病棟にて②日々是徒然
隔離病棟の部屋には、ほぼ一日中、外音が入ってこない。入り口も遮音扉なので看護師たちの足音も聞こえない。空気が静まり返っている。ぽつぽつという点滴の音が聞こえる。
外が暗くなると静寂がさらにひたひたと滲み、自分の浮腫んだ顔が窓に映っていた。その向こうに透けて天空塔があって、重なって光っている。この顔、どうしちゃったんだろう…。
どうしちゃったんじゃなくて、老と病がそうしているだけなんだ。ちゃんと見ないと。
病室にもちこんだ新書をぱらぱらと捲ると、袖に著者の顔写真があった。フォークが嫌い、GSの歌謡曲化が駄目、特にゴールデン・カップスの『長い髪の少女』にはがっかりだよ、と、公言していた、その近田春夫のGS論、『グループサウンズ』(文春新書)である。
GSが流行っていた頃、ちょうど中学生くらいだった。湘南地方、鎌倉の学校に通っていたので、ザ・ワイルドワンズそしてゴールデン・カップスを聞いていた。カップスは確か、鎌倉市営プールの水を空にしてスタンドを客席にして、コンサートしたのを一回聞いた覚えがある。でも何だか分からない曲をやっていた。僕がロックに出会うのは、高校2年のとき、映画『ウッドストック』を藤沢の二番で見て、突然髪の毛を伸ばしはじめて、野球部を止めてロックを聞きはじめた。ちょうどその頃、ジミへンとジャニスが死んだ。パックインミュージック(TBSラジオ)DJ福田一郎に投稿を続け、52週連続でリクエストカードを読まれるという、快挙をなしとげていた。(52週目に福田一郎が番組を卒業した)そんな時代。ビートルズよりストーンズ、でもジミへン、ジャニスがもっと好きだった。そうしてGSを忘れていった。(流行も終わったしね)同時代的にタイガースやオックスを聞いた記憶はまったくない。フォークも聞かない。井上陽水も拓郎も聞かなかった。エレキギターに持ち変えたディランは聞いた。
誰が一番のファンかといったら、たぶんエディ藩なんだろうけど…中華街の実家にこっそりご飯を食べにいったことがある。であとは、カップスの蔭ドラマー(マモルマヌーはドラムを叩けなくなったのか叩かないのか分からないが、この映画でもドラムに坐って時々、シンバルをいじったりして、ボーカルをしている)の樋口昌之。竹田和夫の『ブルークリエーション』のドラマーで、ジョー山中とか、ミッキー吉野のセッションバンドでも叩く。カップスはアイ高野もドラム叩くけど、やっぱ樋口昌之かな。なんというか、どんな曲でも微かな哀愁があって、ちょっとミュートがかかった張りのある音が、なぜか場末感、あるいは横浜日ノ出町的な感じがあって、そのドラムがめちゃくちゃ好き。で、みんな死んじゃった。残っているのは、エディ藩とミッキー吉野。樋口さんも死んじゃった…。
それから何十年もたって、ギャラリーをやるようになって、つき合いで、あるいは接待でカラオケに行くようになって、音痴の僕は困り果て、GSのヒット曲を聞いて覚えて歌うようになった。カップスは、好きなので積極的に曲目を多く聞いていた。カップス再結成の頃に撮られた、映画『ゴールデン・カップス・ワンモアタイム』の演奏部分はとてつもなく愛聴していて、それはYouTubeにもアップされていて、今でもほぼ毎日のように聴いている。
エディ藩、ミッキー吉野、ルイズルイス加部、デーブ平尾…ブルース・ロックありR&Bあり、歌謡曲も二三歌うけれど…とにかく惚れ惚れする。メンバーは、ギターもベースもドラムもダブルになっていて、サポートでカップスを支えてきたメンバーがステージにのっている、そのセッションがまた良いんだ。
『過ぎ去りし恋』『 LUCILLE 』『HOLD ON, I'M COMIN' 』『ONE MORE TIME 』とかのながれは、ほんとに——。かっこいい。素敵だ。カップスは、Creamみたいに演奏部分は即興なので、自在にアドリブで飛ばしていく。これだけの演奏はちょっと聞かれない。
で、一応、カップスはグループサウンズ。近田春夫がロック、ロックといっていたのは、この辺りの音なのか、それとも…。本を読めば分かるだろうと…読んだけれど…期待は外れ、というか相当駄目駄目になっている。本の構造を簡単に云うと、近田よりだいぶ若い下井草というGSに詳しいライター(資料とCDで)をネタ出しに使ってこの本の論を進めている。下井草は別にロックなどということを思っていないので、GSの面白いエピソードとかやコアコアの音源について本は進んでいく。近田春夫は、この本で、鈴木邦彦を取り上げたくてしかたがなかった。巻末に近田が鈴木邦彦によいしょしながらのラブラブの対談がある。
鈴木邦彦は、カップスの『長い髪の少女』の作曲を手がけた人である。近田が最低と云っていた。鈴木は、対談の中でGSに提供をしたなかで『長い髪の少女』を最も好きな曲だと云っている。近田、尻尾をふりふりしながら、そうですね的に話を進めていく。ありゃりゃ。『長い髪の少女』歌って失望したって云ってたじゃん。本は、ロックとは、真逆のGSの歌謡曲礼賛になっている。えっ!絶句!っていう感じ。
なんだろう…人間って老いるこんなんなっちゃうのかぁ。(自分どうしよう…) 今は、YouTubeでかなりの映像が見える。ステージワークを全く見たことがないジャニスジョップリンもジミへンも、Creamの再結成もレッドツェッペリンの一日再結成も普通にフル映像で見られる。近田が体験した何十倍もの映像が今は見られるし、資料もある。いかに傍で体験して一家言あろうとも、今語るなら、経験と云ってきたことをもう一度、今の、地点から再考察、再検証することが必要だ。GSで語ることは山ほどある。ロックというならね。歌謡曲ビジネスの悲哀ということを肯定するなら別に糾弾しないけど。でも近田春夫さん、GSに対してロックロックって、上から目線で云っていたからね。やっぱ商売になるポップ歌謡が近田の住処なんだと思う。
退院できたら、GS辺りの読書もちょっと予定に入れておこう。そしてYouTubeで聴けるだけのロックGSを聞こう。さらにウッドストックに源があるロックミュージシャンの、2000年代の演奏を。