマップ

③要所がはっきりしており、どちらにもチャンスがあるマップ

④対称・非対称に関わらず膠着しやすいマップ

⑤つまらないマップ

改修工事によって④⑤の数が減り、①②の数が増えた。⑤はもともと定期的に削除されていたので、特に問題視されていたのが④だ。

①の代表例は『帝国境界線』。中央左の台地は出入り口を限定しやすい上に南陣営の方が早く到達できる。完全な高所陣地と化して相手を寄せ付けない。図は左上と右下に陣営が配置されているが、試合ルールによっては左下を防衛、右上を攻撃側とするルールもあった。過去形なのは攻撃側の勝率があまりに低かったので速攻削除されたからだ。ルールは削除されたがマップ形状は変わってはいない点からも南陣営が有利な点がわかるだろう。

ちなみにこのマップは中国ユーザーからの評価が特に高い。というのも中国モチーフのマップは過去にも存在したが、その全てが⑤つまらないマップに属しており削除されている。自国モチーフのものが登場すると喜ぶのはどの国も同じなのだろう。

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狭い出入り口を簡単に抑えることが可能、南陣営は拠点付近も堅牢

②の例は『エーレンベルク』一見すると河を挟んだ対称マップに見えるが実際は北陣営が非常に有利になっている。マップ改修が進められた内、このタイプが一番ユーザーに気づかれづらいという点で巧妙だ。西中央東の3か所全てで北陣営有利ではあるが、特に顕著なのが西側の遺跡付近だ。西側にはポケットポジション(すっぽり隠れることができて攻撃するには被害必須で飛び込む必要がある位置)がある上、要衝になっており3両ほどで倍の数を抑え込める。なおポケットポジションは北陣営は西に2か所、中央に3か所、東に2か所あるが、南陣営には中央に1か所のみである。

このマップはもともと中央の河付近に建物がほとんどなく、東西に戦場が分断されていた。バランスは良かったが試合時間が伸びやすく、引き分けが多かったので中央への集中化が図られた経緯がある。

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ポケットポジションを突破するには被害必須、南陣営は防衛にも不向き

③の例は『鉱山』。サービス開始当初から存在するが微修正程度しか手を加えられていない。中央の高所は明確な有利位置であり、そこを巡って激しくぶつかり合う。このマップの巧みなところは中央は有利になるが、確保するにはある程度被害が伴う。マップサイズも小さいのでやることが明確である点からも遊兵が出づらく積極的に戦闘が起きる

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明確な有利位置は争奪戦になる

④の例は『山岳路』特徴として陣地付近が非常に防衛しやすく、多くの逆転試合が起こっている。しかしマップ自体は広めなので、戦闘をするには間延びした戦線を作ることになる。その結果、どこかで数的有利が生じ、そこを起点に試合が動くことになるが、大抵陣地で返り討ちに逢うという展開が起こる。初期のマップデザインはこのタイプ(戦場の分断と陣地有利)が多かった

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強固な陣地付近と散発的な戦闘が起きやすい布陣

⑤の例は『飛行場』。このマップはユーザー投票によるバン率(マッチングプールから外す)1位を取ったがなぜか手付かずになっている。つまらないマップの特徴として「お仕置き」される、という点が挙げられる。状況を動かすために前に出ると相手はほぼ被害を出さず一方的に前に出た人が被害を受けるのだ。そのため積極的なユーザーほど割を食うことになる。このマップは「先に前に出たら負ける」という言葉を生み出した

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中央ラインを一歩でも越えると四方八方から攻撃される

④を旧デザインとし、それを改修したものを修正デザインと呼称することにする。

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旧デザイン、分断された区域と有利な陣地付近

修正デザインにも問題が無かったわけではない。あまりにも狭い場所(1両通るのがやっとの通路など)に押し込むようにしたり、唯一地形無視が可能な自走砲対策としてあり得ないほど高い壁を設けたりしてしまった。そのため、⑤に対して公式が使った言葉「回廊のような」を借りて、「背の高い回廊」「長い廊下」などと揶揄された。そのため、さらに改修されることになる。これを新デザインと呼ぶ。

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修正デザイン、壁で囲い1か所に押し込めるようにした

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新デザイン、中央線を超えた位置に有利位置を作りつつ区域の分断を止めた

これらの集大成が20年5月に追加された『ベルリン』だ。これまで有効であった集団での囲い込みや高速車両による突撃といった戦術を防ぎつつ、また、一方的な攻撃ではなく常に撃ち合いをする=被害が必ず出る距離感、相手を発見することはできるが近くに寄らないと攻撃できない塹壕などユーザーは積極的に戦闘を行いたくなり、双方に必ず被害が出るので結果的にバランスを保っている

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おそらくクラン戦のような集団行動を是とする試合では不人気となるだろう。

ユーザーは満足しているのか?

『WoT』のユーザー平均勝率は50%を下回る48%と言われている。

原因は引き分けも負けにカウントするシステムや低Tierにおける初心者狩り等言われているが、一番大きい要素は課金車両にあると考えている。『WoT』は課金をすることで初期経験値などを必要としないで車両を購入できるが、課金車両は同格と比べて0.5Tierほど性能が劣る。代わりに報酬面で優遇が付いている。(ここ2年ほどは逆に優遇を無くして0.5Tierほど性能が高いものが投入されたのでユーザー獲得のためPay to Winに切り替えたのではないかと噂されてるけど)

初心者が中間を飛ばして高Tierの課金車両で試合に出ると、文字通り何もできずにやられてしまうので、中間飛ばしをしたユーザーの勝率は44%程度にまで落ち込むと予想される。

そのため多くのユーザーは「負けが普通、自分の戦績を少しでも伸ばそう」という考えになる。

実際は勝率が高い方が戦績はより伸びるのだが、統計情報を眺めない限りそれを感覚するのは難しい。

平均勝率が低いとどうなるのだろうか?『1回のバカ勝ちがとても嬉しい』と感じる。パチンコと似た感覚だ。ここ数年バトルロワイアル系が流行りに流行っているのも、この『勝てないのが普通の中で勝てるのが嬉しい』という感覚が強いと聞く。

ここで考えるべきはレベルデザイナーはこの感情をコントロールできるのか、という点だ。ユーザー側はいつまでも動きのない試合や負けることが分かっている試合はさっさと終わらせて、勝てる次の試合にどんどん行った方が楽しいと感じる人が多数なのではないかと思う。

この感情をマップデザインでコントロールしていると思われる。マップ38種の比率を分類①~⑤で私的に改修前後で比較すると、改修前(0-0-19-12-6)/改修後(2-5-20-7-3)となる。(ベルリンと削除済マップは除く)

■まとめ

対戦ゲームのバランスは常に議論の的になる。誰もが気持ちよく勝ちたいし、蹂躙されるような負けは味わいたくないからだ。

しかしバランスが悪いことと、楽しくないかはイコールで結べないのも事実だと思う。ゲームデザイナーは大人のサッカー(勝利を目指した行動)をして欲しいと思うが、ユーザーは子供のサッカー(ボールがあるところに集まる)をしたがるようなものだ。どちらもサッカーではあるが、楽しさの質が違う。

では『WoT』のマップデザインには注目する価値はあるのだろうか?

あると答える理由は2つ。1つは10年もの間マップ改修をし続けた対戦系ゲームが存在しないということ。新規マップをリリースする例は数多くあれど、改修して手を加えることはほぼ無い。2つ目は1億6000万ものユーザーを満足させるのは不可能であり、ある種の割り切りが必要になる。『WoT』の場合、あえてアンバランスな構造を取ることでそれを成し遂げているということだ。

参考情報

ローカルからグローバルへ広がるゲーム『WoT』は、プレイヤーとともに「成長」してゆく

【特別企画】楽しく遊ぶための「World of Tanks Console」ビギナーガイド

World of Tanks Wiki


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