連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第三十八話 “性別“じゃないキミ
校舎がオレンジ色に染まっていくなか、生徒会室ではみんなが揃っている。
その後ろには片山先生も静かに見守っている。
一人一人を見渡しながら、ふーっと深く息を吐いてから星崎が口を開く。
「わたしは、どっちかに決められない。いや、決めたくないの。
男性でも女性でもどっちでもあるのがわたしだって思ってる。それでも、みんなと関わっていくなかでいつも“性別“の問題にぶつかる。
その度にわたしはどっちかを選ばなきゃいけない選択を迫られる。
選ばないっていう選択肢は、最初から用意されていなくて・・・」
語られていく星崎の本音に、誰もが固唾を飲んで聞いている。
「それが、苦しくて・・・。
息のできない海の底にいるみたいで手を伸ばしても誰もつかんではくれない。それなのに、いつかはどっちかに決められるんじゃないかって期待をどこかに持っていて、それに傷つく繰り返し。
おかしいでしょ?」
自己嫌悪に陥りそうになる星崎。
「星崎先輩。僕が先輩に憧れてる理由知ってますか。
ー去年の一月に行われた生徒会役員選挙の日。
「ああ、緊張する。僕にできるのかな・・・」
最終演説の順番が近づくたびに緊張が増す滝川。それを必死に紛らわそうと手のひらに「人」の字を何度も書いては飲み込む。
ふと、隣に目をやると全く同じように「人」の字を飲み込んでいる人がいるのが目に留まった。
すると、その人と目が合う。
「わたしたち、緊張してるね」
クスッと笑うその人は生徒会長に立候補する星崎だった。
「星崎先輩でも緊張するんですね」
何だか緊張しているのも馬鹿らしく感じてきた滝川。
「誰でもそういうのあってもいいんじゃない?」
そう言った星崎先輩が眩しすぎて、その日から僕の憧れの存在になったんだー
その時も、今も星崎先輩のことを僕は“性別“で見たことはないですよ」
思い出を語る滝川に続くように、関谷も口を開く。
「碧、この前の五月雨祭でそのままの俺でいいって言ってくれたよな。その言葉、俺からも同じ言葉を言うよ。碧は碧だ」
そう伝えた後、
「そうです」
花森と月城も口々に言う。
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。この水標祭、わたしはロミオ役もジュリエット役もやりたい。だから協力してほしい」
頭を下げる星崎。
「もちろんですよ」
花森が星崎の手を握ったあと
「みなさんにも配りますね」
台本を取り出して、滝川、月城、関谷に渡す。
みんな内容が気になっていたようで、その場で読んでいく。
「わたし、これを読んで素直にやりたいって思えた」
それぞれ、読み終わったようでパタっと台本を閉じる。
「これなら、星崎先輩も僕たちもやりたいことができますね」
納得したような表情を見せる月城。
「もしかしたら、何かしら言われるかもしれない。それでもわたしはこの『ロミオとジュリエット』をやり遂げる、みんなと一緒に」
目配せをした後に宣言する。
その様子を後ろから見ていた片山先生は静かに生徒会室を出ていき、その足で保健室へ向かう。
「青野先生」
机に向かってパソコンを睨んでいた青野先生に声をかける片山先生。
「ああ、片山先生。どうしましたか」
体をこちらの方に向ける。
「星崎さん、自分の気持ちを生徒会役員たちに伝えられたみたいです」
さっきまでの出来事を報告する。
「そうですか。それはよかった。どうなるか心配だったけど、滝川たちなら大丈夫だな」
「ええ、そうですね。生徒会劇が楽しみになってきました」
ワクワクするように話す青野先生。
「そういえば、成井先生はどうしたんですか」
珍しく成井先生がいないことに気づく片山先生。
「ああ、成井先生は別件で席を外してるんです。あ、少し休憩して行きませんか」
立ち上がって珈琲を淹れる青野先生。
「じゃあ、お言葉に甘えて・・・」
コーヒーカップを受け取り、ソファに座る。
ーーーコンコンーーー
「はい」
青野先生が返事すると、入ってきたのは新聞部の榛名。
「ちょっと相談というより、聞いてほしいことがあって」
少し元気がなさそうな顔をしていることに気づく青野先生。
「どうした、元気なさそうな顔してるよ」
紅茶を机の上に置いて榛名の前に移動する。
「その・・・星崎会長を追い詰めたのは私だと思ってるんです。星崎会長にはロミオ役しか合わないって言ったから・・・」
自分を責める榛名。
「榛名はきっと、理想の星崎でいて欲しかったんだろ?その気持ちはわかるよ。
でも、最後に決めるのは星崎なんだよな。その結果、叶わないこともある」
榛名の気持ちに寄り添いながら話す青野先生。
その言葉を聞いて
「私にできることってなんだろう・・・」
そんな問いが榛名の中に浮かぶ。
だけど、すぐには思いつくことができなかった。それ以上に自分がしてしまった過ちを悔いるように唇を噛み締める。
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