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冤罪なのに《四面楚歌》(エッセイ)

まったく身動きができない満員電車の中で、女性の胸に手の甲が「ムギュ」と食い込んでしまい、動かすことすらままならず、
「どうしたらいい?」
と焦りに焦ったエピソードを書きました。

この話には後日談があります。
しばらく後に会社の食堂で友人たちに話したのです。
「……というわけでさ、痴漢だって騒がれたらどうしようかと思ったよ」

「……そういえば、最近、痴漢の冤罪がようやく晴れた、っていう人の話が新聞に出てたよね」
「あ、見た見た、自分はまったく身に覚えがないのに、警察から被害者がお前だと言ってるんだから間違いない、認めたら楽になるぞ、って言われ続けてすごく辛かったって」
「そうそう。その人はとっても真面目な人で、会社の同僚も家族も、『この人がそんなことするわけがない。絶対に間違いだ』と訴えて、手分けして目撃者捜しもして、ついに容疑が晴れたのよね」
その《痴漢冤罪事件》は私も報道で見ました。

前に座っていた女子社員が言いました。
「でも、……もしPochiさんが痴漢で捕まったと聞いたら、アタシ、『ああ、やりかねない』って思うわ、きっと」
「はは、……何言ってんの」
「いや、ボクもそう思うな。『Pochiさんなら痴漢してもおかしくない』って……」
「え? 何、何言ってんの? 『冤罪だ』って救出運動してくれるところでしょ、そこは!」
「いやいや……『ついにやっちゃったか』ですよ」
「おいおいおいおい! 冗談じゃないよ! これ、冗談で済まないよ! 助けてくれよ!」
とほとんど《留置場からの叫び声》状態でした。

その日、家で夕食をとりながら、家族に話しました。
「……ったく、ひどい話だよ、みんな。オレを見捨てるって言うんだよ。冗談にもほどがあるよな」
すると、妻が言うのです。
「いや、私も『ああ、やっちまったか』って思うね。救出運動なんかしないで、さっさと離婚するよ」
「え! えええ! それはないだろ!」
中学生だった長女も、
「その時はアタシ、お母さんについていくから」
次女も負けずに、
「アタシもそうする。苗字も変えた方がいいよね ── このヒトと家族だったとバレないように」
「だった? ── おいおいおいおい! 違うだろう! 助けてくれよ! 冤罪なんだよ!」

叫ぶ私に女3人、顔を見合わせてニヤニヤしているのでした。

そして、妻が再び口を開きました。
「でも、ある意味、アンタもすごいね」
「何がだよ!」
「だってさ、会社の同僚も家族も、みーんな、
『あの人ならやりかねない』
って思ってるんだから、……ある意味、
《アンタの『信用』はすごい!》
とも言えるんじゃない?」

「そんな『信用』、うれしくねえよ!」

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