他人の顔
"仮面を、通路の拡大だとすれば、覆面は通路の遮断であり、むしろ対立的な関係にあるはずのものなのだ(中略)仮面はもっぱら被害者によって求められ、覆面は逆に加害者によって求められるものなのではあるまいか。"1964年発刊の本書は『砂の女』に続く『失踪三部作』の2作目にして、自我と社会、顔と人間存在の不安について考察した実験小説。
個人的には『砂の女』がとても好きだったので、遅まきながら映画化もされている本書を手にとってみました。
さて、そんな本書は液体空気の爆発で顔一面にケロイド状の醜い火傷を負い【自分の顔を失った男】が、プラスチック製の人工皮膚の仮面をつくって被り【誰でもない他人】になりすましていく過程が黒、白、灰色のノートに『妻に残した告白手記』としての形をとって描かれているのですが。
医学部出身の著者らしく、他の学者を訪ねあるくも納得出来ずに結局は【自分で仮面をつくるまで】に関しては、現在の技術だともしかしたら、3Dプリンタでもっと簡単にできるかも?と思いつつも【割と科学的な整合性があるように思えて】リアルに感じました。
一方で、仮面をつくった後以降、昭和の時代の空気感を色濃く反映しながら展開していく【中盤から結末】にかけては、自分『私』と作り出した仮面の『他人』にアイデンティティが分裂し、混乱と迷走を始めていくのですが。結果【まさかのラストはこうなるのか】と、その不条理さにカフカを連想させる読後感でした。(個人的には、トム・クルーズ&ペネロペ・クルスの『バニラスカイ(オープン・ユア・アイズ)みたいなラストを期待してましたが。。)
外見と自我、他者や社会との関わりについて。考えたり悩んでいる人へ。また実験的不条理小説好きにもオススメ。