私の手帳術 デジタルアナログ共存
正直、今は手帳術と言えるほどのものを使っているとは思えない。
いわゆる使いこなすという言葉通りではない、というやつだ。
しかし、今の私に取ってはちょうどいいのが、今の方法。ということで、覚書のつもりで記載してみる。
まず、使っているものは、大きく分けて二つ
デジタル Obsidian、Google calendar ,たすくま
アナログ ロロ魔クラシックバイブルサイズ 24mm
基本的な考え方として、まず、手帳の定義をしよう。
わたしは、手帳というものを、①スケジュール管理、②タスク管理、③ノートの3種類を複合的に持ち歩ける状態にしたものとして扱っている。
だから仕事で使用するデータとか書類とかは、手帳には含まない。意図的に抽出して持ち運ぶこともあるが、それは、手帳にはさんだプリントのようなものと思ってもらいたい。
で、3つの視点でやっていることを書いてみる
①スケジュール管理
管理の視点では、Googleカレンダー一択と言ってほぼ差し支えない。ただ、全て自分の脳ではない外部で管理すると咄嗟な時にブッキングを起こす。なので、週の予定は、紙に書き起こしている。そうすることで、一見無駄なように思えたが、自分の脳内にインストールをしている感覚がある。
②タスク管理
タスクとは、行動として実行することができる状態の指示であるとした場合、自分の行動を事前にシミュレーションしておくにこしたことは、ない。それを整える部類になるのが、紙のノートで行っているデイリーノートだ。左側に時系列、右側に時間に縛られない行動を記載している。
ここでは、仕事のことが主に記載されている。ただ、ログとして、プライベートも混在している状態だ。理由は簡単である。なぜなら時間というものは、仕事もプライベートも分けられるものではなく,連続している。また、そこに生きる私たちは、隙間隙間で混ざり合っていることがあるからだ。そこの境目をきっちりしようとすると、自分は苦しくなった。だから混ぜた。
もうひとつ、案外プライベートのタスク管理の方がきっちりしている。
子育てしながら仕事をしていると、スマホを見ていないタイミングで行う細々としたことが多い。そしてそれを忘れると結構面倒。
だから、その対策として、たすくまというアプリを使用している。
タスクシュートクラウドを使用していた時期もあったが、ローカルで軽快な動作を優先した結果、たすくまにもどってきた。
行動管理をするのには、一つのものを見る、と制限した方が漏れがなく。らく。おもに、漏れない=自分の脳内でのリスケ率が減ったことが、有用性を感じている部分だ。
③ノート
ノートとは、なんでも記載している。ここでのノートは、私に取っての外付けSSD /HDDみたいなものだ。自分の脳内として扱うこともあるし、切り離す時もある。自分の思考を、感情を、思いつきを、脳内だけで処理せず、地位界部分ではあるが、言語化という出力をしている。
いつでもどこでも、記載できるよう、デジタルとなあログ、どちらも記載できるようにしている。
ここでのポイントがあるとすれば、整理をしないこと。そのためには、基本的に、従法は時系列に並べるということだ。
時間軸というのは、基本的に一本の道筋である。この道筋が複数あるのが、脳内であり、ネットワークである。ただ、整理をしようとすれば、基本的には一本道、少なくとも行きは一本でないと、いけない。だから、いっそ時系列にしてしまうという考え方だ。
検索性が落ちるのは正直ある。
ただ、そこまで読み返すことは少ない。
ここは、一時的に記載し,脳内に刻みつける意味合いの方が多いような気がする。
すくなくとも、今の私は、一度作成した文章を、そのまま流用できるような業務ではない。だからこそ、先に考えるという視点のもと、ノートの記載している
さいご
記録をするのが好きだった自分が、最近は、脳内を外部へと出力する機器として、手帳を使っている。
だれかが言っていたけど、手帳は何を使うかが重要なのではなく、何を書くかが重要である。
自分にとって重要なのは、なにか。それがいまは上記のような内容だということらしい。
ここまで読んでいただきありがとうございました。