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ていたらくな休日と老紳士
昨日の昼間、泥のような疲れに身を任せ、家でゴロゴロしていたら、施設のナースから電話がかかり、ある方が急変したという報告だった。突然意識が無くなったとのこと。
ご家族様と先生を呼んでくれるよう指示したが、それから2~3時間経ってから『下顎呼吸になっているけれど頑張っていらっしゃいます。』という報告が来た。
ご家族様共々、施設で最後を看取って欲しいと仰っていた方だけれど、できることなら元気でいて貰いたいと常々思っていた。でも、もうダメなのか。もう、会えないのか。お休みの日に行ってしまわれるのか。
いつ『今、止まりました。』という連絡が来るのだろうと電話を見つめていたけれど、日が暮れて来た。
夜の部になれば私の出番になる。休日だろうが何だろうが、今のところ、施設のオンコールは私一人で請け負っているので。
しかし、夜がふけても音沙汰がないので、施設に電話して訊いてみたところ、もう普段通りに戻って、大声でお喋りしていらっしゃるとのことだった。ほっと胸を撫でおろした。そんなことってあるのかな?と疑念を抱きつつも一先ずは、良かった。
でも、変な感じがして、とうとう眠れなかった。
そして今朝、真っ先に向かうと、目をぱちくり開けて『おはよう。』と。
顔色もピンク色だった。本当に、持ち直してくれたんだ!良かったよ!また会話が出来た。顔が観れた。会えた!
皆が皆、昨日逝ってしまわれるのか?と思っていたので驚いた。
さらに、その後、記録を読んだ私は、ビックリしてしまい、介護士の元へ走って行って訊いた。『朝ごはん、全部食べたの?』
『はい。食べる!食べたい!って仰って、全部食べました。』という返答だった。信じられない。昨日、下顎呼吸だったんでしょ?
そして、お昼ご飯の頃になると『ご飯、まだ?』と仰っている。
嬉しかった。
ところが、しばらく他の仕事をしていたら、『〇●×▽◇!!!!』と喚く声が聞こえた。確か、私の名前を呼んだかのように聞こえたが、誰の声か分からないほどの雄叫びだった。
その場に居たナース3人で走って行くと、それは、この方に食事介助をしていた介護士の声だったことが分かった。彼女は号泣している。
テーブルには、綺麗に平らげたあとの食器が並んでいて、昨日亡くなると思っていたが、すっかり持ち直したはずの老紳士が、気持ちよさそうに眠っていた。口元に笑みを浮かべて。
それは、もう目覚めない深い眠りだった。
聴いたところによると、この老紳士は、昼食をぜーんぶ食べた後に、この介護の女の子と楽しく談話していたそうだ。
そして、ある瞬間、『今日は、あの人も良く眠れると思う。』と言ったそうだ。
『え?誰のこと?』とその子が彼に訊き返すと、
『僕も、もう寝る。』
ときっぱり言ったそうだ。そう言って、目を閉じるのと呼吸が止まるのがほとんど一緒だったのだという。
彼女は、数秒の沈黙のあと、絶叫して私の名前を呼んだ。声にならない声で。
吸引しても、何も引けなかった。最後のランチは、全部しっかり、彼の胃の中に納まったということだ。
覚悟していた事とは言え、駆け付けるなり号泣している奥様に、介護の子が一部始終を話していた。自分も嗚咽しながら、一生懸命喋っていた。
『ちっとも、苦しまなかったんですよ。ある職員のことを、今日は眠れると良いなっておっしゃって、それから、それから・・・、”僕も、もう寝る”と、そう仰って、本当にそのまま眠ってしまわれたんですよ。』と。
『この人らしい。』と奥様は言った。
皆で、お見送りをすることが出来た。施設、みんなで。
人は、その時が近づくと、あちらこちらを行ったり来たりすると言われている。もしかしたら、昨日の昼間、疲れに任せてゴロゴロしているていたらくな私が『会えずに行ってしまわれるのか・・・』と言っている光景を、傍で観ていらしたのかも知れない。
夜になればなったで、眠れずに色々考えている私と、どこかで何かの回路が繋がって、全てご存じだったのかも知れない。
お別れは本当に悲しくて、しばし立ち尽くしてしまう私たちだったが、今日も故人の優しさを受け取り、改めて偲び、心から感謝し、心のままに泣きじゃくり、お見送りをした。
お疲れさまでした。ありがとうございました。