連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第二十一話 言うはずがなかった言葉
関谷が濡れたまま校舎に入ると
「うおっ」
滝川が二度見しながら驚く。
「滝川・・・」
「どうしたんだ、関谷。そんなずぶ濡れで」
駆け寄って伸ばしたその手を払われる。拒否されたことに、さらに驚きを隠せない滝川。
「あ、ごめん・・・」
そんなことをするつもりはなかったのに、手を払ってしまったことに罪悪感を感じる。
「いや、こっちこそごめん」
反射的に謝る滝川。
「滝川、申し訳ないけど一人にさせてくれ」
いつもの関谷らしくない言葉に何かを感じたのか
「わかった。風邪ひかないように」
気遣うような一言を言い残して離れる。
一人になった関谷は心ここにあらずといったような顔つきで時間が経つのに気づかないくらいぼんやりとする。
そのまま五分が経とうとした頃にようやく、教室へと足を向ける。
当然、担任やクラスメイトには驚かれたが、時間が経てば誰もがそんなことを忘れていく。
休み時間になると、ずぶ濡れの制服は着心地が悪くなる。
(着替えるか・・・)
体操着を取り出して更衣室へ向かい、電気をつける関谷。誰もいないのに安心すると近くにあるソファにドンっと座り込むと同時にスマホを取り出す。
ー“男が好き” ただそれだけなのに、どうしてこんなに苦しいー
珍しく弱音を吐くように言葉を並べたツイート。
重たくのしかかる現実は俺の目の前にある。
誰かが傷つくくらいなら自分が傷付けばいい。そう思うのは独りよがりだろうか。
そんなことばかり頭の中を渦巻いて離れてくれない。
思いっきり首を左右に振って頬を軽く叩いて
「あんまり考えちゃダメだ」
言い聞かせるように呟いて鏡の前に立って無理に笑顔を作る。望んでいない表情だとしても・・・。
その頃、花森は昼食を早めに買おうと購買を訪れていた。
「今日は何食べようかな〜」
ウキウキ気分で棚に並べられた商品を一つ一つ眺めて悩んでいる。
「花森さん?」
横から声をかけてきたのは星崎。
「星崎先輩!こんにちは。星崎先輩もお昼買いに来たんですか」
「お昼というより、ちょっとお腹すいちゃって・・・」
笑ってそう言う。
「そうだったんですね。僕はラーメンを食べようと決めてるんですけど、どの味にしようか迷ってて」
「ラーメンか、人気なのは醤油ラーメンだね」
醤油ラーメンを指差す。
「じゃあ、それにします。ところで、関谷先輩、何かあったんですか」
商品を手に取りながら花森が尋ねる。
「え?」
「あ、いや、気のせいならいいんですけど、廊下でずぶ濡れ状態になってる関谷先輩らしき人を見かけたので」
「それ、どこの廊下!?」
肩を掴んで強く揺らす星崎。
「落ち着いてください・・・」
揺らされながらも、宥める。
「二階の廊下です」
「ありがとう!」
お礼を行ってから教えてもらった場所に向かう星崎。
ーーーハッハッハッーーー
呼吸が早くなるのを感じながらも走る。
着いた瞬間、辺りを見回して関谷を探すが、誰もいない。
「颯・・・どこにいるのよ」
ぼそっと漏らす。その時、滝川が廊下の片隅で何やら深刻そうな表情で考え込んでいるのを見つける。
「滝川くん、颯見てない?」
「今日は珍しく寝坊して遅刻しちゃったんで一時間目の途中ぐらいに会いましたよ。でも、今は会わないほうがいいと思います」
先ほどの関谷を思い出して、そう伝える滝川。
「どうして」
「星崎先輩って関谷先輩の幼馴染でしたよね。僕、関谷があんなに辛そうな表情してるの初めて見たんです」
「いつも元気な颯が・・・?」
信じられないと言うような反応をする。
「星崎先輩もそう思いますよね。何か悩みとか聞いたことあります?」
「いや・・・。
いつもバスケのことと妹のことばっかりで、悩みなんて聞いたこと一回もないの」
思いかえせば、颯はずっと幼馴染であるわたしに“悩み”を打ち明けてくれたことがない。逆にわたしの方が聞いてもらってばかりだった。
「どうして、気づかなかったんだろう・・・」
自分を責める。
「もしかしたら、僕より星崎先輩の方が、関谷先輩が話しやすいかもしれないです」
「わかった、聞いてみる。教えてくれてありがとう」
手を振って駆け出す星崎。
教室、廊下、理科室・・・。どこを探しても関谷は見当たらない。
(どこにいるのよ、颯!)
こんなに見つからない状況にザワザワする気持ちが高まっていく。
ーーータッタッタッーーー
「最後はもう、ここしかない」
体育館前のドアに手をかけようとした時
ーーーダムダムダムーーー
何かの音が繰り返されるように聞こえてくる。
わずかな望みを期待してドアをあけると、そこには関谷がいた。
星崎の姿に気づく様子はなく、バスケットゴールに向かって一心不乱にシュートをうつ。まるで、何かに取り憑かれているのを払拭するかのように。
「颯!」
大きな声で呼びかける。その声に関谷は手を止めて声の主を探す。
「碧・・・」
「颯、最近どうしたの。何か悩んでる?」
一歩一歩近づくように歩く。
「碧、何もないよ。ちょっと体調が悪いだけだって」
「本当に何か悩んでるならー」
友達として、幼馴染として本当に心配しているからこその言葉だった。だけど
「うっせえよ!」
急に大声で叫んで拒むような態度をあらわにする関谷。
「そういうのやめてくれないか。
碧はさ、いつも真面目で周りから信頼されてて。いつも自分が正しいと思ってる。
そういうのうんざりなんだよ」
「そんなことない・・・」
スカートをぎゅっと強く握りしめる星崎。
「もう、俺に関わらないでくれ」
冷徹な目で言い放って星崎の前を通り過ぎる。
「颯!」
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