春にして君を離れ
"『そう、ぼくがいる』とロドニーはいった。けれども彼は自分の言葉の虚しさに気づいていたのだった。君はひとりぼっちだ。これからもおそらく。しかし、ああ、どうか、きみがそれにきづかずにすむように"1944年発刊の本書は"ミステリーの女王"が別名義で執筆したロマンチック・サスペンス。
個人的には著者の代表的な推理小説『オリエント急行殺人事件』『そして誰もいなくなった』は映画化作品も含めて子ども時代から楽しませていただいていたのですが。別名義、メアリ・ウェストマコットとしての作品は未読だった事から【シェイクスピア引用が印象的なタイトル】の本書を手にとりました。
さて、そんな本書は一応はヒロイン?であるジョーン。優しい夫、よき子供に恵まれ(自分の正しい選択の結果)【理想の家庭を築き上げた】と満ち足りている彼女が娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で足止めされる中、これまでの人生に向き合っていくのですが。
誰も死なないし、ある意味で特別な事は何も起きない(少なくとも外部的には)本書。主人公と年代が近い【人生の午後世代の私にとっては】また同じく、どちらかと言えば保守的な価値観、つまり【社会一般として恥ずかしくない生き方を選択しなさい!】と育てられてきた1人としては、夫のロドニーの一見優しくも冷徹なセリフに代表される家族との絡みがぐさりぐさりと刺してくる感じがあって【面白くも痛さや哀しさが同居する】複雑な読後感でした。
また、あとがきを56歳と若くして亡くなった『グイン・サーガ』等で知られる、栗本薫が書いているのですが。こちらも久しぶりに懐かしい名前を見たな。と不思議な再会をしたような感覚があって印象的でした。
これまで他人から見ても『理想の人生を歩んできた!』と思いつつも、内心で不安を感じている中年世代以降の方へ。また推理小説以外の著者作に興味を覚えた方にもオススメ。