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詩集 風の見たもの2

【note版への序】

 本章は、「詩集 風の見たもの」の中でも長編に類するものを集めたものです。作者が今様体+和歌の定型を使って物語詩を書く、という試みのために書いたもので、最終目的は口語定型を使って叙事詩を書く事にあります。
 叙事詩、というのは韻文で書かれた長編の物語詩の事で、内容的に多いのは国家の興亡や英雄譚ですが、中世以降は廃れてしまいました。話そのものが陳腐化したとか、小説という表現形式が台頭したとか、英雄の不在とか、理由は色々あります。
 とはいえ、英語圏では現代においてもSFファンタジーを叙事詩で綴る人もいて、新しい時代の叙事詩が作られている事も確かです。
 日本には文学的に小西甚一博士による叙事詩は存在しなかった説があり、私もそう思っていますが、無謀にも「なければ作ってみれば?」と思ってしまったのも事実で、酔狂の限りを尽くして一歩を踏み出したのが本章の物語詩です。私はここでの経験を足がかりに物語詩集「詩集 マインドトラベラー」と「叙事詩 タロットラプソディー」を書き始めたのでその意味でも思い出深い作となりました。

【旅の向こうで】

とある風の旅話。風仲間では有名だ。
それはすべて旅先で風本人が見たことだ。

春のはじめの気まぐれに降り立ったのは人の街。
何とは無しに良さそうで、暫くここに留まろう。
思って来たのは 公園を貫く綺麗な並木道。

いつしか夏も終わりかけ、そろそろここを発とうかと、
思案しながらやってきた、風は木陰で一休み。

途端に驚く声上がる。

見れば可憐な女の子。必死に帽子を押さえてる。
風は思わず力を抑え、帽子が飛ばない様にした。
聞くとはなしに聞こえ来る、彼女の声は寂しそう。
帽子をくれた少年が、今日も姿を見せぬ様。

「そんなに毎日来れないわ」
付き添う女性がポツリ云う。
「わかってるもん」と、女の子。
空の遠くを枝越しに、見ながら健気に返事する。

彼女は近くの病院に春の終わりにやってきた。
その日は朝から太陽が真夏の様に照りつけて、
病気の彼女は辛そうに喘ぎながら歩いてた。
付き添っている看護師のお姉さんもしんどそう。

ふと気がつけば少年が公園越しに立っていて、
じっとこちらを見つめては、何やらぶつぶつ口ずさむ。
やがて何かを叫んだら、一目散に駆け去った。
何が何だか分からずに、木陰に入り、涼んでいると、

先程去った少年が、息を切らして走り来た。
差し出したのは白い箱、開けてみろと彼は云う。
みれば清らな純白の、帽子がひとつ、入ってた。
「お前にやる」と少年は、言いにくそうに切り出せば、

「どうしたの、これ?」看護師の、お姉さんが問いただす。
「今年の夏は暑くなる。だから持ってた方がいい」
彼はそれだけ伝えると、立ち去ろうとした刹那、
お姉さんが彼の腕、むんずと掴んで引き止めた。

「それで、これはどうしたの?」
「妹の誕生日用に買ってきた」
「それじゃ貰える訳ないわ」
「妹はもう、いないんだ。渡す前に喧嘩して、
 事故で入院してたけど、一度も意識が戻らずに、
 ついこの間、死んだんだ。見ればこの子は妹と、
 同じ位の背格好。けれども妙に儚げで
 放っておけない気がするし、、」

黙って聞いてた女の子、やや怒り気味に、口開く。
「ご親切には感謝します。でもわたし、あなたの、妹さんじゃない!!」
少年、少したじろいで、それでも必死に言い放つ。
「勝手は承知しています。君には元気でいて欲しい。
ただそれだけなのです。ホントです。
他意はないので貰って欲しい」

箱を放すと少年は、一目散に逃げてった。

風は梢に腰掛けて、一部始終を見ていたが、
ふと思いたち、箱をめがけて一陣の、
突風起こして投げつける。いたずら好きなつむじ風、
帽子巻き上げ空高く、持ち去ろうとした瞬間に、

若き看護師跳び上がり、見事捕まえ空中を、
2回転して降り立った。着地を決めたお姉さん、
ニコリと笑って振り返る。日差しは更に強まった。

「今は使わせて貰いましょ。日差しがさすがにきつすぎる」
少し戸惑う女の子、被ってみたら、お姉さん、
眼を丸くして大げさに、驚きの声、上げてみる。

「まあまあこれは、美しい。どこぞの国のお姫様?」
「からかわないでくれますか?」
決まり悪気に女の子、頬を赤らめ下を向く。

それから数日経つ頃に、またあの梢に来て見れば、
少女を見舞う少年が、二人と一緒に笑い合う
姿を認め、風もまた、なぜか安堵に胸撫でる。

夏も盛を過ぎた頃、遠くへ旅立つ少年は、
別れを告げずに立ち去った。
何も知らない女の子、寂しい日々を送ったが、
病も癒えて退院し、やがて普通の恋をして、
優しい人と結ばれた。

彼女の娘のお気に入り、白い帽子は今日もまた、
色褪せることなく健在で、一緒に小道を駆けている。





【つるぎ】

風の旅路は終わらない。土産話も終わらない。
風の精たち集まった。人気の話がまたひとつ。

とある田舎の村外れ、領主も知らない森の中、
小さな小屋に動く影、若い男女がデート中。

二人の家は仲悪く、おおっぴらには会えないが、
二人の愛は純粋で、会えるだけでももう十分。

森にはあまた、精霊が、二人の行末気になって、
小屋の周囲に結界を張り巡らせて守ってた。

二人はともに精霊の善き隣人であったから、
なんとしてでもこの二人、添い遂げさせてやりたかった。

男は騎士だが平民で、女の家は貴族だが、
栄えていたのは大昔、抜け殻の様なものだった。

ある時、村に大量の魔物がこぞって攻めてきた。
魔物は魔人に率いられ、無類の強さを発揮した。

魔人は魔物を降り立たせ、女を攫って飛び去った。
女の父は悲しんで、娘の奪還願い出た。

領主は砦を護るだけ。誰もが尻込みする中で
男が一歩進み出て、雄々しい声で言い放つ。

「もしも彼女を助けたら結婚させてくれますか?」
女の父はたじろぐが、愛する娘は助けたい。

「お前に何の義理がある?」
男の父が驚いて、怒り顕わに問いただす。

「二人は愛し合ってます。理由はそれで十分だ」
言うが早いが剣を抜き、男は女の父に云う。

「お許し得ずとも参ります。それが私の愛だから。
 彼女が無事ならそれでいい。私の願いはそれだけです」

その時強い風が吹き、剣は男の手を離れ、
水平になると足元の、膝の高さに浮遊して、

主に乗れと促した。男はゆっくり足を載せ、
「いざ!!」と掛け声かけた時、再び風が巻き起こり、

彼を空へと導いた。風に負けじと精霊は
彼に新たな剣授け、巨大な力を宿らせた。

魔人もこれに気がついて、手下の魔物を差し向けた。
男はこれを次々と、当たるを幸い切り倒し、

ちぎっては投げちぎっては投げ突き進み、
遂に魔人と一騎討ち。見事にこれを討ち取った。

女は無事に生還し、晴れて男と結ばれた。
その後二人の間には、一男一女の子が出来て、

一家揃ってかの小屋で、過ごす姿が見られたが、
いつの間にやら気がつけば、誰もいなくなっていた。

両家は既に和解して、良い親戚になってたが、
どんなに必死に捜しても、見つける事は出来なくて、

森の精霊やってきて、四人を何処かへ連れ去った、
と、村人たちは噂した。それ程までに精霊に

愛されたのは真実だ。風はこの後旅立って、
事の顛末知らないが、別な風の話だと、

その後結界無くなって、小屋があった所には
精霊の剣があったという。





【桜】


桜の花が散る頃に、故郷に帰ると思い出す。
二度と戻らぬ過ぎし日の、甘く切ない出来事を。

私も彼も若かった。自分がどんなに幸せか、
少しもわかっていなかった。

私は都会で就職し、彼は故郷で家を継ぐ。
離ればなれになったけど、寂しく感じた事はない。
 
私の帰省は年二回。あとは仕事三昧で、
帰省どころか遊びすら、滅多に行けず働いた。

それでも同じ空の下、頑張っている彼の事、
思えば心も和らいで、ほんのり感じた暖かさ。

それから何年経ったのか、すっかり忘れてしまったが、
春が近づく冬の夜、彼の訃報を受け取った。

危険な作業の最中に、強風受けてバランスを
崩した仲間を助けたが自分の落下は止められず、

あえない最期を遂げたとか。助けて貰った本人が、
泣く泣く伝えてきた話、私は聞いていなかった。

「姉さん、ごめん、本当に… 俺が未熟なばっかりに」
彼が助けた仲間とは、私の弟の事だった。

あれから何度も春が過ぎ、故郷はすっかり遠のいて
たまにお墓に挨拶に、行く位しかなくなった。

今年は何故か帰省した。彼と一緒に桜見て、
心が和めばいいなんて、小さな期待もあったから。

今年も桜は美しい。春のそよ風よぎるとき、
桜吹雪が空を舞う。空と桜が泣いている。

風に吹かれて乱舞する、花びら眺め佇めば、
桜並木の向こうから、懐かしい人駆けてきて

「おかえり、今年もご苦労さん」と、

話しかけてくれそうな気がするなんて、やはりまだ
私の時間は止まってる。今日は晴天、蒼い空。

見れば高みに白い雲、風に吹かれて流れ行く。
とぼとぼ歩く帰り道、駅の外には人影が、

私が来るのを待っていた。
「今年は僕も一緒だよ」

記憶通りのあの人が、優しい眼差し向けてくる。
何が起きたかわからない。それでも私は迷わない。
だって、ようやく会えたから。真っ直ぐ飛び込む彼の胸。

ここは集中治療室。
若い二人の再会を、邪魔するものは何も無い。





【書簡詩】

長らく里を離れてた風の精から来た便り。
旅の途中で見た物を語るいつもの名調子。

皆様、元気でお過ごしですか?
私は丁度この星の真裏に滞在しています。

今居る街は温暖で、物も豊かで気持ちよく
過ごせるだけの環境も整っている所です。

あ、そうそう、ここに来るちょっと前にいた街で、
面白い事がありました。

そこは砂漠の真ん中の乾いた気候の北の街。
寒暖の差も厳しくて住むには大変そうでした。

優しい夏の終わり頃。涼しい風が吹くある日、
二匹の猫がやってきて住み着く様になりました。

どの様にして来たのかは全く分かりかねますが、
砂漠を越えるはずもなく、大方どこかのキャラバンに

紛れて近くに来たのでしょう。二匹は親子の様でした。
親は弱っていましたが仔猫は元気一杯で

街の中をそこら中走り回っておりました。
住まいは何処で何を食べ、暮らしているのか謎ですが

街の中にも少しずつ馴染みが出来て時折は
立ち止まっては挨拶を交わす事すらありました。

仔猫はいつも元気よく動き回っていましたが
決して悪さはしないので誰も咎めませんでした。

一ヶ月ほど経った頃、いつものように街の中。
仔猫は元気な顔を見せ遊び回っていましたが

何かがいつもと違ってる、感じた私がよく見ると
いつも近くにいた親が、今日はどこにも見えせん。

仔猫はまだまだ幼くて独り立ちには早すぎる。
そうはいっても、現実に仔猫は独りきりでした。

その日を境に、親猫は姿を見せなくなりました。
しかし、仔猫の表情は、普段通りの明るさで

何の憂いも無さそうに無邪気に遊んでいたのです。
こうして更に時は過ぎ、短い秋は過ぎ去って

やってきたのが冬でした。冬は地域を飲み込んで、
街もすっかり閉ざされて、出入りが出来なくなりました。

それは外から見た話。街の外では北風が
猛威をふるっていましたが、街の中まで入らずに

避けて通って行きました。北の砂漠の冬の日は
冷たい夜明けで始まって、冷たい夜で終わります。

鋭い寒さが一日中続く事ならありますが
雪が降ったりはしません。それでも僅かな水分が

地中で固く凍りつき地表の砂まで極限の
冷気を纏わせ尽くすのです。

でもこの年は少しだけ違ったところがありました。
子猫の街だけ冬風も寒さもいくらか和らいで

水は凍りつく事なく、大地もその身をほころばせ、
この街だけが、秋のまま時が止まった様でした。

後日談にはなりますが、話のついでにちょっとだけ
地元の風に、「あの街に手心加えていたのか?」と

聞いたら「そんな事はない。普段通りにやっていた」
との返事があったので、神の加護でもあったのか

と、思う事にしています。

街に住んでる人々は、思いがけない暖冬に
皆(みな)それぞれに喜んで、その恩恵にあずかって

例年よりは安らいだ冬を過ごしておりました。
子猫はあいもかわらずに元気に遊んでいましたが

何処で寝泊まりしてるのか、何を飲み食いしてるのか
やはり不明のままでした。ある時街の子どもたち。

子猫の後をつけました。何度も挑戦しましたが、
毎回とある路地裏で、見失うのが常でした。

仔猫は遊んで貰ってるつもりでいるのか楽しそう。
同じ所で煙(けむ)に巻く追跡ごっこは一番の

お楽しみにもなった様。子どもの姿をみつけると
駆け寄って来るまでになり、大人も時には暖かな

ミルクやスープを差し入れて、一緒に過していたのです。
誰もが子猫を可愛がり、子猫も人によく懐き、

温もり豊かな関係が成立していたのでした。
これならこの子も寂しくはないかと思いそれっきり

暫く子猫の事なんてすっかり忘れていましたが
長く厳しい冬が去り、春の日和が戻った頃

街で騒ぎが起きました。街中の人が飛び出して
仔猫を捜していたのです。ついにこの日が来たのかと

私も捜して見ましたが、姿はおろか気配すら
感じられなくなったので、仔猫は街から出ていった

と、考えるしかありません。それだけの事なのですが
人々の悲しみ様は大変なもので、なかでも

とりわけ深い悲しみに沈んでいたのが子どもたち。
しかし彼らは泣きません。再会できる日を信じ

前だけを見て生きていく。それが街の子の生き方。
優しいだけじゃないのです。幼き日々の思い出は

彼らののちの人生にまばゆい光を投げかけて
どんな時でも変わらずに護ってくれる事でしょう。

あとで判った事ですが、風の便りによりますと、
砂漠の街の南門(みなみもん)手前の地下に、人知れず

二匹の猫の亡骸が埋まっているという事です。
彼らは街に着く前に力が尽きて、肉体は

斃れたものの、魂魄は生への思い捨てがたく、
街を目指したらしいのです。とりわけ仔猫の遊びへの

熱い思いを知る親は、このまま我が子の魂が
彷徨う事にならないか、余程心配したらしく

仔猫が十分楽しげに遊ぶ姿を認めると
程なく親は昇天し、残った子もまた思い切り

遊び倒して満足し、遠いところに旅立った、
というのが事の真相であるそうですが、どうでしょう?

ちなみに街が授かった加護はホントに神からの
ミニサプライズだったとか。

風の便りはもう一つ、梁塵秘抄の一節を
伝えてきました。それはもう、印象的な歌でした。

遠い東の果ての国。そこに伝わる古い歌。

遊びをせんとや生まれけむ。 戯れせんとや生まれけむ。
遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ揺るがるれ

それでは今日はこの辺で。皆様どうぞお元気で。

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 書簡詩とは何か、というと、ここでは韻文で書かれた書簡、
というほどの物としておきます。
 日本語の世界では、和歌で問答するというならわしはありましたが、
手紙文全部を和歌で書く訳ではないので、ちょっと違うかなと思います。
 本編では手紙という形をとってひとつのストーリーを語る内容に
しましたが、書簡詩は、ホラティウスの「詩論」の様に、形式が手紙文
であれば、中身は持論の説明を展開するものであったりしても良い様です。
 いずれにしても、西洋でもいまどきこんなものを書く詩人はほとんどいない様です。
 なお、最後に引用したのは梁塵秘抄に載っている今様です。今様は、
近現代の文豪たちも引用している例があるので、興味のある方は
是非さがしてみてください。