スノウ・クラッシュ〔新版〕上下
"あんたは本当に頭の切れるハッカーで、世界最強の剣士だわーなのにあんたはピザを配達して、お金にもならないコンサートのプロモーションをやってる。"1992年発表の本書は、アバターにメタバースと先見性とドライなユーモアに溢れたVR小説の原点にして、Google、PayPal、Oculus、Meta創業者達のヴィジョンに影響を与え続けている名著、新装復刊版。
個人的にはハヤカワの『世界のリーダーはSFを読んでいる』フェアで本書を知り、また高騰している絶版本の価格に驚き(感謝しつつ)本書を手にとりました。
さて、そんな本書はSF小説家にとどまらず、技術関係のノンフィクションライターも手がけ、近年ではAmazon創業者のジェフ・ベゾスが設立した宇宙企業ブルーオリジン社のアドバイザーを務めるなど、テクノロジーに精通する思想家としても知られる著者の『実質的なデビュー作』で。
近未来、グローバル経済化、世界のフラット化により経済大国の地位を失ったアメリカが世界に誇れるものは【音楽、映画、ソフトウェア、高速(!)ピザ配達】の4つだけとなり、一方で国家の役割が最小化、権威が失墜し、連邦国家としつの機能すら喪失しているのに代わってマフィアや資本家が実質的に【フランチャイズ国家として国土を分割統治されている】といったブラックな世界観の中で。
"最後のフリーランス・ハッカー、世界最高の剣士"(と名刺に書き)にして、エリート階級となった『ピザ配達人』にして『主人公』という意味がある名前を持つ日米ハーフのヒロ・プロタゴニスト、そして車から車へと電磁石の銛を白鯨宜しく打ち込みながらハイスピードで移動するスケートボーダー『特急便屋』はねっかえり娘Y・Tの2人を主な語り部として、元はグラフィックノベルとして構想されていたことも納得な『2人のハイスピードでの出会い』から始まり、VR空間『メタバース』でのクライマックスの日本刀チャンバラとスタイリッシュに【映像化できそうな描写がテンポよく続きつつ】(映画化噂はどうなった?)現実とVR空間に同時に影響を及ぼす謎のドラッグ『スノウ・クラッシュ』の謎解決に『竜とそばかすの姫』よろしく【現実とVRをタイムレスに切り替えながら挑んでいく】わけですが。
まず、主人公のヒロのもりもりの設定からもわかるように本書はサイバーパンクの始祖であるウィリアム・ギブスンの『ニューロマンサー』に負けず劣らずに、よりポップな形で現在だと本書に影響された技術者、起業家にとって既に実現された、されつつある技術も含んだ【独自のイメージ、固有名詞が情報量多めに詰め込まれている】ので、ストーリー展開自体はシンプルなエンタメ小説なのですが【普段SF小説を手に取らない、苦手にしている人には読むのが大変かもしれない】と感じました。(ちなみにタイム誌が発表した『1923年以降に英語で出版された小説ベスト100』にも選出されているらしい)
一方で、冒頭で紹介したIT企業、WEBやSNS、VR分野のリーダー達が本書で予見された世界観を実現しようと、例えば2000年代のオンライン空間『セカンドライフ』や、2010年代のVRヘッドマウントディスプレイが登場していたり、近年では旧名Facebookのザッカバーグの『今後Facebookはメタバース企業になる』発言につながっているのを知ると、彼らリーダー達の頭を覗いているような興奮と『SF小説=何でもあり』と片付けるのではなく、未来思考のビジネスパーソンも必読ではないだろうか?と感じました。
90年代の雰囲気が保存されたサイバーパンク小説古典として、またIT界隈に関わっている、関心を持っている全ての人にオススメ(というか必読書かも?)