肯く皇帝 ──「エレクトロニック・ショート・ショート・カタログ」より
20年以上前に技術雑誌に連載した「エレクトロニック・ショート・ショート・カタログ」については、ほぼ半数を引用したので、もうnoteには再掲しないつもりでした。
しかし、昨日読んだ記事で、ショートショートを1篇、想い出しました。
該当記事(↓)は「SNS上で価値観の似た者同士でが共感し合い、特定の意見や思想が増幅される現象」に対するナルホドな警鐘でした。
確かに、自分の意見に「その通り!」と共感・共鳴が集まると、そちら方面に突き進む自信が湧いてきます。
── ESC(エレクトロニック・ショート・サーキット)社がこの現象をポジティブに(?)利用したデバイスを開発したのは21年前のことでした。
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「おい竹村君、今度の商品企画について、君はどう思う?」
「結構いけてる? ── ってカンジ?」
(……まただ)
私はこの、自分の意見を明確にしない、一連の語尾上げ言葉が大嫌いだった。
「カンジ? ── じゃないだろ。どうなんだ、はっきり言ってくれ」
「ですから、課長、ボク的には悪くない? ── 企画? ── みたいな?」
「ボク的には ── ってのはどういうことだ? みたいな、ってのは一体何だ? ちゃんと自信を持った話し方ができんのか?」
「そうっすね、やっぱ、自分ひとりだけ突出した考えだと? ── 怖いから? ── はっきり言わない? ── のが理由? ── だったりして?」
「……」
もう、ここまで来ると、唖然とするしかなかった。
「断定できるほど自信があることって少ないじゃないですか? ── だったら? ── ぼかしておいた方が傷つかなくて済む? ── とか?」
「とか? ── もういい。お前の意見を聞いたオレが悪かった。席に戻っていいぞ」
近頃では若い部下とのコミュニケーションは困難になる一方だった。ひとりひとり仕事はできるのだが、日本語を論理的に使わず、曖昧な言い方を多用する上、相手に同意を求めているのか甘ったれた語尾上げのために、どの程度本気で話しているのかがわからない。
「そうじゃないだろ」
と反論すると、
「あ、やっぱ違った? ── みたいな?」
などと同じ調子で逃げられるのだった。
(オレのように悩んでいる管理職は多いに違いない。若者たちに自信を持たせ、意見をはっきり言う習慣を身に付けさせるには、どうしたらいいだろうか)
アイディアがひらめいたのはその時である。
「おい、竹村君、今度の商品企画について、君はどう思う?」
「《肯定する皇帝》ですね? いい企画 ── だと思います」
「ほう、どういうところがいいんだい?」
「現代の若者の多くは、他人から支持されることによって、安心して自分の意見を語ることができる ── んです。この装置は価格もお手ごろ ── ですし、かなり売れると思い ── ますよ。我々社内若手モニターのアンケートでも、購入希望が90%を超えています」
私は竹村の顔を見た。
(《肯定する皇帝》のモニターになってから、この男の話し方ははっきり変わった)
その耳たぶの上には、補聴器よりも小さな装置が載っている。これが、私が開発した《皇帝》である。
「市場規模はどれくらいと予想している?」
こちらの問いに、竹村は、
「1台1万円 ── で年間50万台 ── として50億円と踏んでいます」
と答えた。
「なるほど」
自分が開発した製品である。竹村の言葉が間欠的にとぎれる理由はわかっている。
『──』の間は、耳に腰を下ろした《皇帝》が、オーナーにしか聞こえない小声で、
(その通り!)
(そうだそうだ!)
(合ってるぞ!)
(私も賛成だ!)
などと彼の意見を《肯定》しているのである。
単に肯定するだけなのだから、複雑な人工知能は必要なく、オーナーの言葉に反応する数種類のパターンを回路に組んであるだけだ。
しかし、たったそれだけのことが実に効果的なのだから驚く。
現実に竹村は、常にこうした《励まし》を《皇帝》から得るようになってから、すっかり自信を取り戻した。
「ようし、では、来週にでも宣伝部とキックオフ会議をするか」
「はい ── ではアレンジしておきます」
キックオフ会議でも竹村は絶好調だった。
「……以上のように、我々開発部サイドでは、この《肯定する皇帝》のユーザーを企業の若手社員に絞って宣伝すべき ── と考えます」
「いや、それは方向が違う ── と思います」
こう反論したのは宣伝部の青木だった。
「企業では、何がなんでも断定的に言えばいいもんじゃない ── はずです。むしろ《皇帝》は、大学入試の面接のように、答えの内容はともかく、物の言い方が評価される場に向いている ── と思います」
おや、と私は青木の横顔を見た。案の定、こちらの耳にも《皇帝》が鎮座している。
「いえ、面接対策用として宣伝したら、反社会的商品になって ── しまいます」
「いや、企業人に普及して間違った考えにいつまでも固執される方がよほど反社会的に ── なるでしょう」
「──」
「──」
《皇帝》が肯定する短い沈黙を内包した二人の奇妙な主張は、どこまでもどこまでも平行線をたどるのだった。
私は若い二人の議論に割ってはいりたくはなかったが、ついにたまりかね、立ち上がって言った。
「ちょっと待て、これじゃらちがあかない。ふたりとも、耳の《皇帝》を外して話してみたら ── 」
その瞬間、私の耳元で《皇帝》が囁いた。
(そうだ、そうだ、お前の言う通りだ)
私の声は自然に大きくなった。
「 ── どうなんだ!」
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実は、このショートショートを再掲しなかった理由がもうひとつあります。
このデバイスのアイディアを、AIと組み合わせてさらに高度に発展させたシステムが、ライバルのバイオテック・ショート・サーキット(BSC)社から《アンジー》として商品化されてしまった(↓)からです。
これに比べれば、《肯定する皇帝》なんざあ、オモチャ同然、かわいいモンです。
でもね、こういう単純なデバイスこそロバスト性も高く、《画期的な「0⇒1型」発明》なんです。