連載小説『キミの世界線にうつりこむ君』第二十五話 言葉の刃
「佐渡君」
アップが終わって、タオルで汗を拭いている佐渡の下へ松永さんが声をかける。
「こんにちは!今日はよろしくお願いします」
背すじをピンとする。
「今日の試合、佐渡君のプレー楽しみにしてるからな」
ほんの少し圧をかけるように言う。
「はい、期待に応えてみせます」
プレッシャーを感じながらも元気よく答える。
「じゃあ、私は観客席にいるから」
挨拶を済ませると松永さんは観客席へと向かう。
(今日は、絶対にミスできない・・・)
関谷の方を見ながら
(大丈夫、あいつと一緒ならできる)
自分を奮い立たせるようにそう言い聞かせる。そして、観客席が見守るなか
ーーーピピーッーーー
ジャンプボールと同時に試合開始のホイッスルが鳴り響く。開始早々、佐渡がドリブルで攻め込む。
それを塞ぐように三人がかりでガードする相手。囲まれる前に
ーーーシュッーーー
ノールックで誰もいないところへパスを出す。
「誰もいねえぞ!」
三人のうち、一人が叫ぶと
「ふっ」
誰もいなかったはずのそのスペースに関谷が走り込み、キャッチする。完全にノーマーク状態でそのままシュートを放ち、先制点を奪う。
「あいつ、化け物かよ」
呆気に取られる青藍中のキャプテン。その勢いに乗るように、水標中がどんどん点数を重ねていく。その展開に観客は
「やっぱ、関谷はすげー!」
「このままいけば、水標中が勝つんじゃないか」
褒めちぎる声と盛り上がる声で包まれる。このまま前半を終え、休憩に入る。
「よし、関谷。このままいくぞ」
片山先生が誇らしげな表情で褒める。チーム全員で円陣を組み、後半へ向かおうとコートに戻り始めた時
「皆さーん!聞いてください!」
観客席から誰かが大きな声で叫ぶ。ギョッとしてその声のした方へ全員が振り向く。
「そこにいる、水標中学男子バスケ部の関谷颯はゲイです!
彼女が欲しいなんて言いながら、嘘ついてきたんです!」
その人物は百合で、突然もたらされた告白に誰もが言葉を失う。
「嘘をついて、私たちを欺いてきたんです!その証拠もあります!」
プリントされた画像を一気にばら撒く。
ひらひらと宙を舞う紙は観客席やコートに落ちていく。その紙を一枚拾い上げた関谷は、見るや否や青ざめる。
「なんだよ・・・これ、消したはずなのに・・・」
そこには自分が消したはずのツイート内容が書かれていた。
ガタガタと震えが止まらない関谷に追い打ちをかけるように、さっきまで一緒にいたチームメイトや観客席の間で
「え、ゲイなの、あいつ」
「一緒にいたらうつるんじゃね」
心無い言葉がヒソヒソと囁かれる。
「滝川先輩・・・」
花森が滝川の方を見つめて何か言いたげな顔をする。
「わかってる、こんなの許されるはずがない」
百合の方を睨みつけるが、百合は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ねえ、みんなどうしたの・・・?」
さっぱり状況が掴めない琴が不思議そうに見つめる横で母親は言葉を失っている。
父親は
「息子がゲイ・・・?そんなことあるか!」
わなわなと怒りで震えている。
「おい、関谷、やっぱり・・・」
佐渡が紙を見ながらそう言う。
「やっぱり・・・?佐渡、お前、知ってたのか」
親友の佐渡までも知られていたことに驚く。
「関谷、今までお前のこと親友だって思ってた。
でも、ゲイであるお前のこと・・・親友として見れない」
残酷にも突きつけられる一言。そこに降りかかるように
ーーーダダダダダダッーーー
観客席から関谷のもとへ、ものすごい勢いで下りてくる一人の男性。
「颯」
「父さん・・・」
父親が目の前に立ったかと思えば
ーーーガンッーーー
その光景に
「えっ」
信じられないというように床に倒れ込む関谷。
「颯、お前なんか息子じゃない。私の息子がゲイであるはずがないんだ」
ヒリヒリとしびれる拳は関谷を殴ったことを物語っている。
「父さん、どうしてなんだよ」
まさか父親に殴られると思っていないショックと親に信じてもらえない絶望で感情が、わけがわからなくなる。
「僕は、父さんにとっては“いらない”の?」
「ああ、必要ない。私が求めているのは、道を踏み外すことがない・・・そんな息子だ」
父親にさえ、自分の生き方を肯定してもらえないその苛立ちに
「あああああああーッ」
立ち上がって父親の顔面を思いっきり殴る。関谷なりの精一杯の反抗。
対する父親も応戦し、殴り合いになっていき、試合どころではない。
「成井先生、止めに行きますよ!」
青野先生と成井先生が一斉に立ち上がって関谷たちを止めに行こうと階段を下りて必死に引き離す。それに抗いながら、殴り合おうとする親子。観客が見ているのも構わず、繰り広げられる光景に
「颯!」
切り裂くように一人が立ちあがる。
「今、聞きたくないかもしれないけど、全然気づかなかったし、そんなに悩んでいたこともわからなかった。
でも、わたしは颯が“ゲイ”でも構わない。
それもひっくるめて颯だってことは変わらないよ」
大粒の涙をこぼしながら必死に叫ぶ星崎。
「碧・・・」
少し動きが止まる。
「初めて会った時に交わしたあの約束、忘れちゃったかもしれないけど、その約束に支えられてきた。お互いに“一生懸命自分らしく生きる”って」
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