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日本語検定の日
はじめに
いわゆる国語を勉強しなくなって久しい、この日にちなんで、今日は日本語の文法をおさらいする日としようか・・・
係り結び
係り結びの法則は、古典日本語における重要な文法規則の一つである。この法則は、文中に特定の係助詞(ぞ、なむ、や、か、こそ)が使われると、文末の述語が特定の活用形で結ばれるというものである。以下、有名な古典作品から例を挙げながら、係り結びの法則とその文化的意義について詳しく説明することにしよう
1. 『伊勢物語』における係り結び
『伊勢物語』は平安時代初期に成立した歌物語で、在原業平をモデルとした主人公「男」の恋愛遍歴を描いた作品だ。その中の有名な章段に、次のような一節がある。
昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗みいでて、いきける。親のあはせむとしける人を、こそ負けめ、わが心ながら、あやしくすごくなりにけり
この文の後半部分に注目すると、「こそ」という係助詞が使われ、文末の「負けめ」が已然形となっている。これは係り結びの法則に従った表現であり。この一節は、親が決めた結婚相手よりも自分の選んだ恋人を選ぶという、当時としては革新的な恋愛観が現れる。係り結びを用いることで、主人公の強い意志が効果的に表現する。
「こそ負けめ」という表現は単なる文法的な規則の適用以上の意味を持つ。この表現が用いられた場面は、平安貴族社会における身分制度と個人の意志の対立という重要なテーマを表現している。「こそ」を用いることで、主人公の決意の強さが際立つ効果がある。
2. 『源氏物語』における係り結び
『源氏物語』は平安時代中期に紫式部によって書かれた長編小説で、日本文学の最高峰とされる作品です。その中の「若紫」の巻に、次のような一節がある。
「いとをかしげなる女君の、十ばかりにて、うつくしうきよらなるが、いとよく似たてまつれる人なむありける」
この文では、「なむ」という係助詞が使われ、文末の「ありける」が連体形になっている。これは、光源氏が若紫を初めて見た場面で、彼女が亡き藤壺に似ていることを強調する表現だ。係り結びを用いることで、光源氏の驚きと感動が効果的に表現される。
{なむ、ぞ}・・・連体形 も係り結びのひとつである。
例として、田の池に春の夕焼けぞうつりたる
は、本来というか強調構文を用いなければ、
”田の池に春の夕焼のうつりたり”となるところである。
「なむ」の使用が興味深い点。「なむ」は「ぞ」や「こそ」と比べて、より柔らかな印象を与える係助詞。
紫式部がこの場面で「なむ」を選んだのは、光源氏の若紫に対する優しい感情を表現するためだといわれる。
3. 『平家物語』における係り結び
『平家物語』は鎌倉時代初期に成立した軍記物語で、平家一門の栄華と没落を描いた作品。その冒頭の有名な一節。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰のことわりをあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ
この一節は、「ぞ」という”ぞ”の省略された形の例だ。
「おごれる人も久しからず」の「も」は、本来「ぞ」であったと考えられている。この場合、「久しからず」が連体形になっているのは、係り結びの法則に従っているためだ。
この冒頭部分は、仏教的な無常観を表現しており、平家の栄華と没落を象徴的に示していて、係り結びを用いることで、無常の理を強調し、読者に深い印象を与える。 さらにこうした文体を和漢混交文という。和漢混淆文体における日本語の文法的特徴を示す好例でもある。漢文の影響を受けながらも、日本語独自の文法構造を保持している点が重要だ。わたしは中学時代になぜかわからないが、こうした文体が大好物であった。
4. 『徒然草』における係り結び
『徒然草』は鎌倉時代末期に吉田兼好によって書かれたエッセイ集。その中の有名な一節に、次のような表現がある。
「花はさかりに、月はくまなきをのみ見るものかは」
この文では、「か」という係助詞が使われ、文末の「見るもの」が連体形になっている。これは、物事の完璧な状態だけを見ようとする態度を批判する表現で、係り結びを用いることで、作者の問いかけがより強調されている。
中世文学における問答の形式を巧みに活用している。「か」という係助詞の使用は、読者に問いかけることで思索を促す修辞的効果を持つ。
連体形は本来、あとに体言つまり名詞が続く形。これで終わると本来続くリズムなのに、そこで終わった感じなのである、なにか、余韻を引く。
この余韻こそが強調の雰囲気を醸し出すのかもしれぬ。
係り結びの文化的意義
係り結びの法則は、単なる文法規則以上の意味を持っている。この表現技法は、古典日本語の豊かな表現力と繊細なニュアンスを可能にし、日本文学の発展に大きく貢献した。
強調と焦点化:係り結びは、文中の特定の要素を強調し、読者の注意を引きつける効果がある。これにより、作者は重要な情報や感情を効果的に伝えることができる。
リズムと音韻:係り結びは、文章にリズムと音韻的な美しさを与える。特に和歌や連歌などの韻文において、この効果は顕著だ。
含蓄と余韻:係り結びは、直接的な表現を避け、含蓄のある表現を可能にした。これは、日本文化における「言わずもがな」の美学と深く結びついている。
文学的技巧:作家たちは係り結びを巧みに使いこなすことで、自らの文学的技量を示す。複雑な係り結びの使用は、高度な教養の証でもあった
係り結びの法則は、平安時代から鎌倉時代にかけて最も盛んに使用されたが、その後、言語の変化とともに次第に使用頻度が減少した。しかし、その影響は現代の日本語にも残っており、例えば「こそあど言葉」の使用や、特定の慣用句(「好きこそものの上手なれ」など)に見ることができる。
係り結びの法則を理解することは、古典日本語の文法を学ぶ上で重要であるだけでなく、日本文学の深い味わいを理解し、日本文化の本質に触れる上でも非常に意義深いものである。この文法規則は、日本語の豊かな表現力と、日本人の繊細な感性を反映しており、日本文化の重要な一側面を形成している。
また、係り結びは日本語の文法発達史を理解する上でも重要な手がかりとなっているところでもある。特に、上代から中古にかけての日本語の文法化の過程を示す重要な例として研究されているという。
あとがき
国語は自分の得意科目でもあった。クラスには私より優秀な生徒がゴロゴロいたが、それでもなぜか国語だけは負けなかった記憶がある。まぁそんな昔話はどうでもいいが、今日は、そのことで思い出したことをちょっとコラージュ的にまとめてみた。 次回は、下一段活用について書いてみようと思う。