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「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は"超近未来映画"だった

こんばんは ぷらねったです
分断された近未来のアメリカを描く「シビル・ウォー アメリカ最後の日」
今回はできるだけネタバレを避けつつ SF映画マニアならではの視点を交えながら この傑作について紹介していきます


1.どんな映画なのか

「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は SF映画のジャンルとして言えば 近未来のアメリカを舞台にしたディストピア映画です
近未来と言っても数十年後を想像させるものではなく 1,2年後にも起き得る内容を描いた"超近未来映画"とも言えます

発砲シーンが度々登場する上に ショッキングなシーンも多いため 12歳以下には保護者の助言や指導を推奨する PG-12のレイティングがされています
監督をつとめたのは「エクス・マキナ」などで知られるアレックス・ガーランドであり 彼はイングランド出身の人物です

まず初めに 映画のあらすじを紹介します

舞台は 連邦政府から19もの州が離脱した近未来のアメリカ
テキサスとカリフォルニアという2つの州で構成された同盟である“西部勢力”と政府軍の間で内戦が勃発し 各地で激しい武力衝突が繰り広げられていました
「国民の皆さん、我々は歴史的勝利に近づいている」...就任 “3期目”に突入した権威主義的な大統領はテレビ演説で力強く訴えます
しかしこの時 実はすでにワシントンD.C.の陥落は目前に迫っていました
そんな中 ニューヨークに滞在していた4人のジャーナリストは 14ヶ月もの期間 一度も取材を受けていないという大統領に単独インタビューを行うため ホワイトハウスのあるワシントンD.C.へと向かいます
しかし戦場と化した旅路を行く中で 内戦の恐怖と狂気に呑み込まれていく...というストーリーです

※あらすじについては日本の配給会社であるハピネットファントムスタジオさんによる 公式宣伝サイトで公開されているあらすじを引用の上 一部の文言を追記・修正させていただきました

あらすじの通り 主人公のリー・スミスはジャーナリストであり 数多くの死線を乗り越えてきたベテラン戦場カメラマンです
彼女はジャーナリスト仲間であるジョエル,サミーという2名 そしてジャーナリストとしての出世を目指す若者ジェシーと共に 戦地となるワシントンD.C.へと車で向かう...大まかにはそんな流れの物語です

本作品の製作会社は「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」をはじめ 主にアート寄りの作風という印象のあるA24です
「シビルウォー」は同社の史上最高の製作費となる5000万ドルを掛けられた映画であり 全米では2週連続で第1位を獲得したヒット作でもあります
少数精鋭の俳優陣となっており 戦場カメラマン役として主演をつとめたキルステン・ダンストをはじめ「エイリアン ロムルス」にも出演したケイリー・スピーニーや キルステン・ダンストの夫であり ノンクレジットで急遽出演することになったジェシー・プレモンス...彼による演技は 強い恐怖を感じさせるところです

続いては そんなこの映画を映画館で観て感じた見どころや 注目ポイントを紹介していきます

2.今作の注目ポイント

特徴のある設定を下敷きにした「シビルウォー アメリカ最後の日」ですが その物語や社会情勢を表す細かいセリフなどにもこだわりが見えるだけでなく さまざまな注目ポイントがあります
個人的に まず映画館で観て一番印象に残ったのは銃器,爆発シーンなどの音響面であり 特に銃声のリアルなサウンドデザインは かつてないほどに強烈でした

通常の映画製作において銃声を表現する場合 多くはポストプロダクションで銃声が後付けされます
銃声の録音方法は様々ながら 最終的には"聴きやすくかっこいい音"にするための整音が施されるのが一般的です
この整音の際は 人間の可聴周波数ギリギリの超低音...物理的振動を感じさせると言われる20Hz付近 いわゆるサブベースを複数重ねたりするのが一般的だそうです
アレックス・ガーランド監督は このような一般的な整音を"砂糖を塗って甘くするような行為"と表現しています
こういった通常の手法に反発するように まず今作では 通常の2倍の火薬を使用した空砲を録音
その後で本物の銃声を付加して整音するという順序によって 基本的なサウンドデザインが行なわれました

その結果生まれたのが 一般的な映画における銃声とは明らかに違う 本当の意味でのけぞってしまうサウンド...例えるならば 鳩尾(みぞおち)に刺さるようなショッキングな音です
かなり心臓に悪い 破裂音のようなサウンド(ほめ言葉)であり もちろん映画館の巨大スピーカーでは 重低音から高域までの響きは圧倒的で 迫力満点です

この銃声については「ゼロ・グラビティ」や「エクス・マキナ」,「スラムドッグ・ミリオネア」などに関わったサウンドデザイナーである グレン・フリーマントルが音響設計を行いました
彼やガーランド監督は現役・退役軍人などにヒアリングを行い 彼らが知る"現場のリアルな音"の完全再現を目指したそうです
映画としてはあり得ないほどのダイナミックレンジをもった 銃声の圧倒的な音圧は 個人的に 今まで観た映画の中で一番圧倒されました
また 銃声が鳴り響くシーンにおいては 俳優陣がその音量に本当に驚いていることが伺えるところもありました
撮影中にはあまりの大音量のせいで 近隣からの苦情や通報が何度もあり その度に警察が現場に駆け付けたそうです

この銃声をはじめとしたこだわりにより まるで戦場にいるかのような音響が実現した"体感型映画"という側面をもった本作品ですが 銃声の他にも視聴者にリアルな体験をもたらす工夫が多く凝らされています

まず最初に 映画としては珍しく 撮影は時系列順で行われました
兵士を演じた人物の多くは役者でなく 退役軍人だそうです
さらに 主要な登場人物であるジャーナリスト4人は 隠しカメラを設置した車内で多くの時間を過ごして人間関係を築いたため お互いを理解し合うことができたといいます

このようにリアルな雰囲気を表現する工夫が多数凝らされている「シビルウォー アメリカ最後の日」は ぜひ映画館で体感してほしいです
昨今の日本では 特に映画館での洋画離れが問題視されることもありますが 今作のような音響にこだわった映画は 映画館へ足を運ぶ一つのきっかけになると感じました

とはいえ映画館で観れない方もいると思いますので 映画館ではなく自宅で観る方は できればヘッドフォン もしくは低音の出るスピーカーで圧巻の音響を体感してほしいと感じる作品になっています

また 音響だけでなく 音楽も大きな注目ポイントです
この映画のために製作された曲だけでなく 過去の素晴らしい楽曲が多く使用されていますが 特に印象的だったのはSiver Applesの「Lovefingers」そしてラストで流れるSuicideの「Dream Baby Dream」で 個人的にはそれぞれ鳥肌が立ってしまいました


これらの楽曲だけでなく 普通であれば悲しい曲が流れる場面でポップな曲が使用されていたりして この映画の世界観にとてもよくマッチしていると感じました
その他映像面では 特にピンぼけをうまく利用したカメラワークが印象に残っています

このように 銃声をはじめとした多数の見どころをもつ本作品は 決してSFファンだけに向けた内容ではないと感じます
素晴らしい内容になっているので ぜひとも観ていただきたいです

3.物語・設定の前提知識

近未来のアメリカにおける内戦を描いた今作の特徴として 内戦が勃発するまでの状況について 映画内でほとんど描かれていないことが挙げられます
この辺りは細かいセリフや設定から読み取り 視聴者が想像していく必要がありますが 重要なネタバレはできるだけ避けつつ 前提知識になりそうな部分を解説していきます

まず 作中におけるアメリカ国内では 19もの州が連邦政府から離脱し 分断された状況です
A24が公開した今作におけるアメリカの勢力図を見ると 勢力は大きく分けて4つになっています


西部勢力(Western Forces),フロリダ同盟(Florida Alliance)に加え いまだ政府を支持する現体制支持派州(Royalist States)...そして映画ではほとんど触れられない新人民軍(New People’s Army)もいますが 残念ながらこの勢力に関するシーンはカットされてしまったそうです
そんな4つの勢力の中で 作中で最も重要になる組織である"西部勢力"について解説していきます

"西部勢力"は アメリカ政府の転覆,大統領の暗殺を目指す 高度に武装化された組織であり テキサス州・カリフォルニア州という2つの州の人々で構成されています
これはとても印象的な設定であり 現代のアメリカで言えば テキサス州は共和党支持層,カリフォルニア州は民主党支持層の多いエリアです
つまり 彼らは政治的イデオロギーの部分で大きな違いを持ちながらも 腐敗した政府に反旗を翻したということになります
ガーランド監督のインタビューをいくつか読む限り"異なるイデオロギーをもった人々による同盟"という西部勢力のような協調を彼は決してあり得ないと考えておらず 皮肉を意図した設定ではありません

そんな"西部勢力"から大きな恨みを買った大統領ですが 映画内で明かされている中で 彼が起こした決定的な悪事は3つあります
その1.大統領3期目の任期を迎えていること
その2.FBIを解体したこと
その3.アメリカにおいて市民への空爆を指示したこと

...まず1つ目の"大統領3期目の任期を迎えていること"についてですが アメリカでは憲法により 大統領の任期は1期で4年間と定められており 最大で2期までというルールになっています
これは大統領として再選される場合でも 累積で適用されるルールです
禁断の大統領3期目については未だに誰も経験していませんが 過去に大統領就任期間中だったドナルド・トランプは「2期目の大統領として再選された場合は3期目を目指す」という旨の発言をしています
この時は憲法改正の危険性も噂され これが今作の大統領の人物像を構想する上でのインスピレーションになった可能性があります

2つ目の"FBIを解体したこと"について これは完全に想像になってしまいますが 自己保身として汚職事件の捜査から逃れるために行ったのではないでしょうか

3つ目の"アメリカにおいて市民への空爆を指示したこと"ですが これは政府としての権力を誇示する目的で 権威が衰え始めたタイミングで行った軍事作戦だったのではないかと推測します
例えば 大統領自身への不信感や不満をもつ市民を敵視した上で 批判が色濃い地域への空爆...そんな出来事を想像しました

このように この映画では内戦が起こるまでのアメリカの情勢について それぞれが想像を膨らませるしかありません
また 大統領の名前や所属政党なども作中において明かされておらず   こういった余白がある点もこの映画の特徴のひとつであり 想像の余地を残した内容には賛否があると思います

現実世界において 2021年にアメリカで起きた ドナルド・トランプの扇動による連邦議会議事堂襲撃事件を代表とする愚かな出来事に失望したアレックス・ガーランド監督が その怒りをモチベーションに制作し 人々に会話を促すために挑発的な要素を取り入れたという本作品
ドナルド・トランプを意識した要素こそあれど ジャーナリストの父をもち かつてジャーナリストを目指したこともあるガーランド監督が できるだけ中道的な立場から 左派と右派にメッセージを投げかける作品とも言えます

今後この映画のような現実へ向かわないために それぞれの視聴者に物語の前日譚を想像させる...そんな意図が込められた映画なのではないかと 個人的には思っています
「観客はすでにその答えを持っていると思う」...あるインタビューにおいて ガーランド監督は語っています

4.製作スタッフ

本作品ではアレックス・ガーランドが監督をつとめましたが 彼についてももう少し紹介していきます


アレックス・ガーランドのSF映画に関するキャリアは キリアン・マーフィーが主演した 2002年の「28日後...」から始まりました
これはポストアポカリプス的な世界を舞台にしたゾンビ映画のような脚本であり「トレインスポッティング」のダニー・ボイルが監督した作品です


その後2007年には またもや脚本家としてダニー・ボイル監督とのタッグを組んだ「サンシャイン 2057」が登場します
これは真田広之も出演した映画であり 太陽に向かう宇宙船を舞台にしたSFホラー,サスペンスといった内容でした


2010年には クローンをテーマにしたディストピア映画であり カズオ・イシグロ原作の「わたしを離さないで」において脚本・製作総指揮を担当


2012年には「ジャッジ・ドレッド」のリブート版で脚本・製作
そして何といっても重要なのが 超高性能AIを搭載したヒューマノイドをテーマにした2015年のスリラー映画「エクス・マキナ」です
ここで監督・脚本を担当し これがガーランド監督にとっての長編映画監督デビュー作となりました


そこからは監督としてのキャリアを本格化させており 2018年にはNetflixが関わった 禁断のエリアをテーマにした「アナイアレイション -全滅領域-」でも監督・脚本を担当し この映画ではナタリー・ポートマンが主演しました

ガーランド監督は「MEN 同じ顔の男たち」など SF以外でも映画に関する経歴をいくつか持ちますが 基本的にSF映画中心に活躍してきた人物です
彼の取り組んできた作品は多くがSFという括りながらも それぞれのテーマは毎回異なっており ゾンビ・宇宙・クローン・ヒーロー・AI・禁断のエリアなど...1つのテーマに留まらず 様々なテーマのSFを表現してきた SF好きなのが強く伝わってくる監督のひとりです
そんな彼が今回取り組んだのは 近未来のアメリカ国内における内戦...つまり SFを下敷きにした戦争モノでした

製作会社はA24であり これは2012年に設立された ニューヨークのインディペンデント系映画製作・配給会社です
SF映画で言うと 2014年の「アンダー・ザ・スキン 種の捕食」,2015年の「エクス・マキナ」,2016年の「ロブスター」,2018年の「パーティで女の子に話しかけるには」などを手掛けてきました



SF映画は年に1,2本製作する程度であって作品数は多くないですが アート色の強い作品が多く 少数精鋭でそれぞれ強烈な個性をもった映画ばかりです
前述した作品についても個人的には大好きな映画ばかりなのですが"合わない人には合わない"という映画が多い印象で 最近では2022年の「アフター・ヤン」,「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」などが知られています

そんな今作「シビル・ウォー アメリカ最後の日」は A24史上最高の製作費となる5000万ドルを掛けた映画であり 全米では2週連続で第1位を獲得しています
2024年のアメリカと言えば 11月5日に大統領選挙が控えており 本作品は公開のタイミング的にも 各所で物議を醸すことが間違いない 挑戦的な作品です
繰り返しになってしまいますが 特にショッキングな音響を体感したい方には ぜひ映画館で観ることをおすすめします

5.SFマニア的な視点から見た個人的な感想 ※若干のネタバレ注意

ここからはとても個人的な映画の感想になるため 若干のネタバレを注意してご覧ください

まず 今作を観た際にすぐさま連想したSF映画は ギャレス・エドワーズ監督による2010年の映画「モンスターズ/地球外生命体」でした
これは NASAの探査機が墜落したことをきっかけに 巨大な地球外生命体が増殖してしまったメキシコを舞台にした カメラマンを主人公にした映画です

それぞれの映画の大きな共通点としては2つあり まず1つ目に それぞれの作品における主人公の職業がカメラマンである点です
もっとも主人公の人物像はかなり異なっており「シビルウォー」の主人公リー・スミスは強い正義感があり 一部で伝説と称されるような実績をもつ戦場カメラマンである一方で「モンスターズ」の主人公アンドリュー・コールダーは どこか野次馬的な雰囲気をもつ お金目当てのカメラマンです

2つ目の共通点として それぞれの映画が 一変してしまった世界を旅するロードムービーであることです
どちらも終末感あふれる世界を舞台にしており そこは地球の一部でありながらも 完全に未知の世界としての側面を持ちます
まさにポストアポカリプス映画的な世界観であり そこで暮らす人間の行動原理も"旧世界"とはまったく異なるのです
「シビルウォー」については そんな"新世界"の風景や 道中で出会う狂った人々の描写含め アレックス・ガーランドが脚本を担当した「28日後...」を思い出させる部分もありました

以上2点が 個人的に感じた「シビル・ウォー アメリカ最後の日」と「モンスターズ/地球外生命体」それぞれの映画の共通点になります
詳細は避けますが 文化の異なる場所を転々としていく物語は 昔観たアニメ「キノの旅」のことも思い出しました

アレックス・ガーランド監督が脚本の構想を開始したのは2020年頃だそうですが「モンスターズ」との共通点について 個人的には偶然とは思えない一致です

カメラマン,ジャーナリスト...基本的にこういった職業 特に戦場カメラマンについては"事実をそのまま伝えること"や"政治的に中立であること"が要求されると思っています
そして たとえ正義感があろうとも 資本主義の社会においては"写真を撮る行為=お金を稼ぐこと"になります
ショッキングな戦場の写真を追い求める姿は まるで狩りの獲物を探すハンターとも言えるものであり 一般的な人間の行動原理とは違います


時には仲間を見捨て 狩りの獲物となる写真を優先する...そんな ジャーナリストが抱える非人間的な行動原理についての葛藤も この映画が描く要素のひとつだと感じました
映画内のような 自分以外への信頼を失ってしまったディストピアな社会は もうすぐ近くまで来ているのかもしれません

6.あとがき

今回は 分断された近未来のアメリカを描く「シビル・ウォー アメリカ最後の日」についての紹介でした

もしアメリカで内戦が起きるとしたら...そんな想像をリアルな感触で表現した「シビルウォー アメリカ最後の日」
映画内で描かれるのは 人間が倫理観を失ったようなカオスな社会像であり 指標を見失った人間の姿だと感じました
また 資本主義の世界において 特にジャーナリストという職業が ひとりの人間をどれだけ非人間的にしてしまうのかも痛感させられました

最新映画を公開日に観に行き すぐに文章にするのは自分の性格的に難しいのですが 今後は可能な限り 最新作の紹介もしていきたいと思っています
最後までご覧いただき ありがとうございました

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