《常識》を疑ってみる (再勉生活)
昨日投稿したショートショートの中で、《三丁目の熊》は、スーパーのレジ係に餃子2割引きのクーポン券を5枚押し付け、
「2×5=10だから10割引きのはず」
と言い張った。
いくらなんでもこんな人間は小説の中だけ、と思われるかもしれませんが、実は、米国での《再勉生活》中に、妻が目撃しています。
スーパーマーケットのレジで、彼女のすぐ前の客が折り込みチラシから切り抜いた「20% OFF」クーポンを5枚取り出し、
「これでタダでしょ」
と言い出したのだそうです。
その客は、30代ぐらいのアジア人女性でした。
店員はもちろん、これは1回に1枚しか使えない、と残り80%分の代金を請求しました。この《非常識》な客に呆れ顔だったようです。
しかし、女性客はなおも食いさがり、不毛の議論が延々と続いた……。
「こりゃあかん、と隣のレジに並び直したわよ」
妻はそう言いながらも、
「しかし、あそこまでやるとは、ある種《アッパレ》感もあったわ」
と《敬意》もただよわせていました。
当時、私が大学で屋根裏オフィスを共にしていたアジア人ポスドク(♂)がいました。
「クーポン5枚でタダ」事件の女性も、おそらく同じ国の人です。
ある日、彼がとても不機嫌な様子で部屋に戻ってきました。
なんでも、自動車保険の更新に行ったら、契約を断られた、というのです。
「この1年間で3回保険を使ったんだが、それが限度を超えているって言うんだ」
日本の自動車保険も、前年の利用履歴により、次の年の保険料が増減しますよね。米国ではもっと厳しく、簡単に「高リスク客」とみなされ、契約更新自体を拒否されます。そうなると、別の保険会社に行かなければなりません。
「保険屋のヤツ、俺の利用履歴を見て言うんだ。『パンクとか、バンパーをこすったとか、少額の案件ばかりじゃないですか。私だったら、こんな小さなことで保険を使いませんよ。自分の金で払います』ってな」
──なるほど、そりゃそうだろう。
日本にいた時、無事故割引がなくなるのが嫌で、私もそうしていた。
少額事故を自腹で賄うのは《常識》だ。
「なんなんだ、この国は!」
ポスドク氏は、オフィスの壁に向かって叫んだ。
「使わないんだったら、一体、何のための保険なんだよ!」
保険業界のルールがあり、スーパーマーケットのルールもあり、それらのルールのもとで形成されていく《常識》がある。
しかし、その《常識》とは、欧米の資本主義社会で、しかも大企業主導で作られたルールに基づく《常識》なのだ。
私たちは、異文化から入ってきた人に、
「郷に入れば……」
と既存の《常識》を押し付けがちだが、その《常識》を疑ってみるのも、《進化》のきっかけになるかもしれません。
少なくとも、《カキモノ》のきっかけにはなるな……。