巴里の空の下オムレツのにおいは流れる
"お料理はなんのきまりもないのだから、とらわれないことだ。それから自信をもってまな板に向かうことだ。"1963年発刊の本書は日本シャンソン界の草分けである著者デビュー作にして、一度も絶版になっていない、軽やかに歌うように戦後まもなくのパリ生活、そして料理を紹介した名エッセイ。日本エッセイスト・クラブ受賞作。
個人的にはブックディレクターの幅允孝が何かのコラムで紹介していたのを見て本書の存在を知りました。
さて、そんな本書は歌手としてはもちろん、日本シャンソン協会初代会長としても戦後の業界を牽引する一方、食通として『料理の鉄人』(懐かしい)にたびたび審査員として出演していた著者が、サンフランシスコ留学を経て1952年に渡仏。パリでシャンソン歌手として暮らしていた日々を『思い出深い料理』と共に自由に語っていて。
タイトルにも選ばれているとおり、著者にとっての現風景の一つ、大家のロシア人マダムによる驚くほどたくさんの『バタ』を入れるオムレツ描写から始まり、曰く"おいしいものはお金をかけたものではなく、心のこもったものだ"が信条の【物質的には貧しくも、朗らかな生活】が全体から伝わってくるわけですが。
シャンソン歌手としての著者を残念ながらよく知らない私でも推測できる、1945年の敗戦から僅か7年。インターネットやスマホといった情報入手ツールもなく、まだまだ【海外在住の日本人が少なかった時代】ましてやフランスで歌手として生活するのは相当の苦労や寂しさもあったと思われるのですが。本書からはそんな様子がまったく感じられないのが、天性の性分なのか?凄いと思いました。
また『パリ生活』『料理』というと、今だと"オシャレなインテリア、そして美しい料理写真、上品なエピソード"あたりを定型イメージしてしまうわけですが。著者が紹介する料理話からはもっぱら、下宿で友人をもてなす為に有り合わせの食材を使用したものだったり、また舞台帰りに仲間の歌手たちと立ち寄った売店の料理。と地に足をつけて『食べる喜び』『分かち合う喜び』への感謝が伝わってくるのが素敵でした。
著者ファンはもちろん、魅力的な食エッセイとして、また古きよき1950年代フランス好きにもオススメ。
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