カセットテープ・ダイアリーズ

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自宅から徒歩15分のところにミニシアターがあり、首記の映画を観た。

1987年、イギリスはルートンという田舎町。パキスタン移民の息子ジャベド(ヴィヴェイク・カルラ)は高校生活にもパキスタンのしきたりを守る厳格な家庭にも倦み、ペットショップボーイズなど聴いて自らを慰める日々。
彼の唯一の楽しみは「書くこと」。詩や日記を綴っては、秘かに作家を志していた。。

当時はサッチャー政権。新自由主義が跋扈し、GMの子会社で自動車工として働く父マリク(クルヴィンダー・ギール)は首切りに遭う。再就職ままならず、家計を支えるのはミシン縫いで日銭を稼ぐ母と姉のみ。もちろんネオナチ・ネトウヨ が跳梁、唾や小便をひっかけられるは「朝鮮人は日本から出て行け!」と住宅に落書きされるわ。

カレッジに進んだジャベドはそんなある日、ルーブスなるシーク教徒(アーロン・ファグラ)と出会い、ボスことブルース・スプリングスティーンを知る。
https://youtu.be/IxayaUn1V6I


ここから人生が回りだす。。。

◆予告編
https://youtu.be/99u8FYEXurY

縦糸は父と息子の物語。これは島崎藤村以来というか何といおうか。男なら誰でも経験したことあろうが、父親との懸隔・世代や考え方の違い・そして反発。
横糸は音楽を通じた個人の成長。ボスの曲が、それを彩る。
そこへ社会環境や友人の家庭 ー ジャベドの彼女イライザ(ネル・ウィリアムズ)等 ー が補助線として加わり、ルービック・キューブ、ウォークマンなど当時のアイテムが花を添える。

「こげな田舎におらるうか!」「ここより他の場所(by大江健三郎)」は、田舎に生まれた青少年が思うところ。今は地方も都市化が進み、また東京や京都の大学を出そうとすればとんでもない経済的負担。〝いい学校を出ていい会社へ“なる価値観も社会情勢も崩壊しておるから、若者が地元に止まる志向も宜なるかな。
しかし往時は洋の東西を問わず、出て行くことができた。これが悪化したのは全てサッチャー・レーガン・中曽根大勲位(そして小泉純一郎、竹中平蔵)のせいである。

※サッチャー政権の悪政を間接的に描いた英映画は他に「リトルダンサー」「ブラス!」などがある。
※新自由主義による痛みは英国でも今なお続いており、先日紹介したブレイディみかこ氏の著書に詳しい。

さて本作のカット割といい色使いといい、「ボヘミアン・ラプソディ」によう似ておる。特に室内・家庭内のシーンが。
監督あるいは撮影監督が同じかと思えばさにあらず。しかし監督はグリンダ・チャーダなる女性で、ナイロビ生まれのインド系。フレディ・マーキュリーと出自も近く、きっとあの映画を観たものだろう。
ちなみに彼女、MBE(大英帝国勲章)を持っているそうな。

脚本は原作者のサルフラズ・マンズール。1971年ルートンに生まれたパキスタン系英国人で、現在は作家・ジャーナリスト。つまり本作は自伝である。
自身の青春期を回顧した著作がボス本人に気に入られ、それで映画化することになったとか。

原題はBlinded  by  the Light(光に目が眩んで)。さて誰がいったい、どんな光に目が眩んだのでしょうか。それは映画を見てのお楽しみ。

しかしこれは、先ずもってミュージカルである。それも珠玉の。
例えば・・・

父ちゃんが失職したけん、金を稼がねばならん。ジャベドはモール中の店に尋ね「何でもやります、仕事を下さい」と頼む。が、どこも不景気で、なかなか雇ってもらえない。
最後に訪れたのが友人マット(ディーン=チャールズ・チャップマン)の父親(ロブ・ブライトン)が経営する道端の服屋。友人父もまたボスのファンで、こんなことに。
◆サンダーロードのシーン
https://youtu.be/enH-q4GVoRo


次いでこのシーンは、俺にも覚えがある。高校時分、放送部の友人を脅迫・放送室をジャックして、まさに延々この曲をかけさせたもの。
◆Born to Runのシーン
https://youtu.be/hz0GTiHoPNY


本作は、決して泣くような映画じゃない。英国の片田舎に生まれた移民の実話に基づく青春物語であり、今に連なる社会を描いたもの。

しかし俺は何度も腹が震えた。泣きそうになった。
それは自分の昔を思い出したからかもしれないし、ー 実際、若かりし時に俺を救ってくれたのがボスとジャクソン・ブラウンである ー 「時空も場所も超え、同じげな人がおったとやね」ち言う、感慨かもしれない。
いちばんの理由は、ボスの音楽が物語となり、音楽の力を言葉の力を、未だに信じているということだろう。

大作・大ヒット作の類ではないが、すこぶる名画である。ぜひ映画館でご覧いただきたい。

だって、はあ。俺の近くの席にいた女子高生が泣きよったばい。ブルース・スプリングスティーンも知らんとに。
俺のイチオシはそして、ジャベドの近所のオッさん(デビッド・ヘイマン)だったりする。

これ、絶対に宝塚でやるべき。


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