回想その5…粗相と世話焼きをする猫
可愛げのない話だが、先日死んだ我が家の全盲の猫は外に出ると、メスなのに立ちションをする子だった。勿論、幼い頃に避妊してある。うちの界隈には野良猫が多くて、2区画向こうには猫屋敷(20頭ほどいるらしい)もあるから気にくわない外猫でもいるのだろう、猫の通り道にスプレーすることが多かった。でもそれは大したことない。ちょっと珍しいかなと思うだけ。
一番悩ましかったのは、家の中で粗相をすることだった。
引っ越しを2回したが、粗相するのはキッチンのシンク前の床と冷蔵庫前と決まっていた。なぜそこなのか、わからない。私が見てる前ではトイレでするくせに、ちょっと目を離すと粗相をするから手に負えなかった。
だから、彼女のためだけに広くもないキッチンにトイレ4つ(オシッコ用おまる2つとウンコ用システムトイレ2つ)を置き、さらにいつも粗相する場所にペットシーツをこれでもかというぐらい敷き詰めていた。すると、棚を置くスペースがなくなる。家事をするにはこの上なく不便で、足元の自由もなかったから、この悪い癖を何とかしたかった。怒ることはしなかったものの、消臭剤や忌避剤、ホルモン剤スプレー等、効果ありと聞けば買ってきて試した。猫の尿はしっかり掃除しても結構匂う。ニオイの残っているところに再び排尿するのが猫だから、きれいにふき取るだけでは根本的に駄目だろうとわかっていた。
こうゆうことは過度の神経質と分離不安が原因、ということになっている。対策として、できるだけ一緒に遊んだり留守番の時はラジオや音楽をかけっぱなしにして、音に過敏にならないようにする等、一般的なこと、思いつくことは色々やってみた。でも粗相がなくなることはなく、原因も分からずじまい。おかげで我が家のシンクの足元は引っ越してすぐ塗装が剥げた。
三毛猫は得てして気が強いことが多いが、彼女は自己主張が強い上に癇(かん)も強かったから、粗相もある意味諦めていた部分もある。近所のオス猫に言い寄られても、また同居猫にちょっとちょっかいされても(シャーッではなくて)キレたようなギャーッと奇声をあげて助けを呼ぶものだから、どうにも猫の友達ができなかったのも、ある意味しかたない。
こんな感じで、猫には厳しかったが、ヒトには誰に対しても愛想の良い猫で人見知りはしなかった。まあ、まわりの猫はともかく、自分の姿さえも見えてないのだから、自分はヒトとは違う生き物=猫だなんて考えることはできなかったんじゃないかなと。
↑ 冬のお散歩、初めての洋服・・・
そんな性格の彼女が、いつの頃からだろう、私の世話を焼くようになったのは。ずっと甘ったれで助けを求めるばかりだったのに。
週末の夜はネットやテレビを見て夜ふかしをすることが多い。平日は仕事で暗くなってから帰ることが多いから、食べて寝るのが精いっぱい。休みの前日は開放感からどうしても寝るのが遅くなる。ネットをしたり、パンを焼いたり、ビデオを見たりとあまり遅くまで起きていると、隣で静かにしていた彼女が突如として私の服の袖や裾に噛みついて前足で引っ張る。
「もう遅いから早くベッドへ行って。」と世話を焼く。まるで親にせっつかれているような。言うことを聞かないと彼女もだんだんムキになってくる。強めに噛んだり猫キックしたりで、あまりしつこくやられるものだから、わかった、わかったから、と彼女に従わざるを得なくなる。
↑ 「起きてる?」
翌朝、ゆっくり昼近くまで寝ていると、やはり枕元で「早く起きなさい」と言わんばかりに起こしにかかる。私の髪をガブガブ噛んでみたり、前足でワサワサ掻いてみたり、アゴや耳を噛んでみたり。起きるまでやる。髪の毛を爪に引っ掛けて引っ張られると結構痛い。もう少しゆっくり寝たいのに、彼女の起きろコールは手厳しい。先代の猫は、寝ている私の胸に箱座りしてじっと起きるまで待つという優しい?起こし方だった。が、さすがに5キロの体重で胸を圧迫されると息苦しくなる。起きかけに怖い夢を見るというのが週末の朝だった。あまり楽しい寝起きではないが、それでも彼女に比べたらまだかわいいものだ。
「あーわかった、わかったから」痛みに耐えかねてしかたなく起きる。餌がほしい訳ではない。夫に朝の餌をもらっていても、やっぱり同じことをするのだ。まあ、寝すぎると頭が痛くなる体質の私としては、彼女に従っておけば間違いはない、と自分に言い聞かせたものだった。
↑ 「バターちょうだい!バター大好き!」
我が家の夕飯は遅いことが多い。だから猫に夜の餌を与えてから自分たちの晩ご飯の準備にとりかかる。この時、仕事の疲れでなんとなくボーッと支度をしないでいると、夜の分の餌はもらってあるのに、私のところにやって来て、いつもの如く服の袖を噛んで、思い切り前足で引っ張る。
「晩ご飯の支度は? 早くご飯を作りなさいよ」と。
ハイハイ、ああもうこんな時間...とキッチンに立つ。彼女もキッチンにやって来て、ご飯の支度を私の背後から見ている。というか聞いている。夫いわく、この時の彼女はとても楽しそうだと言う。
シンクに水が流れる音、まな板の上で包丁を使う音···· キッチンの床に置いているクーラーボックスの上が彼女の定位置で、そこに座り聞き耳を立てて、私の調理する音を聴いているのが常だった。猫は水場が好きと言われてるけれど、だからこの子はキッチンに執着するのかなあ、でももう1頭のオス猫は全く関心がないから、本当のところはわからない。
晩ご飯の支度ができ、私たちがテーブルについて食べ始めるのを見届けると、「さあ、食べましょう」とおもむろに自分の餌場に戻って食べ始める。待ってなくていいのに、と思うのだけど、彼女は私たちと一緒に食事ができるのをいつも待っていてくれた。
実際には、彼女は世話を焼くなんてつもりは毛頭なくて、自分のいつもの日常を乱されたくないだけなのかも知れない。ほぼ決まった時間に決まった事ができる静かな毎日が彼女の日常だったから。でも私には彼女が、お節介だけど母性を持って私の世話を焼いてくれる、年上の姉や母親のような存在だった。ほんとに猫は飼い主をよく見ていてくれる。そしてうるさいくらいよく世話をしてくれる。
思えば、ついこの間まで自分の子供のように面倒を見ていたかわいい子猫がいつの間にか大人になり、いつの間にか私を追い越して、子猫の面倒を見るように私の世話を焼き、そして、いつの間にか老いて病気になって、私の目の前からいなくなってしまう。
わかっていることだけど、猫の一生って短くて、儚くて、一生懸命で、切なくて。
涙が出るほど、いとおしく思う。