投薬プラン変更
看護師に医師との面談に来るように指定された日。
私は母より先に病院につき、病室の父を見舞った。
今回の入院の目的は、「血糖値が安定しない原因究明」と「新しい投薬プランの確定」。血糖値が安定しない理由はわかったため、それに応じた投薬プランを医師が決める。そして、そのプランでなんとかうまく行けそうならば、退院指示が医師からでる。
つまり、医師との面談前の今はまだ退院指示はでていない。
だが、父の様子はおかしかった。
「明日、退院なんだよ」
いや、そんなはずはない。
そして、父は続けていった。
「このへんに昔は銭湯があったんだけれどさ。鈴木さん(仮名)と一緒にいったんだ」
「俺が若い頃には、銀座は路面電車が通ってたからな。けっこうココまで簡単にこれた」
これをなんども、なんども……。
そして、最近のことを聞いても「忘れちゃったよ」と答え、再び同じ話題を繰り返した。
認知症、もっと進んでる?
入院すると認知症はすすむ?
実は前年に父は左足大腿部の血管にステントをいれるという手術をしている。血管の壁がボロボロになって、足先まで血が行き渡らないというのがその理由。だからボロボロの血管のところに管を入れ、血液を足先まで届けるようにするというものだ。そのときも3週間ぐらい入院したのだが、やはりなにか言うことがいつもと違う感じがあった。
入院しているとあまり人と話す機会がなくなるから、一時的に認知症っぽくなることはありますとは聞いていた。さらには、退院後はもとに戻っていたので、あまり心配していなかった。
だが、今回の入院ではどうだろう。
入院前に、父は認知症っぽい症状をだしていた。もしかして、今見ている症状は
退院後も続いてしまうのだろうか?
少しの不安を覚えていると、母が病室に到着。そして入院時担当の医師から呼び出しがあり、部屋へ移動した。
薬の変更・訪問看護の導入
医師は開口一番述べたのは次のことだった。
「お父様はすでに80歳という高齢者です。厳密な血糖値の管理というより、今後は無理のない範囲で血糖値管理をしていくことが重要になってきます」
「とはいえ、インシュリンが体内で作ることができなくなっていうお父様の、血糖値の不安定に一番大きい影響を与えていることは排除しなければなりません。それは注射を正しく打てなくなっていることです」
「ですので、今までは朝昼晩と打っていたインシュリン注射を朝晩の2回に」
「そして、インシュリン注射は同居されているご家族の方に打っていただきます」
こう言われても、母は自分に言われているとはピンときていないようす。はぁ、そうですかー。わかりましたー。とあっさり答えた。
その母の返事で医師は納得したのか、すぐに「じゃ」といって席を立とうとしたので、わたしは慌てて医師を引き止め、矢継ぎ早に聞いた。
「インシュリン2回に変更っていうのはどういう影響があるんですか」
「注射を母がうつといっても、適切に打てない場合がありますよね」
「退院のみこみはどんな判断に基づきだされるのですか」
「父は認知症の可能性があるかもしれません。それでも父はこの東京の病院に通わなければならないのでしょうか」
医師は、ああ、はいはい、というような軽いうなづきをしたあとに説明を始めた。
「インシュリン3回打ちを2回打ちに変更するということは、効きすぎて低血糖になってしまう可能性もありますし、逆に効かない危険性もあります」
「ですので、2回打ちでどれだけの安定を保てるかを判断できるまで入院してもらいます」
「お母様が注射をうつことに関しては、訪問看護にきてもらって、時折見てもらってもいいんじゃないでしょうか」
「病院を変えたいということがあるならば、ご自宅の近くの病院に変えるというのもありますね」
「ご自宅の近くの病院に」と医師がいったとたん、母は「いえ、こちらに通います。お父さんはこっちの病院じゃないと…」といい出したので、思わずわたしはきつい口調でたしなめてしまった「認知症が疑われる今、東京に通うのはほんとに無理。いつかは近所の病院に見てもらったほうがいざというときに助かる。県境を超えて、救急車で運んでもらえないし。なにより、わたしだってすぐには行けないんだよ」
「でも、いや。わたしがそれを決めるのなんていや。お父さんになっていわれるかわかんないもん。あんたがお父さんに言ってよ」
な、なにを!っと、怒鳴りたくなる気持ちを抑えた瞬間、医師から「まあ、看護に関しては実際に看護されている、同居されている意見が尊重されますので、おいおい病院の変更に関しては決めればいいのではないでしょうか」
この「おいおい」が続いて早10年は立っている。もっと父も母も動けなくなるまで、東京の病院通いは続くということなのか。
先行きが不安なまま面談を終えた。しかし、「訪問看護」というキーワードがでたということは、なにか新しい看護プランをかんがえなければいけないということだ。わたしは家に帰りつくと同時に、姉や兄と今後のことについて話したいとテキストメッセージを送った。
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