25. ビートルズにおける「サイケ」としての『Magical mystery tour』
さて、前回まではザ・ローリング・ストーンズにおけるサイケの影響を確認してきたが、ここで「本家」としてのザ・ビートルズ(以下「ビートルズ」)についても考えてみたい。
ビートルズにおけるサイケ作品としては『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』(1967a)が有名だが、私個人としては、正直このアルバムは乗り切れないところがある。むしろ映画としては?だが(しかし、DVDのオーディオコメンタリーやSpecial Featuresを見た後で、改めてみると理解できるし楽しめる。日本的に置き換えれば、この映画は同じくバンドマンであるクレイジーキャッツやドリフの映画であり、そこに当時の名俳優(決して有名ではないかもしれないが「うまい」俳優)、名喜劇役者が集結していると捉えると分かりやすい。特にリンゴ・スターの叔母役を演じた人はある意味この映画の主役である)、音楽としてはイケる『Magical mystery tour』(1967b)の方を推したい。
残念ながら、このアルバムはあくまでサウンドトラックとしての位置づけでビートルズの正式アルバムとしては認められてはいないようである(その後認められたという説もある)。しかし、それでも、かなり聴きごたえのある作品である。あくまで映画(テレビ特番?)ありきで進められていたというところで、前述のストーンズで言えば『ロックンロール・サーカス』のサウンドトラック盤的な作品であるが、それ故に、当時、ビートルズが何をやりたかったのかが確認できる。映像のほうは、ある意味人任せにするしかなかったのであろうが、音楽の方は、さすがにビートルズであり、しっかりと作り上げている。
まずはタイトル曲である「Magical mystery tour」である。ここでは「Help」的な、旧来から明るく楽しく健康的なのビートルズのイメージをアピールしながらも、途中でテンポが変わることで、ある種の不穏な感じを醸し出すことに成功している(=ビートルズの「進化」「変化」を表すことに成功している)。そしてその不穏感は、これからなにが起こるのかというワクワク感へと変わる。
そして、続く「The fool on the hill」でその不穏さを受け継ぎながら、さらにその次の「flying」では、ある種の牧歌的さを醸し出す、と思った矢先「Blure Jay Way」ではまた不穏さが、「Your Mother Should Know」では切なさが提示され、「I Am the Walrus」ではそれらを突き抜けた上での「ロック」としての前に進む感(=転がり進む感)が提示される(しかし、ロックなのにバンドサウンドだけではなく、ストリングスに代表されるオーケストラサウンドも取り入れられてはいるが)。と、このアルバム(敢えて、「アルバム」という言い方をさせてもらう)、まさにマジカルでミステリアスな作品の宝箱となっている。
おそらく、ここまでがオリジナルのアルバム版に収録されていた曲で、CD版にその後に続く一連の曲は「selections」とあるように、後から文字通りに「セレクト」されたものであろう。ということでここではそれらには敢えて言及しないが(しかし、ここにボーナストラックとして収録されている曲はいずれも名曲ぞろいである)、ここで改めて確認できるのはビートルズは、この時期、もはやバンドでできるサウンドを超えたサウンドを追及していたということである。よって「映像」という表現手段を選んだのであろう。しかし、それは同時に「バンド」であることの意味を改めて考え直さなければいけないことではあった。前回のこのマガジンでも書いたように、ストーンズはそれに対しバンドサウンドに回帰することでそれを乗り越えた(しかしそれによって、ブライアン・ジョーンズは切り捨てられた)。しかしビートルズはそうではなかった。よって、最終的には解散することになるのであるが、その意味でも、この時期、いわゆる「サイケデリック」期は、ビートルズにとってもバンドであることと音楽家集団であることのジレンマを抱えていた時期であったと言えよう。
ということで、まずは、このアルバムは名盤であることを伝えた上で、次回はこの時期の前後のビートルズについて、あらためてアルバムを聴きながら考えていきたい。なぜなら事実として、その時期(サイケデリック期の前後)がまさにビートルズがビートルズとしての真価が発揮されている時期だからである。
なお、最後に余談になるが、このDVDやCDのジャケットにある着ぐるみは、「カワイイ」というよりも「不気味」であり「不穏」と捉える人が恐らく多いであろう。
後にキューブリックが映画『シャイニング』で描いた「犬男」や、村上春樹のある種のLife time テーマ(主題)である「羊男」もここからヒントを得ているのでは、とも考えらえる。事実、村上春樹には『ノルウェイの森』、『ドライブ・マイ・カー』といったビートルズの曲名に由来するものもある。「かわいい」(=かっこいい)と「不気味」(=不穏)との谷、ある意味そこが、ビートルズがこの時に通過せざるを得なかった一線であり、ジレンマであったという言い方もできよう。そして、その時に「サイケ」というムーブメントがぴたりとはまったのだと。