【幾何代数2】ルールはほぼ一つだけ〜幾何積とは?
普通の式の展開
展開と分配法則
唐突ですが、高校までの数学の知識で、普通の式の展開はできるはず。やってみましょう。こんな感じです。
$$
(a+b)(c+d)=ac+ad+bc+bd
$$
簡単ですね。しかしここで一言。
式の展開とは、要するに掛け算。掛け算とは何か。
例えば$${2 \times 3}$$という掛け算であっても、縦2・横3という感じに、直線を平面に、1次元を2次元に、つまり次元数を1つ上げる意味が潜んでいることを何となく覚えて置いてくれると良いことがあるかも知れません。
上の式を絵にするとこんな感じになります。この絵を見ると分かるように、縦と横が万遍なく組み合わされています。要するにこれが中学校で学んだ分配律(distributive property)の正体です。
ベクトル式の展開
基底ベクトルで表現する
次に、次の二つの2次元ベクトルを掛け合わせてみましょう。
$$
\bm{u}= \begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix} , \ \bm{v}=\begin{pmatrix} c \\ d \end{pmatrix}
$$
ここで、$${\bm{e_1},\bm{e_2}}$$というベクトル
$$
\bm{e_1}= \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}, \ \bm{e_2}= \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}
$$
を用いると、$${\bm{u},\bm{v}}$$を次のように表すことができます。
$$
\begin{align*}
\bm{u}&=\begin{pmatrix}a\\b\end{pmatrix}=a\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix} +b\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}=a\bm{e_1}+b\bm{e_2}\\
\bm{v}&=\begin{pmatrix}c\\d\end{pmatrix}=c\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}+c\begin{pmatrix}0\\1\end{pmatrix}=c\bm{e_1}+c\bm{e_2}
\end{align*}
$$
$${\bm{e_1},\bm{e_2}}$$は直交基底(orthonormal vector basis)といい、今後大活躍します。
$${\bm{u}\bm{v}}$$を展開してみましょう。
普通の式と同じ単なる分配計算です。ただし、直交基底$${\bm{e_1},\bm{e_2}}$$の掛け算の順序だけは入れ替えないようにしてください。
実は、これが全ての始まりです。
$$
\begin{align*}
\bm{u}\bm{v}&=(a\bm{e_1}+\bm{be_2})(c\bm{e_1}+d\bm{e_2})\\
&=ac\bm{e_1}\bm{e_1}+ad\bm{e_1}\bm{e_2}+bc\bm{e_2}\bm{e_1}+bd\bm{e_2}\bm{e_2}
\end{align*}
\tag{1.1}
$$
直交基底の計算ルール
天下り的ですが、次のルールを黙って一旦受け入れてください。
$$
\begin{align*}
\bm{e_1}^2 &= \bm{e_1}\bm{e_1}=1\\
\bm{e_2}^2 &= \bm{e_2}\bm{e_2}=1, \ \\
\bm{e_1}\bm{e_2}&=-\bm{e_2}\bm{e_1}
\end{align*}
\tag{1.2}
$$
自分同士の積は、$${1}$$になります。高校で習った内積と同じと考えて問題ありません。
互いの積は、掛け算の順番が変わると符号$${\pm}$$が入れ替わります。これを反交換律(anticommutative law)といいます。
$${(1.1)}$$式にこのルールを適用してみましょう。
$$
\begin{align*}
\bm{u}\bm{v}&=(a\bm{e_1}+b\bm{e_2})(c\bm{e_1}+d\bm{e_2})\\
&=ac+ad\bm{e_1}\bm{e_2}+bc(-\bm{e_1}\bm{e_2})+bd\\
\end{align*}
$$
即ち、
$$
\bm{u}\bm{v}=(ac+bd)+(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}
\tag{1.3}
$$
この式を見て気づいたことはないでしょうか。
$${(ac+bd)}$$は、お馴染みの内積(ドット積ともいいます)そのものです。
$$
\bm{u} \cdot \bm{v}= \begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix} \cdot \begin{pmatrix} c \\ d \end{pmatrix}=ac+bd
$$
$${(ad-bc)}$$については、高校生なら、3点$${(0,0),(a,b),(c,d)}$$を結ぶ三角形の面積が$${\dfrac{1}{2}|ad-bc|}$$となることを知っているかも知れません。
つまり、$${(ad-bc)}$$の大きさは、原点を始点とするベクトル$${\bm{u} \cdot \bm{v}}$$が作る平行四辺形の面積となります。
大学数学初学者であれば、ベクトル解析で学ぶクロス積$${\bm{u} \times \bm{v}=(ad-bc)\bm{w}}$$の大きさと、$${|ad-bc|}$$が同じであることに気がつくと思います。後述しますが、お察しの通り、クロス積と深い関係があります。
ここまでのところ、分配法則による展開と、直交基底$${\bm{e_1},\bm{e_2}}$$の掛け算の順番に気を付ける(反交換法則)くらいのことしかしていません。
しかし、たったこれだけで、内積らしきものとクロス積らしきものが導かれてしまいました。
幾何積の導入
次のように用語を定義します。
内積はお馴染み、外積は割とお馴染みと思いますが、実はここでの外積をどう解釈するかが、幾何代数の根幹的な発想となります。
$${\bm{u} \bm{v}}$$(ベクトル間に記号なし):幾何積(geometric product)※クリフォード積(Clifford product)とも
$${\bm{u} \cdot \bm{v}}$$:内積(inner product)※ドット積(dot product)とも
$${\bm{u} \wedge \bm{v}}$$:外積(outer product)※ウェッジ積(wedge product)とも(wedge:楔)
$${(1.3)}$$式で
$$
\begin{align}
\bm{u} \cdot \bm{v}&=ac+bd\\
\bm{u} \wedge \bm{v}&=(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}
\tag{1.4}
\end{align}
$$
とすると、
$$
\begin{align}
\overbrace{\bm{u}\bm{v}}^{geometric}&=\overbrace{\bm{u} \cdot \bm{v}}^{inner}+\overbrace{ \bm{u}\wedge \bm{v}}^{outer}\\
&=(ac+bd)+(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}
\tag{1.5}
\end{align}
$$
これが、幾何代数の根幹となる幾何積です。
$$
\bm{u}\bm{v}=\bm{u} \cdot \bm{v}+\bm{u} \wedge \bm{v}
\tag{1.6}
$$
幾何積はベクトルとベクトルの積であり、結果、内積と外積の和となります。
実はこの構成が、簡潔かつ豊かな幾何学的操作を可能にしていることが、今後徐々に明らかになってくるでしょう。
直交基底の幾何積
同じ直交基底同士の幾何積
幾何積が定義されたところで、改めて、直交基底$${\bm{e_1}, \bm{e_1}}$$の自分自身との積を幾何積により再定義してみましょう。
$${\bm{e_1}}$$は、$${\bm{u}=a\bm{e_1}+b\bm{e_2}}$$、$${\bm{v}=c\bm{e_1}+d\bm{e_2}}$$で$${a=c=1,b=d=0}$$としたものであるから、$${(1.4)}$$式より、
$$
\begin{align}
\bm{e_1} \cdot \bm{e_1}&=ac+bd=1\\
\bm{e_1} \wedge \bm{e_1}&=(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}=0
\tag{1.7}
\end{align}
$$
となります。幾何積として$${\bm{e_1}\bm{e_1}}$$を計算すると、$${(1.7)}$$の結果を代入し、、
$$
\begin{align}
\bm{e_1}^2=\bm{e_1}\bm{e_1}&=\bm{e_1} \cdot \bm{e_1}+ \bm{e_1} \wedge \bm{e_1}\\
&=1+0=1\\
\tag{1.8}
\end{align}
$$
となります。$${\bm{e_2}}$$についても同様($${a=c=0,\ b=d=1}$$)です。
まとめると、次のようになります。
$$
\begin{align}
\bm{e_1}\bm{e_1}=\bm{e_1}^2=\bm{e_1} \cdot \bm{e_1}&=1\\
\bm{e_2}\bm{e_2}=\bm{e_2}^2=\bm{e_2} \cdot \bm{e_2}&=1\\
\bm{e_1} \wedge \bm{e_1}=\bm{e_2} \wedge \bm{e_2}&=0\\
\tag{1.9}
\end{align}
$$
同じ直交基底同士では、内積が1で外積が0となります。
幾何積が内積と同じなので、幾何積$${\bm{e_1}\bm{e_1}}$$は内積$${\bm{e_1} \cdot \bm{e_1}}$$と同じ意味となります。
異なる直交基底同士の幾何積
続いて、直交基底$${\bm{e_1}, \bm{e_2}}$$のお互いの積を幾何積により再定義します。
$${\bm{e_1}\bm{e_2}}$$は、$${\bm{u}=a\bm{e_1}+b\bm{e_2}}$$、$${\bm{v}=c\bm{e_1}+d\bm{e_2}}$$で$${a=d=1,b=c=0}$$としたものであるから、$${(1.4)}$$式より、
$$
\begin{align}
\bm{e_1} \cdot \bm{e_2}&=ac+bd=0\\
\bm{e_1} \wedge \bm{e_2}&=(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}=\bm{e_1}\bm{e_2}
\tag{1.10}
\end{align}
$$
となります。幾何積として$${\bm{e_1}\bm{e_2}}$$を計算すると、$${(1.10)}$$の結果を代入し、
$$
\begin{align}
\bm{e_1}\bm{e_2}&=\bm{e_1} \cdot \bm{e_2}+ \bm{e_1} \wedge \bm{e_2}\\
&=0+\bm{e_1}\bm{e_2}=\bm{e_1}\bm{e_2}\\
\tag{1.11}
\end{align}
$$
となり、恒等的に成立が確認できます。
同様に、$${a=d=0,b=c=1}$$のとき、$${\bm{u}=a\bm{e_1}+b\bm{e_2}=\bm{e_2} }$$、$${\bm{v}=c\bm{e_1}+d\bm{e_2}=\bm{e_1}}$$となるので、$${(1.4)}$$式より、
$$
\begin{align}
\bm{e_2} \cdot \bm{e_1}&=ac+bd=0\\
\bm{e_2} \wedge \bm{e_1}&=(ad-bc)\bm{e_1}\bm{e_2}=-\bm{e_1}\bm{e_2}
\tag{1.12}
\end{align}
$$
幾何積として$${\bm{e_2}\bm{e_1}}$$を計算すると、$${(1.12)}$$の結果を代入し、
$$
\begin{align}
\bm{e_2}\bm{e_1}&=\bm{e_2} \cdot \bm{e_1}+ \bm{e_2} \wedge \bm{e_1}\\
&=0-\bm{e_1}\bm{e_2}=\bm{e_1}\bm{e_2}\\
\tag{1.13}
\end{align}
$$
となります。
異なる直交基底同士では、内積が0となります。
幾何積についても外積と同じ反交換律が確認されました。内積が0なので、異なる直交基底の幾何積と外積は常に等しいので当然です。
$$
\begin{align}
\bm{e_1}\bm{e_2}= \bm{e_1} \wedge \bm{e_2}\\
\bm{e_2}\bm{e_1}= \bm{e_2} \wedge \bm{e_1}
\tag{1.14}
\end{align}
$$
直交基底のまとめ
$$
\begin{align}
e_1^2=e_1 e_1 &=e_1 \cdot e_1=1\\
e_2^2=e_2 e_2 &=e_2 \cdot e_2=1\\
e_1 \cdot e_2&=e_2 \cdot e_1=0\\
e_1 e_2&=e_1 \wedge e_2\\
e_2 e_1&=e_2 \wedge e_1\\
e_1 e_2&=-e_2 e_1\\
\tag{1.2.1.12}
\end{align}
$$
今後、幾何学積の計算で肝となるのは、以下の点となります。
$${e_i e_j=1 \ (i=j)}$$:同じ直交基底同士の幾何積は1になり、実際の計算での乗算で消えることが多い
$${e_i e_j=-e_j e_i \ (i\ne j)}$$:異なる直交基底同士の幾何積は、掛け算の順番が入れ変わると符号が反転する。
直交基底の幾何積と外積は同じものである。通常は簡単な幾何積の表示を用いる。