ELLEGARDENと僕
僕が初めてELLEGARDENを聞いたのは
中学3年の冬だった。
小学生から野球をしてた僕は
普通に土日も部活だし、平日は学校だったから
ライブにも行けないし、地元で開催される
年一のフェスにも行くチャンスはなかった。
中3の冬は入試でそんな暇もなかった。
450円払ってJRに乗って50分かけて
県庁所在地にあるタワレコでいろんなバンドの
新譜を漁るのが月一の楽しみだった。
特急で二駅。
あと二駅がバカに遠い
9mmやアジカンを知ったのもタワレコだ!
年末休みの初日にタワレコに行き
ELLEGARDENを知った。
Space Sonicだった。
Space Sonicを聞いた時の衝撃は
今でも忘れないし、それを超える衝撃は
初めてフェスに行った時と
京都大作戦以外ではまだない。
ギターの弦が弾けんかと思うくらいかき鳴らす細美さんの音
パワフルながら繊細なうぶのギター
全身の力を込めて叩き鳴らす高橋のドラムは
僕の知らない奥底から訳の分からない
パワーを引き出してくれた
高田のベースはルート弾きで音量も低く
ほぼ聞こえなかった。
そんなELLEGARDENに中3の僕は
今までにないくらいハマった。
CDは即買い。
月3000円だったお小遣いを
ELLEGARDENに全て注いだ。
時は流れ2008年。
高校生になった僕はまだ野球をしていた。
相変わらず土日は部活漬け。平日は学校。
一人でライブやフェスに行く勇気が
なかった僕はまだ生音処女だった。
そんな高3の夏。
甲子園予選3回戦負けした僕の元に
地元のフェスにELLEGARDENが
出演するという情報がきた
新しいグラブやバットを買った時、初彼女が
できた時以上にテンションがあがった。
けど、勇気がない僕は行かなかった。
いや、行けなかった。フェスが怖かった。
また、来るだろう。来年は大学生だから
趣味が合う友達もできて
一緒に行けるだろう。
その2週間後、本気で後悔した。
ELLEGARDENが活動休止した。
夢がELLEGARDENのライブに行くという
夢が消えた瞬間だった。
あからさまに落ち込んだ。
彼女と別れた?と心配してくれる友達もいたが
僕からしたらそれ以上だった。
結局、彼女とは別れた。
大学生になって車を手に入れた僕は
毎日ELLEGARDENのDVDを流して通学した。
ELLEGARDENで季節を感じる。
秋を感じた日はThe Autumn Songを聞き
9月9日はNo,13を聞いた。
そんな日々が続いた。
ライブには行きまくっていたし
フェスにも行った。
京都大作戦にも一人で行った。
そんな2015年MONOEYESが世に出た。
the HIATUSも聞いていたが
MONOEYESは別格だった。
楽曲の節々からELLEGARDENを感じれた。
My instant Songのツアーには2回行った。
Zepp FUKUOKAの取り壊しが決まった後の公演だった。細美さんの「俺らの手で壊そうぜ」を本気でやろうとした。暴れた。
MONOEYESが大好きだった。
その翌年の2016年。イエモン復活
そして、ハイスタが未告知のCD発売。
レジェンド達の復活を見て
本格的にELLEGARDENの復活を夢に見た。
2018年。人生一の大後悔から10年。
27歳の僕は泣いた。たまたま休みで
家でゲームをしている最中にTwitterで知った。友達とVCを繋いでいたにも関わらず本気で泣いた。
ELLEGARDEN復活
復活ツアーのチケットは全て応募した。
全部はずれた。
それでも満足だった。
それほど待ち望んだ10年だった。
そして2020年。
福岡にELLEGARDENがくる!!!
Number Shotのキャストの中に
ELLEGARDENの名前があった。
チケット即買い。
想いを馳せる中のロックダウン。
NS中止。でも、1つの希望が見えた。
TOSHI-LOWがELLEGARDENは
必ず福岡に行くと言ってくれた。
生きる気力となった。
その気力でまだ生きてる。
ELLEGARDENを生で見るまでは死ねない。
あと半月で30歳になる男の夢
笑われるかもしれない
バカにされるかもしれない
関係ない。
夢は夢だ。ELLEGARDENは俺の青春だ。
まだ、終わっていない青春。
オワリ