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“音楽”とは違う“音のアート” ーーこの場でしか体験できない「耳で視る」展覧会|evala 現われる場 消滅する像(NTTインターコミュニケーション・センター [ICC])

NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]で開催中の「evala 現われる場 消滅する像」展は、一般的にイメージする「展覧会」とは少し様子の違った展示。

そこには、視覚に頼らず、耳で「視る」作品が並びます。多数のスピーカーが創り出す立体音響や無響室を活用した展示など、まさにその場でしか体験できない展覧会です。


音楽家・サウンド・アーティスト evelaとは

evalaさんは、音楽家個人としての活動だけでなく、多様な分野でのコラボレーションを行い、幅広い分野で活躍するサウンドアーティスト。2017年に始動した「See by Your Ears」プロジェクトは、立体音響システムを駆使し、聴覚を通じて視覚的な想像力を刺激する作品群を生み出しています。

また、公共空間、舞台,映画などにおいて、先端テクノロジーを用いた独創的なサウンド・プロデュースも手掛けてきました。

1) 目ではなく 「耳で視る」展覧会

「evala 現われる場 消滅する像」展では,evalaさんの活動史においても重要な作品を制作するきっかけとなった、「無響室」を使った作品《大きな耳をもったキツネ》をはじめ、「See by Your Ears」シリーズの,本展のための新作を含めた,現時点における集大成となる展覧会。ICCの全館を使って「音」の作品が展開されます。

「evala 現われる場 消滅する像」展 エントランス

《Sprout “fizz”》 [2024]

"会場を入るとまず目の前に広がるのは、無数の小型スピーカーが生み出す音響が特徴的な《Sprout “fizz”》。形状の異なるスピーカーが足下と壁面に空間的に配置され、そこから延びる無数のコードは、植物が絡まり合う様子にも、人体の血管のようにも見えてきます。

《Sprout “fizz”》 [2024] / evala

鑑賞者はその空間を自由に歩き回ることができ、移動に伴って、小さな音が密集して群れのようになったり、一つ一つの個に分かれたりと、音の響きが変化していきます。全身で音を浴びる感覚で、自分が森の中を歩き回っているようにも、音そのものが生命であるかのようにも感じられました。

《大きな耳をもったキツネ》 [2013–14]

「See by Your Ears」プロジェクトの原点ともいえるのが、「無響室」の作品《大きな耳をもったキツネ》です。

「無響室」とは、周囲からの反射音がなく、対象物から直接出ている音だけを測定したり、実験したりできる部屋。

(余談ですが、ジョン・ケージは、1951年にハーバード大でこの「無響室」を体験したことが《4分33秒》の誕生につながったとも言われています。)

京丹後でのフィールドレコーディング音源をもとに制作された本作は、録音された環境の残響や反射音を擬似的に再現したもの。

波の音や雨音、人のささやき声が近づいたり、遠ざかったり、時には耳元をかすめたり…と、音が空間を移動していくよう。視覚がほとんど遮断された暗闇の中、音から視覚的な情景が頭の中に描き出され、まさに“耳で視る”体験です。

本作品は2013年から14年にかけて制作されたもので、これまでにもICCで何度か公開されてきましたが、改めてここでしか体験できない、必聴の作品だと感じました。今回の展示では5つの作品の中から1作品を選んで体験できるので、この作品のためだけに年間パスポートを買って何度か訪問したいと思う作品です。

なお、今回の展示ではオンラインで事前予約も可能です。https://webket.jp/pc/ticket/index?fc=00434&ac=0100

2) 視覚と聴覚が一体化する作品も

《Score of Presence》 [2019]

聴覚に特化するだけでなく、視覚と聴覚が融合した新しい感覚を生み出す作品も。

《Score of Presence》は、特殊印刷技術と平面パネルスピーカーを組み合わせた“音の出る絵画”。部屋の壁面を6枚の""絵画""がぐるりと囲みます。

《Score of Presence》 [2019] / evala

「空間音響のデータ」を視覚化したというその絵画は、距離や角度によってその色彩が変化。また、6枚それぞれが違った音を発するため、場所によって聞こえる音も変化してきます。

自分の動きによって視覚と聴覚がともに変化していく体験は、同じ空間で同じ作品を同時に見ている人とも、全く同じ視聴覚体験はできない作品ともいえるかもしれません。

《Embryo》 [2024]

新作《Embryo》は視覚的なモアレと、聴覚的なモアレのようなうねりのある音を同時に体験する作品。

部屋に入ると、まず、聞こえてくるのは、うなるような低温。そして、スクリーンにはぼんやりとした光が映し出され、有機的に変形していきます。スクリーンに近づくと、映像の手前には恐らく2枚の細かいメッシュのようなものが設置され、モアレが目の前の空間に浮かび上がるようです。

特定のモノを連想させない音と映像でありながら、視覚と聴覚の”うねり”が一致する、不思議な感覚の体験でした。

作品のタイトル《Embryo》は“胚”を意味する言葉。「様々なものを隔てる境界もまだない,何かのはじまりのみを予感させ」るという解説があり、個人的には視覚と聴覚の境界を曖昧にするような作品のように感じられました。

3)  全身が「耳」になるような鑑賞体験

《ebb tide》 [2024]

通常、ICCの企画展が開催される広い展示室をまるごと使ったのは、新作の《ebb tide》。吸音材を波打つような形状に組み上げた構造物の中で音を聴く作品です。

《ebb tide》の小型模型と録音機材(《ebb tide》の展示室は撮影NGでした)

この空間では、鑑賞者は靴を脱ぎ、構造物に上り、自由に好きな姿勢で音を聴くことができます。柔らかい吸音材に身を任せ暗闇で目をつぶると、環境音やさまざまな音具でつくられた音の立体音響空間に没入していきました。自分の身体がなくなって、「聴覚」だけが残った状態のようです。

タイトルの《ebb tide》は引き潮を意味し、「生死も含む人のバイオリズムが潮の満ち引きと関連しているという伝承に由している」といいます。

《ebb tide》に用いられた音具

本作品の中にはevalaさんの個人的な記憶とつながるフィールドレコーディングの素材が組み込まれていますが、そうした「フィールドレコーディング」の音でつくられた音は、「記譜できない音楽」で、普段耳にしている音楽とは全く違ったかたちの音楽でした。

視覚中心の「美術(visual arts)」に対し、聴覚を主体とする「サウンドアート」は、「見ること」ではなく「聴くこと」によって広がる知覚世界を提示する試みです。evalaさんの作品群は、純粋な聴覚だけでなく、視覚と聴覚を融合させ、サウンドアートの枠をさらに押し広げるようにも感じられます。

まとめ

「evala 現われる場 消滅する像」は、視覚に頼らず耳で「視る」新しい体験を提供する展覧会でした。

無響室を舞台にした代表作《大きな耳をもったキツネ》や、新作《ebb tide》など、音そのものが空間を形作る作品や、視覚と聴覚の感覚をつなぐ作品の体験を通じ、私たちの「視る」「聴く」感覚が広がっていくようにも感じられます。

聴覚を通じて私たちに「視ること」の別の形を提案する、ここでしか体験できない作品群。ぜひ、ICCでその世界を体験してみてください。

【展覧会情報】 evala 現われる場 消滅する像

URL:https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2024/evala-emerging-site-disappearing-sight/
会期:2024年12月14日(土)—2025年3月9日(日)
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] ギャラリーA,B
開館時間:午前11時—午後6時(入館は閉館の30分前まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝休日の場合は翌日),年末年始(12/28[土]—1/3[金]),ビル保守点検日(2/9[日])
入場料:一般 1,000円(900円),大学生 800円(700円)
ICC年間パスポート:1,500円

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ぷらいまり。
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